養老孟司×池谷裕二 定義=「生きている」

同じ東京大学で解剖学と薬学を追究し、
それぞれ「脳」を研究してきた
養老孟司さんと池谷裕二さん。
おふたりはいつからかつきまといはじめた
ある思いを拭いきれないでいます。
2019年5月15日に「ほぼ日」から発行する絵本
『生きているのはなぜだろう。』を前に話す全14回。
途中で質問をはさむのは、ほぼ日の担当、菅野です。
生きものの定義は‥‥そうです、「生きていること」!

第4回言葉には時間がない。

──目の前のものを片づけて掃除すれば、
地球を早く破壊する。
はたしてそれでいいのか、という問題がありますね。

池谷その前に、やっぱり
「宇宙はほんとうに無秩序に向かってるのか?」
という問題があるんです。

──あ、ほんとだ。また信じ込んでいました。
それは、どうなんですか?

池谷「エントロピーは増大する」と
決めちゃってるんだけど、
それを決めてるのは人間の脳なんです。

養老そうそう。

池谷物理学者があるとき、
「エントロピーは増大する」と言った。
この仮定を受け入れると、
世界をよく記述できるんです。
つまり、科学的に「正しい」となる。
しかし「それは正しいの?」と
徹底的に疑いはじめると、
「だって、人間の脳が
世界をこのように解釈してるから」
という、それだけの話になってしまいます。

養老ボルツマンのエントロピーの方程式、
見たことある? 

──いえ。

養老ぼく、ウィーンにある
彼のお墓まで行ってきましたよ。
墓標には、ちゃんとボルツマンの方程式が
書いてあるんです。
あの、すっきりした短い式が。

池谷あの式は美しいですよね。

──その方程式があらわす
「エントロピーの増大」を疑うかどうか‥‥。

池谷それは、さきほどから話している
時間の話と密接に関わるんです。
時間がなぜ前方向にしか流れないのか、
ふだんは疑わないですよね。
その当然の前提を、
そもそも認めていいのか、ということと似ています。

養老ぼくの頭は、渡辺慧さんの
パチンコ玉の説明で止まってます。
生きものがなぜ
時間が前に進むことを疑わないかというと、
逆転では合目的性が成り立たないから。
時間が逆に動く世界では、
目標に向かって進みそれを達成する、
ということができなくなります。

池谷うん、できないですね。
時間が逆に戻ったとたん、
「目的ってなにさ?」ということになってしまいます。
目的という概念そのものが、未来へ指向していますから。

──「ビッグバンから宇宙がはじまった」といわれますが、
パチンコ玉の例から発想すると、
「なぜビッグバンが起こったのか」というのは、
もしかして‥‥わからないわけですか? 

池谷わからないですよ。
「ビッグバンはなかった」という科学者の一派も
最近出てきて、彼らによれば、
「ビッグバンを想定することは滑稽だ」
といいます。
ビッグバンがなくても、
宇宙の成り立ちを説明できるということなんだけど、
だいいち、そちらを信じていい根拠もありません。

──人間の「脳」を持ってる限りは、
その問題には近づけないんでしょうか。

池谷ぼくはそう思っています。
しょせんこの脳で考えなきゃいけないんだとしたら、
限界があります。

養老脳は平均1350グラム、
大きくて1.5キログラムでしょ。
1.5キロのコンピューターになにができるんですか。

池谷わびしいことおっしゃらないでください(笑)。

──顎より脳を取ったのに!

養老人の脳味噌が大きくなったということには、
当然、生物学的な背景があるわけです。

──はい。

養老しかし、そこから離れたことまで
理解できるという保証は必ずしもないんですよ。
「宇宙のはじまりを考える」というのは、
脳が発達してきたこととは、少しずれた部分です。

だいたい「考える」ということは信用できません。
「理屈は後づけだろ」ということが、
そもそもあるじゃないですか。

池谷そうですよね。

養老ウォール街にお金儲けの伝説が
いっぱいあるでしょう?
「彼はこういうときにこう考えた」とか、
「こうした」「ああした」という
エピソードがたくさんあります。
あるときそれを数学者がひとつひとつ検証したんです。
そうしたら、なにがわかったと思いますか? 
ぜんぶまぐれだったということがわかったんです。

池谷(笑)

養老「たまたま儲かったんだよ」ということが、
数学者によってわかりました。

池谷成功ノウハウ物語は世の中にたくさんありますが、
それを読んでもお金持ちにはなれないってことですね。

養老そうなんですよ。
人間は、ストーリーが好きですから。

池谷そうそう、人間はストーリーテラーです。

養老それも「時間」と関係があると、
ぼくは思っています。

──そうか、時間でストーリーにすると、
人間にはわかりやすい。

養老つまり、時間のなかで動いていくことを
説明しようとすると、
それはもう、物語にするしかないんですよ。
なぜなら、言葉が時間を含まないからです。

池谷はぁあ、なるほど!

養老時間の中で動いているものを、
はたして記述できるのか? 
これはぼく、かなり前からの疑問だったの。

なぜなら言葉という道具自体が、
止まっちゃってますからね。
言葉にしたとたん、
時間を排除しちゃうことになります。

──それは、書き言葉のことですか?

養老しゃべり言葉もそうですよ。
だって、録音したら止まっちゃいますもん。

池谷録音すればそこで時間は止まって、
切り取ることができる。

養老同じおしゃべりが、常に再生できちゃうんです。

池谷ぼくはこれまで
「言葉は時間を含んでいる」と思っていました。
しかし、よく考えれば再現できるし、
再生も復元もできる。
言葉に時間はありませんね。

──ここは、すごく大事なところのような気がします。

池谷ええ、とても大事なところですよ。
言葉には時間がない。

ほぼ日から、『かないくん』以来、
5年ぶりの絵本。
生きているのは
なぜ
だろう。

作 池谷裕二 

東京大学薬学部教授 薬学博士
『進化しすぎた脳』『海馬』

絵 田島光二 

コンセプトアーティスト
『ブレードランナー2049』『ヴェノム』

この本には、答えがあります。

『生きているのはなぜだろう。』を
学校の理科の先生にプレゼントします。

『生きているのはなぜだろう。』は科学の分野から
人が生きている理由を示そうとする本です。
絵本の形をとり、本文はふりがなつきですが、
子どもたちだけに向けた本にはしあがっておりません。
巻末に池谷裕二さんによる
2ページ半の解説もついておりますが、
この内容を理解するためには、雑談やおしゃべりを含めた
大人の助けが必要になることもあろうと思います。

そこで、小・中・高校の理科系の先生がたに、
この本を抽選でさしあげたく思っております。
当選は20名さまです。
ご希望の方は、下記の案内のとおり、
メールでお申し込みください。
当選の方には5月14日までにメールでお知らせします。

※当選した本のお送り先は学校宛とさせていただきます。
※同じ学校の方が重なって応募された場合、
ひとつを当選とさせていただきます。
※メール本文にお名前や住所を書く必要はありません。

メールの件名 生きているのはなぜだろう。理科の先生応募
メールの宛先 present@1101.com
メール本文 学校名
応募締切 2019年5月12日(日)24:00

当選の方にはほぼ日から
住所をおうかがいするメールを差し上げます。
落選のご連絡はいたしません。

『生きているのはなぜだろう。』を
授業で教材として使用したり、
生徒さんとのおしゃべりで
どんな話をしたのかなど、
お聞かせいただければとてもうれしいです。
ご応募お待ちしています。

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