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ケントさんは、2009年の7月4日に
マドンナのステージで
ずっと憧れ続けた「マイケル・ジャクソン」として
踊りましたよね。
※そのときの映像はこちらからどうぞ。
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ケント |
ええ。
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マイケル・ジャクソンが亡くなった直後に、
マドンナに
「あなたにマイケルを踊ってほしいの」と
お願いされて。
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ケント |
はい。
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── |
マドンナは言うまでもなく、
ステージにいた
その他の一流ダンサーやミュージシャン、
会場にいたオーディエンスが
あの瞬間、ケントさんだけを見てたわけですけど、
そのとき、そこから、何が見えましたか?
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ケント |
‥‥見えたもの?
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マドンナのステージって、
世界のエンターテインメントのひとつの頂点だと
思うんです。
で、その「世界の頂点」から見える景色って
どんな感じなんだろうと思って。
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ケント |
宇宙みたいでしたね、思い返すと。
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── |
宇宙。
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ケント |
ようするに、会場は真っ暗なんですけど、
たくさんの人が
ぼくに向けて、フラッシュを焚いてたんです。
それが、宇宙に瞬く星みたいで、
すごく幻想的だったのを覚えています。
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なるほど、なるほど。
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ケント |
これまでの人生で経験したことない、
吹き飛ばされそうなほどの、歓声と。
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── |
それは聞こえていたんですか。
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ケント |
ただ、あまりに圧倒的だったので
あの歓声に包まれていると
むしろ無音みたいに感じたのを覚えています。
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── |
じゃあ、ほんと宇宙空間みたいですね。
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ケント |
あれは、マドンナのステージでも
味わったことがないくらいの歓声でした
やっぱり、マイケルはすごい‥‥って。
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実際、踊ってた時間というのは‥‥。
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ケント |
1分半です。
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そのあいだのことって、覚えていますか?
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ケント |
「この会場だけじゃない、世界中が見てる」
という意識が強くあったので
とにかく、しっかり決めようと、それだけ。
ひとつひとつのステップやムーブを、確実に。
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1分半のなかで。
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ケント |
まわりも見えずに、ただ踊ってたわけじゃなく、
舞台監督の位置や振付師の表情、
マドンナふくめ
他のダンサーたちが見守ってくれていることも
なんとなくボヤッと認識つつ‥‥でした。
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── |
かなり「覚醒」していたんですね。
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ケント |
覚えている光景じたいは、スローですから
意外としっかり見えてたんだと思います。
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一発勝負じゃないですか。
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ケント |
はい。
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── |
もちろん、いつもそうだと思うんですけど、
あのステージは
とりわけ、一発勝負だったと思うんです。
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ケント |
そうですね。
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── |
そういう「気負い」みたいなものが
ダンスに出ちゃうことって、ないんですか?
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ケント |
自分なら決められると、思って臨みました。
ぼくが「決められない存在」だったら
神様は、あのチャンスを与えないと思ったし、
だから‥‥うん、
ヘンな自信はあったんですよね。
自分なら、できるに決まってるというか。
自分にしか、できないというか‥‥。
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マドンナから依頼されたときの気持ちは?
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ケント |
半分は驚きつつ、半分は納得です。
なんだろう、「あ、来たな」という感じ。
そして「ぜひ、やらせてほしい」と。
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── |
即答ですか。
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ケント |
もちろん。
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── |
やります、と。
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ケント |
‥‥というか、マドンナとしては
「やりなさい」って感じだったんですけど(笑)。
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── |
有無を言わさず的な。
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ケント |
当然、ぼくからも
「ぜひ、やらせてください!」って
言いましたけど、
僕に伝えるまえから
彼女は、僕がどれだけ喜ぶか、どう答えるか、
わかっていたでしょうから。
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── |
ケントさんなら嫌だって言わないってことを
わかってたってことですか?
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ケント |
もちろん、そう思います。
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── |
「ケント・モリという日本人ダンサーが
マドンナのステージで
マイケル・ジャクソンを踊る」
というのは
ある意味で特殊なケースだと思うんですが
そういう場合の振り付けって、
どうやって決まっていくものなんですか?
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ケント |
リハーサルが4日間あったんですけど、
そこで、ぼくと振付師が
ああでもないこうでもないって言いながら
決めていった感じです。
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4日間という時間は‥‥。
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ケント |
ギリギリですよね。
ぼくは、あの「1分半」だけじゃなく
2時間のショー全体にも出演してましたから。
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── |
どういうダンスにしようと?
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ケント |
それはもう、はっきりと明確です。
どういうダンスが
もっともマイケル・ジャクソンを象徴して、
どういうパフォーマンスが
もっともあのステージにふさわしくて、
オーディエンスは
どういう曲をもっとも聴きたくて‥‥ということを
詰めていった感じです。
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── |
悔いはないですか?
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ケント |
悔いというのは
あのときのダンスにたいして、ですか?
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── |
はい。
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ケント |
今だったら、もっとうまく踊れます。
ただ、技術的にはうまく踊れるでしょうけど、
あのダンスを踊ったときの
思いや気持ちは
今とあのときと、まったく変わってないので、
そこに悔いは何にもないです。
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── |
思い。
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ケント |
はい。
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── |
ダンスには
「思い」というものが重要なんですか?
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ケント |
それだけです。
いくら、うまく踊ることができたとしても
ダンスに必要なのは
思いや気持ち、こころだと思います。
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── |
それは、何かを伝えたいということ‥‥
なんでしょうか?
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ケント |
必ずしも
具体的なメッセージじゃないんです。
ひとつひとつのステップやムーブに
魂を吹き込むというか、
温度を入れてあげるというか‥‥。
そういうダンスが、
結局「人を動かすダンス」だと思います。
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── |
技術やカタチではなくて。
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ケント |
ええ。
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── |
小さいころから
マイケル・ジャクソンのビデオを
擦り切れるほど見て、
実際にダンスをやりはじめたのは
19歳くらいから、ということですけど‥‥。
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ケント |
はい。
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── |
いま、26歳くらいですよね。
その、スタートしてから頂点に立つまでの
時間の短さがすごいなと思うんですが、
もともと「向いてた」んでしょうか、ダンスに?
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ケント |
正直、ぼく自身は、天職だと思っています。
それは、ダンスの技術についてというより、
やっぱり、思いや気持ちの部分で。
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── |
というと?
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ケント |
日本にいたときは、ダンスをやっていても、
好きな音楽を聴いていても、
まわりの人たちから
あまり、よく思われていなかったんです。
「そんな音楽ばっかり聴いて」
とか
「洋服にお金をつかって」
とか
「髪の毛をメチャクチャにして」
とか‥‥。
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── |
ははぁ。
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ケント |
でも、大学を辞めてアメリカに渡って
ダンサーという仕事に就いた瞬間、
ぼくが好きでやってること、
好きで着ている服、好きで聴いている音楽、
人とちょっと違うところ、
アメリカでは
ぜんぶ褒めてもらえるんですよ。
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── |
なるほど、
そういう意味で「天職」であると。
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ケント |
はい。
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アメリカに渡ったのは、なぜですか?
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ケント |
マイケル・ジャクソンに憧れていて、
マドンナも好きで
そういう
エンターテインメントで仕事をしたいのなら、
アメリカに行かないと
自分の中で、つじつまが合わなくなってきて。
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── |
そこも「気持ち」の部分、ですね。
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ケント |
日本で「わかってもらえない」って
文句ばっか言ってる自分も嫌だったし。
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── |
そうですか。
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ケント |
今いる世界では、
自分の好きなことをやっている‥‥ということを
とても評価してくれるんです。
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ええ。
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ケント |
だから本当にありがたいし、
そういう意味で、天職だと思っています。
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なるほど。
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ケント |
だってぼく、お金もらってなくたって、
四六時中ダンスしてるんですよ?
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── |
マドンナにたのまれなくても。
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ケント |
そう。 |
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