── | ちょっとお話を戻して、 庶民の着物について聞かせてください。 庶民は、やはり綿のものだったんですか。 |
西村 | 江戸以前ですと綿花の栽培は 日本に習慣があまりなかったんです。 外国から入ってくるんですよ。 インドなどから、船で、 輸入作物として来るんです。 |
── | へぇ。 |
西村 | なので、綿は、 歴史的にはそんなに古くはないですね。 江戸──その前の戦国時代、 そのぐらいから入り出したものです。 それ以前は麻の着物を着てたんです、庶民は。 |
── | 庶民は麻なんですか。 |
西村 | 麻なんですよ。綿じゃないんです。 今は安いコットンを大量に輸入できますけど。 |
── | 今と逆ですね。 |
西村 | はい、麻って今、高くて、 おしゃれ着じゃないですか。 |
── | そうです、そうです。 |
西村 | ただ、作るのは結構たいへんで、 実際は綿花よりも織るのには手間がかかるし、 保温性はないし、ということで、 綿花が入ってきて、普及するようになったら 麻はあまり使われなくなるんです。 それでも、東北地方などでは、 麻のものを相変わらず着ていたんですけれど。 |
── | あ、そうなんですか。寒いのに。 |
西村 | はい、寒いのに、なんですよ。 |
── | それは、綿が栽培しにくかった? |
西村 | そういうことですね。 綿は西の方で栽培されます。 日本は、土地としても、気候的にも ほんとは綿花栽培には合わないんですけど、 それでもやっぱり暖かい方だと育つので、 だんだん商品作物として作られていくんです。 けれども北のほうでは栽培が難しいので、 そちらの人たちは、入手できない。 それで、麻を幾重にも重ねて、着ていたんですね。 |
── | 東北地方に麻に刺繍をした刺し子って、 古いものがありますよね。 |
西村 | ええ、かなり残ってますね。 |
── | あれは今はきれいなもの、 手工芸品として見ますけど、 そもそもは布を重ねたときの 補強のために生まれたんでしょうか。 |
西村 | そうですね、麻は目が粗いですから、 かなり丈夫に作り上げないといけない。 それから重ねることで、 保温力も上がるんです。 |
── | それに装飾性がだんだん加わった? |
西村 | 幾何学模様が特徴ですよね。 繰り返しのかたちが、 今はデザインとしての美しさとして 見られてますけども、 それはほんとに必要に迫られて 始まったんだと思います。 |
── | 補強と保温と、大切に使うきもちと。 そして綿の布が流通するようになるのは 江戸時代から‥‥。 |
西村 | はい、江戸時代になって、 盛んに作られるようになって、 庶民でも着られるようになっていきます。 それでも江戸時代の初めのころは、 若いひとが綿の衣装を着ていると、 最近の者は贅沢だとか(笑)、 そういうこともあったみたいですね。 |
── | 江戸時代にあった布には、 どんなものが他には? |
西村 | 綿の他には、絹ですね。 豊かな町人と武家の方が着る絹。 |
── | 羊毛とかは? |
西村 | 羊毛は、普段着としてはちょっとないんですよ。 生産されてもいないんですけれど、 ところが火事装束に使われてたんです。 |
── | 火事?! |
西村 | はい。大名が火事のときに着る 火事装束というのがあるんですよ。 |
── | へぇー!! |
田中 | 火事のときに着る衣装。 |
── | 火事のときにわざわざそれに着替えるんですか? |
西村 | そうそう、陣羽織のような感じですね。 そういうところに、羊毛が使われました。 羅紗(らしゃ)っていうんですけど、 フエルトのようなもので、織りものではない。 もちろん燃えにくいということなんですけれど、 そういったハレの舞台というか(笑)、 そういうときに着る。 |
── | 火事と喧嘩は江戸の華、なんて言いますものね。 火消(ひけし)たちを差配したりとか、 そういうときのボスキャラの衣装としては とってもよさそうですよね。 |
田中 | 赤とか、藍色とかの感じで、 わざわざ派手に、火事場でも目立つように。 |
西村 | そう、色も派手ですね。 |
田中 | 大名火消は特に。 |
西村 | 町火消は木綿なんですよ。 厚地の木綿。 |
田中 | 刺子半纏(さしこばんてん)ですね。 |
── | その刺子も生地を厚くするための工夫ですね。 |
西村 | 厚くして、丈夫にして、はい。 |
── | 重かったでしょうね。 |
西村 | ずっしり、ですよね。 で、また、その上で水をかぶりますから。 |
田中 | 刺子半纏も結構派手な柄があったりしますよね。 |
西村 | そう。表はちょっと派手にできないんだけれど。 |
田中 | 裏が、学ランとかで裏に龍があったりするような。 |
西村 | (笑)。 |
田中 | それにちょっと近いものがありますよね。 |
── | 何か男の人の仕事着って 意外に派手だったりしますよね。 漁師さんの半纏なんて、大漁旗みたいな。 |
西村 | 勇壮な感じの大柄な絵が描かれてるみたいな。 |
2012-02-15-WED