先生:寄席のおはやしさん 小口けいさん(おけいさん)  生徒:本願寺出版社のフジモトさん(本願寺)=三味線をはじめて約1年。   「ほぼ日」スガノ(津軽)=ちいさい頃、津軽三味線をやってました。

おけい 長唄と津軽では、弾き方ももちろんちがいますし、
三味線の皮も猫と犬で、ぜんぜんちがうでしょ。
(長唄用は猫、津軽用は犬で、
 皮も厚く張り、叩きます。)
あれは、よく言われるけど、
ほんとに打楽器よね。
── 打楽器ですね。
構え方も、ぜんぜん違います。
三味線の、3本の糸(弦のこと)をかけていきます。
3本とも、絹でできています。
おけい 長唄で求められるのは、
音というよりも、
音色なんです。
── ねいろ。
おけい そう。「色」というものを
かなり求められるんです。
── へぇえええ。色かぁ‥‥。
おけい 調子を合わせる(チューニングする)けど、
いつも何本くらいでやってますか?
三味線を弾くときは、左手の親指とひとさし指に
「指がけ」と呼ばれる布をつけます。
これで、棹を操作する左手のすべりをよくします。
── 低めのほうが弾きやすいから‥‥
三本くらい?
おけい じゃ、四本でやりましょうか。
── ふつうは六本くらいでやるんでしょうか。
三味線のチューニングには、
「本調子」「二上がり」「三下り」の3種類があります。
音程の高さは「本」であらわし、
数字が高いほど高音になります。
たとえば、民謡で「八本」というと、
子どもの声にぴったりの高さ。
ギターなどのように、
唄声の高さにコードを合わせるのではなく、
チューニング(糸の張り)で変えるので、
演奏の手の操作は変わらないのです。
おけい そうですね。だけど、
唄でも、くたびれちゃうことがありますから、
そういうときは音を下げてやります。
── え? でも、出囃子には
唄が入るのはありませんよね?
おけい あります、あります。
── あるんですか。
おけい ありますよ、生意気に。
── いえ、生意気では‥‥。
おけい いやいや、唄を入れちゃうとねぇ、
中途半端で終わっちゃうことが多いんですよ。
たとえば『どうぞ叶えて』って曲が
あるんですけど、
「どうぞ、かなえェ〜」って終わんないうちに
噺家さんが舞台に出ちゃうからね。
唄つけちゃうと、そういうリスクが多いです。
しかも、唄を入れると、
出囃子全体のテンポが遅くなるんですよ。
当然ですよね、
その唄に合わせて弾いていきますから。
── じゃあ、おけいさんは、
出囃子に唄を入れるのはあんまり‥‥。
おけい まぁ、うまくいけばいいんですけど、
うまくいかないのに
やっちゃうってことは
ないんじゃないかなぁと思ってるってだけよ。
おけいさん、三味線のセットアップが終わり、
最後に調子を合わせます。
構えながら調子合わせ、これがなかなか
(スガノは)できないんですよ。
おけい まずは右手で三味線を
しっかり押さえること大切です。
それができるようになると
三味線弾くのが、楽だから。
こういう感じね(右手に注目)。
そのポーズは
ぜったいできない予感があります。
フジモト そうそう、私もなかなかできなかった。
おけい じゃあ、はい!
ひぃえええぇぇぇ。
いよいよ。
キンチョーする‥‥。
おけい そうそう、そういう感じ。
合ってますよ。
この三味線、ちょっと重いんでね、
それがかわいそうかな。
── 私、重いのはだいじょうぶです。
おけい 津軽ですものね。
── 重さはだいじょうぶなんですけど、
どこまで棹を寝かせるのかがわからない。
おけい あっ、ダメダメ、
その構えだと、津軽になっちゃう!
── どうすればいいんですか。
おけい こうです、こうです。
── こう? わわわ、三味線が膝から落ちちゃいます。
おけい 要するに、
こういうふうに、大木(たいぼく)をね。
── 大木を。
おけい 抱えるように。
大木を抱えるように
三味線をふわっと持つ。
── 抱えるように。
おけい いいじゃない。
いいじゃない。いいじゃない。
── てへへへへへ。
おけい あっ、また津軽になってる!
── しまった。気をそらすと一瞬で。
こう? こうですか。
構えだけでもう、タイヘンです。
おけい ちょっと傾けるんです。
イメージ、大木、大木。
── 大木を‥‥メッチャむずかしい。
おけい さっきに比べたら
きれいきれい。
── くるしい。
おけい さっきはぜんぜんだめだったけど、
きれいですよ、ぜんぜんきれい。
ほら、フジモトさん、きれいでしょ。
フジモトはきれいに
右手だけで三味線を支えている。
くやしい。
フジモト ありがとうございます。
── うーん。だけど、
右手だけで支えるのができません。
おけい そんなのができちゃったら、
ちょっとつらいものがありますよ。
私は何年やってると思ってんの?
── あたたかいおことばを‥‥。
おけい バチも、要る?
── いいですか、お借りして。
三味線のバチは、薬指と小指で挟んで持ちます。
最初はこれがけっこう痛いです。
調子に乗って弾いてみる。
おけい あ、弾き方、そんな感じですよ。
いいじゃないですか。
私の三味線、
準備しなくてもいいような気がするなぁ。
── いやいやいやいや、準備してください。
おけいさんがご自分の三味線を
用意してるすきに
フジモト相手にお稽古をしようと企む。
── (こそこそ)
フジモト、フジモト、
教えてください、『老松』を。
いまのうちに、
おけいさんが三味線を組み立てる前に。
おけい それじゃ、二上がりしなきゃ。
聞こえてた!
フジモト 二上がり、二上がり‥‥。
おけい 『老松』やるの?
フジモト 実は私、(古今亭)志ん朝さんの出囃子の
『老松』を弾きたくって、
三味線をはじめたんです。
本願寺出版社で落語の本の担当になって、
落語のこと、ぜんぜん知らなかったんで‥‥
自分でちょっとくらい、
弾けたらいいなぁと思いまして。
おけい まぁ、そうだったの。
フジモト やっと、ひととおり
弾けるようになりました。
── でも、今日は『老松』は難しいでしょうか。
もっと簡単なのは‥‥
おけい 『金毘羅舟々』はどうかしら?
フジモト 権太楼師匠の。
おけい じゃなかったら、もっと簡単なのは、
木久扇師匠の『宮さん宮さん』よ。
「み〜やさん、み〜やさん」っていうの、
知らない?
そしたら、二上がりだから、
調子(チューニング)変えなくちゃ。
「私は‥‥」フジモトに、なにか主張が。
フジモト (こそこそ)
‥‥私は、こんぴらふねふねがいい‥‥。
── え?
フジモト (こそこそこそ)
こんぴらふねふねで‥‥
おけい 『金毘羅舟々』がいいんだね、はいはいはい。
『金毘羅舟々』も二上がりです。
おけいさんには、なんでも筒抜け。
(つづきます)

三味線選び
もし、三味線を買う、ということになったら、
自分の入門した師匠の
よく知っている楽器屋さんで
買うようにしましょう──ということを前提にして、
おけいさんからのひとくちアドバイスをどうぞ。
「三味線だけでなく、楽器というのはね、
 胴が肝心です。
 “共鳴するところ”がいいものを
 買ったほうがいいと思います。
 棹はべつにいいのよ、
 模様が入ってるとかいうのもあるけど‥‥
 まぁ、舞台とか、表に出る人は
 そういうところを大事にするのもいいですね。
 だけど、まずは、
 胴をしっかり見て買いましょう。
 習いはじめで、下手だからといって
 なんでもいいや、と思って買ったりすると、
 いい音がぜんぜんしない。
 そうなると、弾くのも嫌になっちゃうからね。
 ですから、最初からある程度、
 音のいい楽器を買ったほうがいいと思います」
だそうです。


2010-05-07-FRI