Lesson1018
大切な人に
“これが最期になるかも”と逢いに行くときに
2021-10-20
父が危篤で、2年ぶりに故郷へ帰った。
父は、一命をとりとめた。
「これが最期になるかも」と大切な人に逢いにいくときに、
どうしたらいいのだろう?
正解なんかどこにもないし、
参考書もおそらくない。
だからこれは、私の、あくまで1つの経験だ。
もしも私と同じ立場の人がいたら、参考にするもよし、
これにとらわれないで勇気をもって、
ご自身の想うようにやってほしい。
……………………
父がいよいよ危ないと知らせを受けて、
しばらくボーッと、ポンコツのように、思考停止した。
とにかく荷造りを、と重い腰をあげ、
動き始めたら、ようやく、やっと、
私は、オロオロしはじめることができた。
「こんな時どうしたらいいんだろう?
何か大事なことを忘れてないだろうか?」
いっこうに思考が進まず、
どうにか、やっと、浮かんだのが、
先に御父様を無くされた友達の顔だった。
「最期の時に、なにかやっておくといいことはないか?」
聞こうとしたけれど、それは、やっぱり友達に
悲しい記憶をよみがえらせるので、やめた。
心細かった。
しーん、と無になった時、
浮かんできたのは、「学生たちの表現」だった。
いままで、数えきれないほどの学生たちの、
家族との最期の別れについての文章を読み、
スピーチを聞いた。
その中の多くに共通する「3つの後悔」がある。
1つは、「ありがとう」を伝えられなかった後悔。
2つめに、「好きだった」「大好きだよ」を伝えられなかった後悔。
3つめに、死に向き合えなかった後悔。
3つめは、
例えば御爺様の死期が近いと聞いた学生が、
死というものが恐くて、生まれて初めてで、
大好きな御爺様の悲痛な姿を見るのが辛くて、
逃げてしまって、とうとう逢いにいくことができなかった、
という後悔だ。
「勇気を出して父と向き合わなければならない。」
私は心を強くした。
勇気を出して、愛する人の死の際に大事なことを
伝えてくれた学生たちに報いるためにも。
「伝えるんだ! 父に、
まず一生分のありがとうを。
それから、私の想いを。」
心は決まった。
故郷は遠く、6時間かかる。
新幹線に乗ってる時間を含め、
父に伝えたいことを、洗い出したり、整理する時間は
充分すぎるほどあった。
コロナ禍で、家族の最期に逢えなかった
という話をたくさん聞いていたので、
私は、父には直接逢えないだろうと諦めていた。
しかし、父に10分だけ逢わせてくれるという。
私はワクチン2回接種+2週間以上たっていたけれど、
それでもPCR検査を受けなければならなかった。
3万円かかる、1時間検査結果を待たなければならない。
コロナ禍で、私と同じような立場の人がいたら、
現金で3万円持っていくといいかもしれない。
そして、会えても、会えなくても、
検査を受けるように言われても、待たされても、
医療従事者の指示には全面的に従ってほしい。
「ありがとうございます」の言葉も忘れずに。
東京の部屋を出発してから8時間後、
とうとう父と会えた。
眠っている父の姿は天使のように清らかだ。
目は覚めていないし、
私の言葉が聴こえているのかいないのかもわからない。
ほぼほぼ聴こえてないだろう。
それでも、10分間、父と2人っきりで、
ゆっくり、ゆっくり、
静かに、静かに、
私は、父のようすを見ながら、
伝えたいことを順に話していった。
話の内容は、父と私の秘密にしておきたいので
ここには書かないが、
構成だけはお伝えできる。
まず、「ありがとう」を伝えた。
ありがとうを伝えられなかったことは、
学生たちの一番の心残りだったので、
想い残しがないように、
「何に、どう感謝しているか」
渾身で伝えた。
この世に生んでもらった感謝、
育ててもらった感謝、
外国航路の船員をしていた父が、
家族と遠く離れて定年退職まで勤め上げてくれて、
おかげで私は大学まで出してもらった感謝。
そのおかげで、いま、私は、
社会に出てどんなふうに働き、
どんなふうに幸せかを伝えた。
つぎに「父との楽しかった想い出」。
小さい頃にさかのぼって、
もっとも印象に残っている父とのシーンから、
ひとつ、また、ひとつ、
あの時は、あんな気持ちで、楽しかったね、と語った。
それから、いま、父が生きてくれていることの意味。
生きてくれてる、それだけでどんなに尊いか。
母や、姉、私に、どんなにチカラを与えてくれているか。
最後に、父がここをのりきって元気になったら、
一緒にしたいことを話した。
そうして10分の面会は終わった。
ひとつ、ひとつ、話しているうちに、
父の顔が清らかに、安らかに、澄んでいった。
私の心も澄んでいった。
父と私を包む空気が、澄み渡っていった。
あの澄んだ10分間のことを想い出すと、
いまも心が洗われる。
心の底から伝えたいことを伝えきった時、
たとえそれがどんな状況でも、
人には深い内的な解放がある。
父は一命をとりとめた。
姉も、母も、それぞれに、
父が命をとりとめたのは私の語りかけがよかったからだ
と言った。父は聴こえてないだろうから
現実そんなことはない。でも、
伝えたい人に、伝えたいことを、
伝えたい時に、伝えきる。
これができて私はとても心が澄んだ。
大切な人に“これが最期になるかも”と逢いに行く
私のような人がもしもいたら、
「いちばん伝えたいことは何ですか?」
それを想い残さず伝えきってほしい、
と私は思う。
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「親の老い」への哀しみをどう表現していいかわからない
私のような人は多いと思います。
読者と表現しあったこの本は、思い切り泣けたあと、
胸の奥が温かくなり、自分の進む道が見えてきます。
この本が出来上がったとき、おもわず本におじぎをし、
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大切な人への愛から生まれ、その先へ歩き出すための一冊です。
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あなたの“へその緒”が社会とつながる!
『新人諸君、半年黙って仕事せよ』
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『おとなの進路教室。』河出書房新社
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「おとなの小論文教室。」で
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『おとなの小論文教室。』 (河出文庫)
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もがいている人の、現在進行形の悩み、
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NHK教育テレビのテキストが文庫になりました!
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『文庫版『あなたの話はなぜ「通じない」のか』
ちくま文庫
自分の想いがうまく相手に伝わらないと悩むときに、
ワンコインで手にする「通じ合う歓び」のコミュニケーション術!
『17歳は2回くる―おとなの小論文教室。III』
河出書房新社
『理解という名の愛が欲しいーおとなの小論文教室。II』
河出書房新社
『伝わる・揺さぶる!文章を書く』
PHP新書
内容紹介(PHP新書リードより)
お願い、お詫び、議事録、志望理由など、
私たちは日々、文章を書いている。
どんな小さなメモにも、
読み手がいて、目指す結果がある。
どうしたら誤解されずに想いを伝え、
読み手の気持ちを動かすことができるのだろう?
自分の頭で考え、他者と関わることの痛みと歓びを問いかける、
心を揺さぶる表現の技術。
(書き下ろし236ページ)
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