Ｌｅｓｓｏｎ１０２５
親のインターネット
―87歳、母のパソコンデビュー
2021-12-15
87歳になるまで、
母はパソコンをさわったこともない。
スマホも、SNSも、ユーチューブも、
やったことがない。
ガラケー携帯が１つあるのみで、
それさえ電話しか使ってない。
メールは１度も全くやったことがない。
インターネットとは無縁に生きてきた。
考えればすごいことだ。
電車の時間１つ調べるにも、
わからない単語１つ調べるのも、
「ネット検索」という選択肢が存在しないのだ。
いちいち時刻表、辞書など
紙の媒体を物色し自分で調べるか、
人に聞くか。
ネットフリックスなどで
自ら好きな映画やドラマを取りに行くことがない。
テレビとラジオから受動的に得る番組、
それだけが頼りだ。
友達とLINEやFacebookでつながることもない。
２年前、母たちの同窓会があったとき、
幹事さんは「往復はがき」、
ただそれだけが連絡の命綱だった。
何が幸せかはわからない。
母が、地元の温かで優しい
リアルな人間のネットワークに恵まれているから、
ネットがなくても生きていけるというのもある。
そこはうらやましい。
けど、
「おかあちゃんは、このままでええんか？」
私は何度も罪悪感にさいなまれた。
いま私は、インターネットの恩恵をほしいままだ。
親が大学まで出してくれて機会を与えられたおかげ、
なのにその親は、機会から干され続けている。
「なんとかしなきゃ」
でも、母にいちからパソコンを‥‥
と思うだけで気が遠くなる。
仮にできたとしても、
ネット詐欺などにあわないか不安が襲う。
ついついあとまわしにして、
年月はどんどん過ぎ、
母はどんどん高齢になっていき、
インターネットを持てる者と、持たざる者、
たがいに見る景色は離れていくばかりだった。
今年、
私は、人生節目の誕生日があり、
家族からお祝いは何がいいか早々に聞かれていた。
母からもさいさん聞かれており、
私は家族に、人生一番の贈り物をねだった。
「おかあさんとテレビ電話をしたい。」
スカイプでもいい、
高齢者向けテレビ電話でもいい、
iPhoneのFaceTimeでもいい、
どんな形でもいいから、
東京の私と、岡山県に住むおかあさんと
顔を見て話せるようにしてほしい。
あれから数カ月、
家族のだれからも、とうぜん母からも、
ひと言も、その件について聞かない。
「やっぱり母にはとうてい無理で諦めたんだ‥‥」
パソコン購入、プロバイダー契約、Wi-Fi、
なにより母がパソコン操作を
投げ出さずに覚えられるかどうか。
言い出しっぺの私でさえ、
母がパソコンをやってる姿が、
どうにも、まったく、想像さえも、できない。
ところが、誕生日、前夜、
「明日家族みんなでスカイプでお祝いするで！」
とトツゼン知らされた。
泣きそうだった。
家族が私に内緒で動いてくれていたのだ。
母のもとに通ってくれていた。
中古のノートパソコンを買って
年金暮らしのお財布にも優しい
プロバイダーをなんとか見つけてくれて、
おおきな手書きの字でマニュアルを作って、
立ち上げるとスカイプが出る設定にして、
母もがんばった。
87歳まで、一度も
パソコンをさわったことのない人間が、
ゼロから始めると、想像もつかない反応をする。
「おかあさん、ふたをあけてください。」
まずノートパソコンのふたをあけるところから、
家族がおしえていこうとすると、
母は、「あかない」、「あかない」。
いっこうにあかないふたを、こじあけようと、
いきなり苦戦した。
あかないは当然だ。
母があけようとしていたのは、
パソコンではない、
「マウス」だ。
マウスを見たこともさわったこともない母には、
マウスが小箱に見える、
その中に何かが入っているように見える。
やるなあ！ おかあさん！！
このボケは、お笑い芸人でも思いつかない。
案の上、現場も大笑いだったらしく、
母も笑って、
なごんで、
そこからリラックスして、
パソコンレッスンに向かえたそうだ。
「老人力」という言葉が昔はやったが、
高齢者には想像のナナメ上いく
とんでもない笑いのポテンシャルがある。
はたして当日、
私が東京のこの部屋でいつも使っている
このパソコンに、
テレワークや大学のオンライン講義で
大勢の人とつながってきたこのパソコンに、
でもいままで一度たりともその中に
母の顔を見ることはなかったこのパソコンに、
「おかあちゃんの顔が見えた！」
「おかあちゃん、マウス操作しとる！！」
「おかあちゃんが、スカイプしとる！！！」
その歓びはとてつもなく筆舌につくせない。
あまりのことに、もう感動とか、涙とか、
超越した嬉しさだった。
つながった。
入院中の父はむりだったけど、
それ以外のほぼ家族全員が、
その日までにそれぞれの壁をのりこえて、
インターネット上でしっかり顔と想いでつながった。
母は、87歳で初めてのスカイプ体験を。
後日、こう言った。
母は、その頃、
身内の若すぎる死にふれた直後で、
どうしても気持ちがふさいでしまい、
閉塞感が、何をしてもとれなかった。
それが、あの日、
スカイプで目の前に私が現れた瞬間、
「ぱあーっと、ほんとに目の前が明るうなった！」
瞬時に閉塞感が吹っ飛び、
光が射す想いだったと母は言う。
そして、
「ありがとう！」
と何度もしみじみ母から御礼を言われた。
礼を言うのはこっちだ。
多大な労力をかけた。
財布に優しいカタチでも、
年金暮らしの母にお金を使わせたのも事実、
母は負担に想ってないだろうか。
すると母はこう言った。
「年を取って、だんだん
できとったことができんようになっていって、
できんことばぁ増えていって、
そんな自分が、
まさか！ 87歳になって、
新しいことができるようになるとは！」
そうか！ 閉塞感がとれた答えはここだ。
年をとるにつれて、
体力、記憶力、知力が衰えていって、
昔できていたことが、できなくなっていく。
その哀しみはどれほどだろう。
どんどんできないことが増えていって、
身内も高齢化しつぎつぎと亡くなっていって、
そこに若すぎる身内の死もあって。
母の世界は、
もともとあった大切なものをつぎつぎと失い、
でも新しいものは増えない。
閉塞感と目減りの風景だった。
「87歳の自分にも、新しいことができる！」
母のインターネットデビューは、
閉塞し狭まりゆく自分の世界を、
閃光のごとく打ち破り、広げていく、まさに
希望の光だった。
あれ以来、週一スカイプで、
母と３時のお茶をするのが楽しい。
「きょうはホット梅を飲みょうるんよ。」
顔を見て、おたがい好きなおやつと飲み物を
用意して、画面に見せて。
おおきな山を登るときは、最初はゆっくりと。
いまは週一のスカイプで、
ゆっくり、焦らず、着実に、
母はパソコン「習慣」を身につけていっている。
「親のインターネット」
かつての私と同じように
諦めかけている人がもしいたら、
親を信じて、チャレンジしてみてもいいのでは。
頓挫しても、頓挫までの体験のすべてが、
親にとっては新しい世界の経験になる、
と私は思う。
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株式会社ウチダシステムズ フェア事務局
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【満員御礼！】この講座は満席になりました。
キャンセル待ちも締め切りました。
たくさんのお申込みありがとうございました。
宣伝会議 表現力養成コース
編集・ライター養成講座２０周年記念講座
山田ズーニー専門クラス
——–伝わる・揺さぶる！文章を書く
山田ズーニーです。
私は、これまで北は北海道から南は鹿児島まで、
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（株）宣伝会議 教育事業部 担当：小林Tel.03-3475-3030まで
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「おとなの小論文教室。」を読んでのご意見、ご感想を
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題名を「山田ズーニーさんへ」として、
postman@1101.com までメールでお送りくださいね。
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録音版をぜひお聞きください。
●「ラジオ版学問ノススメ」（2012年12月30日〜）
インターネット環境があれば、だれでもどこからでも
無料で聴けます。
聴取サイトは、http://www.jfn.co.jp/susume/
（MP3ダウンロードのボタンをクリックしてください）
または、iTunesからのダウンロードとなります。
ほんとうにおかげさまで本になりました！
ありがとうございます！
▲『おかんの昼ごはん』河出書房新社
「親の老い」への哀しみをどう表現していいかわからない
私のような人は多いと思います。
読者と表現しあったこの本は、思い切り泣けたあと、
胸の奥が温かくなり、自分の進む道が見えてきます。
この本が出来上がったとき、おもわず本におじぎをし、
想いがこみ上げいつまでもいつまでも本に頭をさげていました。
大切な人への愛から生まれ、その先へ歩き出すための一冊です。
『「働きたくない」というあなたへ』河出書房新社
「あなたは社会に必要だ！」
ネットで大反響を巻き起こした、おとなの本気の仕事論。
あなたの“へその緒”が社会とつながる！
『新人諸君、半年黙って仕事せよ』
―フレッシュマンのためのコミュニケーション講座（筑摩書房）
私は新人に、「だいじょうぶだ」と伝えたい。
「あなたには、コミュニケーション力がある」と。
――山田ズーニー。
▲『人とつながる表現教室。』河出書房新社
おかげさまで「おとなの小論文教室。II」が文庫化されました！
文庫のために、「理解という名の愛がほしい」から改題し、
文庫オリジナルのあとがきも掲載しています。
山田はこれまで出したすべての本の中でこの本が最も好きです。
『おとなの進路教室。』河出書房新社
「自分らしい選択をしたい」とき、
「自分はこれでいいのか」がよぎるとき、
自分の考えのありかに気づかせてくれる一冊。
「おとなの小論文教室。」で
７年にわたり読者と響きあうようにして書かれた連載から
自分らしい進路を切りひらくをテーマに
選りすぐって再編集！
▲文庫版でました！
あなたの表現がここからはじまる！
『おとなの小論文教室。』 (河出文庫)
ラジオ「おとなの進路教室。」
http://www.jfn.co.jp/otona/
おとなになっても進路に悩む。
就職、転職、結婚、退職……。
この番組では、
多彩なゲストを呼んで、「おとなの進路」を考える。
すでに成功してしまった人の
ありがたい話を聞くのではない。
まさに今、自分を生きようと
もがいている人の、現在進行形の悩み、
問題意識、ブレイクスルーの鍵を
聞くところに面白さがある。
インターネット、
ポッドキャスティングのラジオ番組です。
「依頼文」や「おわび状」も、就活の自己ＰＲも
このシートを使えば言いたいことが書ける！
相手に通じる文章になる！
『考えるシート』文庫版、出ました。
『話すチカラをつくる本』
三笠書房
ＮＨＫ教育テレビのテキストが文庫になりました！
いまさら聞けないコミュニケーションの基礎が
いちからわかるやさしい入門書。
『文庫版『あなたの話はなぜ「通じない」のか』
ちくま文庫
自分の想いがうまく相手に伝わらないと悩むときに、
ワンコインで手にする「通じ合う歓び」のコミュニケーション術！
『17歳は２回くる―おとなの小論文教室。III』
河出書房新社
『理解という名の愛が欲しいーおとなの小論文教室。II』
河出書房新社
『伝わる・揺さぶる！文章を書く』
PHP新書
内容紹介（PHP新書リードより）
お願い、お詫び、議事録、志望理由など、
私たちは日々、文章を書いている。
どんな小さなメモにも、
読み手がいて、目指す結果がある。
どうしたら誤解されずに想いを伝え、
読み手の気持ちを動かすことができるのだろう？
自分の頭で考え、他者と関わることの痛みと歓びを問いかける、
心を揺さぶる表現の技術。
（書き下ろし236ページ）
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