第1回 「詩人」「歌人」は職業か
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糸井 |
お二方と僕は、
「言葉を職業にしている三人」
ということになるんでしょうが、
“言葉"で食えるか食えないかという話を
最初にしたいんです。
実は僕、言葉を職業にはできてないんですよ。
会議に何度も出たり、
誰々にどういう絵を描いてもらおうだとか、
この商品についてはこう考えられるんじゃないか、
というところが僕のギャランティが発生する部分で、
言葉そのものに金払ってもらった覚えは
あんまりないんですよ。 |
谷川 |
巷では、糸井さんのコピーは一行一千万円と……。 |
糸井 |
あれは僕が自分で言ったんです。
ああ言えば、そのくらい払ってくれるかと思って。(笑) |
谷川 |
税務署に申告するとき、
糸井さんの職業は何てなっているんですか? |
糸井 |
会社役員。 |
谷川 |
ちょっと差つけられてるよね。 |
糸井 |
有限会社にしていれば、
自転車屋のオヤジさんも会社役員ですよ。 |
枡野 |
たしかに。 |
糸井 |
コピーライターは職業名というより職種名ですね。
会社員だけどシステムエンジニア、
というのと同じような。
歌人や詩人はどうなんでしょう。 |
谷川 |
職業辞典というとても分厚い本があるんですが、
そこに詩人は載ってないんですよ。
歌人はあったような気がする。 |
枡野 |
えー、ありますか? |
谷川 |
結社で儲けているから。 |
枡野 |
ああ、そうですね。
短歌はふつう結社というサークルがあって、
サークルの偉い人になれば、
弟子の作品を見たりすることによって、
お金もらうんですよ。 |
糸井 |
生け花みたいな。 |
谷川 |
家元だよね。 |
枡野 |
僕は、自分一人でやってる
立派な歌人なんですけど(笑)。 |
谷川 |
税務署では「歌人」じゃ受け付けてくれないね。
「著述業」「文筆業」でしょう。
著述業は、ついこのあいだまで
芸者と同じジャンルだったんです。
収入が非常に不安定であると。 |
枡野 |
ノリやアワビを獲ったりする業者と同じだったり。 |
糸井 |
僕たち、アワビ獲ってたんだ(笑)。
そう言えばそうですけどね。
じゃあ、谷川さんも「詩人」じゃなく
「著述業」ですか? |
谷川 |
そうですよ。
パスポートもね。
外国でレンタカーを借りるとき、パスポートに
「ライター(writer)」って書いてあるでしょう。
受付のおばさんが、
「何をライトしてるのか」
って聞くわけですよ。
僕、ちょっとはにかんだりしてさ(笑)、
「ポエム……」
って言うと、
「オーッ!」
って大声あげてね。
「いちばんいい車を貸してやろう」
と言われて、感動したことがある。 |
枡野 |
外国では、詩人の地位はとっても高いんですよね。 |
谷川 |
外国に行ったら、歌人もポエット(詩人)ですよ。 |
糸井 |
そうか、定型詩のポエットだ。 |
谷川 |
「伝統的ポエット」と言うと、
もっと尊敬されるかもしれない。 |
糸井 |
そのヘアスタイルも役に立つ。 |
枡野 |
意味もなく、
「ゼン(禅)……」
とかって、つぶやいてみよう。(笑) |
糸井 |
詩人て、運命別の職業みたいなところ、
あるじゃないですか。
しょうがないじゃん、
もうそういうもんだからと。 |
谷川 |
でも自己紹介のときは、
「詩人です」って言えませんよ。 |
枡野 |
僕は「歌人」と言いますけどね。 |
谷川 |
恥知らずだねぇ。(笑) |
枡野 |
自分で言わないと、
誰も言ってくれないと思ってるんで。 |
谷川 |
詩人は、他人がさ、
「あの人は詩人だねぇ」というものであって、
自分からはね……。
以前、名刺に「詩人」て書いてある人を
見たことがあるんだ。
それも名前よりもでっかい字で「詩人」と。
ショックだったね。 |
枡野 |
僕は「世界一の歌人です」と言っちゃいます。 |
谷川 |
「世界一」がつくといいですよね。
はにかみが伝わってきます。 |
枡野 |
実はもっと恥ずかしい肩書で、
「特殊歌人」と名乗ってたことがあるんです。
別に特殊だとは思ってないんですけど、
あえて差別化をはかりたかった。
「特殊歌人」と名乗っているのは僕だけですから、
「世界一の特殊歌人」と言っても、
一応、ウソじゃないので。 |
谷川 |
それで税務署の申告額は? |
枡野 |
短歌以外にもフリーライターとして、
毎日、原稿書いているんですけど、
その昔、会社員やってたときと
今の収入が同じくらいですね。 |
谷川 |
それはたいしたもんですよ。 |
枡野 |
でも、毎日書いてそれですから。
こんな生活、誰も代わりたくないんじゃないかな。
自分は好きでやってるんですけど。 |
谷川 |
僕も三十代の頃、ほとんど毎日書いてて、
自分がレモンの搾りカスみたいになって、
中身何もないなと思ったことがある。
そのくらい書かないと
妻子を養えない時期があったんです。
それで、それ以降、自分の中から
言葉を出すのをやめようと思ったんですね。
そしたらすごく楽になった。
言葉なんかもういっぱいあるんだから。
「広辞苑」見りゃ、一目でわかるし。
それの構成人、編集人というか、
組み合わせればいいと思ったんですね。
それやると楽だよ。
だから「自己表現」なんてよく言うけど、
屁でもない感じ。 |
枡野 |
じゃあ、空気のように
漂っている言葉をもってくる……。
編集者のような意識なんですか。 |
谷川 |
そうそう。巫女ですよね。
ほとんど恐山のイタコだよ。
だから、職業としては
「詐欺師」と言ったほうが近い。 |
枡野 |
いわゆる自分で自由に書く詩と、
求められて書く詩とあると思うんですけど、
谷川さんの場合、
それは分けてらっしゃるんですか? |
谷川 |
僕、最初から求められて書いた人間なんですよ。
うんと若い頃、
面白くてノート一冊書いたことはあるけど、
あとはだいたい注文で書いてきた。 |
枡野 |
それはすごいですね。 |
糸井 |
みんな、そうじゃないの? |
枡野 |
えっ。僕は違いますよ。 |
糸井 |
あ、そうですか。
僕も頼まれないで書いたものなんかないなあ。
だって書くのイヤなんだもん。 |
谷川 |
僕も(笑)。
締め切りがあると書くの。 |
枡野 |
僕は短歌に限ってだけど、
頼まれて書いたことないんです。
自分の中にずっとわだかまっていたものが、
ぼんやり歩いているときだとか、
あるとき七五調になって出てくる……。
依頼はよくあるんですよ。
このあいだもあるCMで、
結婚の幸せな短歌をつくってくださいと言われたのを
断わっちゃったんです。 |
谷川 |
なんで? |
枡野 |
いや、僕、ハッピーな歌はつくれないんです。
それにまだ結婚もしていないし。
だから
「不幸せな結婚とか
不幸せなカップルの歌だったらつくれます」
と正直に答えたら、それから連絡がなくなった。(笑) |
谷川 |
やっぱりまだ自己表現してるからいけないんだよ。
他人の幸せなカップル見て、
つくっちゃえばいいじゃない。 |
糸井 |
イタコならそうですよね。 |
枡野 |
ああ、それはそうだ。 |
糸井 |
それ、基本ですよね、生きていくためには。
おれ、片岡千恵蔵の歌でもつくれるよ。(笑) |
枡野 |
今から電話して
頭下げて引き受けようかな。
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