第1回 言う人、言わない人
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糸井 |
今、ダジャレは“おやじギャグ”なんて言われて
非難されてますよね。
だけど僕がインターネットでやっている
『ほぼ日刊イトイ新聞』で
「全日本おやじギャグの祭典」という
投稿ページをつくったら、
これが「いやだ、いやだ」と言いつつ
大人気だったんです。
そのページがなくなると、
「終わりなんですか?」
ってみんなに言われて、
なんだ、好きなんじゃねえかって……。 |
小田島 |
アンチ巨人みたいなもんでね。
「いやだ」「嫌い」「バカ」と言いながら、
どっかでやっぱりファンなんだな。 |
糸井 |
松澤さんの場合は、
コンピュータにダジャレを言わせてる。 |
松澤 |
ええ。仕組みは簡単なんです。
膨大な言葉や決まり文句を記憶させた
データベースをつくって、
発音の近いものを
ダジャレのパターンに当てはめるという……。
できたものをコンピュータ画面に
ただ映し出しても面白くないので、
脚のついた三角の箱から、
ダジャレが書かれた紙が出てくる装置を
つくったんです。 |
糸井 |
ダジャレマシン。 |
松澤 |
手づくりのステンレスの箱に、
小さなコンピュータと
レジのプリンターが入ってるだけ。
そのプリンターから
「こけでコケる」「腐ってもタイソン」
「盆より証拠」「秘事は松田優作」なんていうのが
次々出てくる。 |
糸井 |
「秘事は松田優作」……
何を言ってるんだか(笑) |
松澤 |
「秘事は睫」という故事だか諺が
もとになってるみたいなんですが、
ぱっと聞いてもわかりませんよね。
そこがコンピュータで、
辞書や事典をデータにして
字面を合わせてるだけだから、
どう笑っていいかわからないものも多くって。 |
糸井 |
「秘事は松方弘樹」なら、
なんとなくわかるような気がするけど。(笑) |
松澤 |
ただ、コンピュータだとデータは豊富に揃うんで、
一瞬のうちに数万通りのダジャレができる。
それをジージー、延々と吐き出してるわけです。 |
糸井 |
こういう人物、いますよね。 |
小田島 |
和田勉とか。 |
糸井 |
僕、よく「和田勉のようだ」と言われて、
それが僕に対するいちばんの悪口なんです。
松澤さんの機械は、べン・ワダ・マシン?(笑) |
松澤 |
いや、「B級機関」と名付けてるんです。
くだらないダジャレを
永久に出力するということで。 |
糸井 |
そのネーミングはナイスですね。
松澤さん自身は、ダジャレを言う人? |
松澤 |
私はぜんぜん言えないほうで。
といっても、こんな装置つくったりしてるせいで、
誰も信じてくれない。 |
糸井 |
ダジャレを言う人は、よく嘘をつくんです。
正直に……。 |
松澤 |
ほんとです。
純粋に工学の基礎研究者です!(笑)
いわゆるダジャレは言えなくて……。
トラウマかもしれません。
中学のとき、遊び仲間のあいだで
暗黙のルールがあったんです。
ダジャレと顔ネタと下ネタは言っちゃいけないと。 |
糸井 |
ませてるなぁ。 |
松澤 |
ダジャレなんか言うと、
バリバリに攻撃されましたから。
そのとき以来の
心理的な抵抗があるんじゃないかな。 |
糸井 |
小田島先生は、
それこそダジャレはご幼少の頃から……。 |
小田島 |
ご幼少からだねえ(笑)。
親父がダジャレ好きだったの。
子どもの頃、親父から聞かされた話で
今でも覚えているんだけど、
ある噺家が師匠のところでしくじって逐電して、
何年かたって東京に戻ってきたら、
向こうから、文都(ぶんと)、芝楽(しばらく)、
小さんと、三人の師匠格が並んでやってきた。
もう逃げられない。
それで噺家はとっさに、
「ぶんとにしばらくでこさんした」
と言ったというのね。
どっかで仕入れたそんな話やダジャレを、
親父は晩酌しながら僕に聞かせるの。
僕も面白がって、ちょっとしたことを言うと、
親父が喜ぶのよ。
次はもっと喜ばせようと思ってね。 |
糸井 |
やっぱり、そうかあ。 |
小田島
| これが子ども、孫に伝わって、
今、九歳の孫に負けることがある。 |
糸井 |
お孫さんもダジャレ好きですか。 |
小田島 |
そしたら当時六つだった孫が、
「名無しのボンベ」。
そっちへ拍手いくわね。
その孫が風呂から上がるとき、伜が
「ちゃんと体を拭いて出ろよ」と言ったら、
自分の体にフッフッって息を吹いてから出たって。
で、伜に
「これ、おじいちゃんに言っといてくれ」
って。(笑) |
糸井 |
いい家族ですねえ、ダジャレ共同体。
ダジャレ好きにはユートピアだ。 |
松澤 |
直伝というのはあるのかもしれない。
私の場合、父親はけっこう言ってるんですよ。
僕はそんなに影響を受けたつもりはないけど、
うちの子どもは何か言っては
「今のウケた?」って聞きます。 |
小田島 |
子ども時代の環境は大きいでしょう。
吉行淳之介さんはダジャレがぜんぜんダメな人で、
わかるんだけど、自分じゃ言わない。
それは小さいときに父親のエイスケさんが、
晩メシに鯛が出ると、
「今日は鯛があってめでたい」なんて言って、
子ども心にあまりにバカバカしいと思ったから、
とおっしゃってたね。 |
糸井 |
僕なんか、その点では、
ものすごく差別がないんですよ。
とにかく笑っちゃうものはみなOK。 |
小田島 |
糸井さんも、よく言うの? |
糸井 |
言うというより、
人が真面目な話をしてるときでも、
絶えずダジャレが思い浮かんじゃって……。
難しい話なんかだと、
自分をゆるめるためにもダジャレを入れたくなる。
でも、なるべく言わないようにしてます。 |
松澤 |
ガマンしてる。(笑) |
糸井 |
ほんとは言いたくてしょうがないけど、
言えば相手の話の腰を折るから、
間があれば言うくらい。
僕、完全に受け身の作家ですね。 |
松澤 |
ダジャレを言う人と言わない人って
はっきり分かれますね。 |
糸井 |
お笑いの世界でも、
ダウンタウンの松本人志――松っちゃんなんか、
まったくダジャレを言わない。
「どうしてそんなにダジャレが嫌いなの」
と聞いたら、真顔になって、
「思いつかないんです」て。
だから根本から違うんだな。
これが言う人になると、もうどんどん言う。 |
小田島 |
もう亡くなりましたけど、
劇評家で作家の戸板康二って人は、
溜まり場になってる飲み屋に突然入ってきて、
ダジャレを言うの。電車の中で思いつくと、
わざわざ言いに寄って、一杯も飲まずに
そのまままた出て行く(笑)。
そのくらい、言いたい人だった。 |
松澤 |
意外な方がダジャレが好きというのもありますね。 |
糸井 |
大江健三郎さん、とかね。 |
小田島 |
あの人は無表情で言います。 |
糸井 |
声の音量はどうなんでしょう。 |
小田島 |
和田勉みたいな音量で言われると、
「しょうがない、笑ってやろうか」
になるんだけど、大江さんはボソッと。 |
糸井 |
気づく人を探してるんですかね。
言わなさそうなタイプの人が
小さい声で言ったときって、
受け手のほうがクリエイティブじゃないと
いけないんですよ。 |
松澤 |
チェックして、拾ってね。 |
糸井 |
ダジャレというのではないけど、昭和天皇が
すごくユーモアのわかる方だったというのは
漏れうかがいますね。
天皇を案内する役になった人から聞いた話ですが、
天皇は「あっ、そ」と
よくおっしゃってたでしょう。
そのときは、
案内役の人が間違った説明をしたらしいんです。
そしたら、「あっ、そ……うかな?」と
おっしゃって、ニヤリとされたという。 |
小田島 |
戸板康二さんが歌舞伎の話をご進講したとき、
昭和天皇から、
「あなたのごひいきの役者は?」と聞かれて、
戸板さん、「立場上、お答えできません」と
言ったんです。
以前、天皇が相撲観戦なさった際に、
「ごひいきの関取は?」と聞かれて、
「立場上、答えられない」とおっしゃったことが
頭にあったんですね。
そしたら、その戸板さんの答えに、
天皇は心から楽しそうに
お笑いになったそうですよ。 |