第3回
女はそれを許さない
|
糸井 |
ところで、松澤さんはなんでダジャレマシンを
つくろうと思ったんですか?
スタートラインがあるわけでしょう。
|
松澤 |
もっと人間ぽいことを
コンピュータにやらせたかったんですね。
もともと人工知能を研究してまして、
機械を人間に近づけるという研究は
だいぶ古くからやってたんですけど、
今までは非常に堅いやり方でした。
「こういうデータを入れたら、
必ずこういう答えが出ます」
というような。
それよりもうちょっと違うことをやりたいな
と思い、アバウト推論というのを始めました。
|
糸井 |
アバウト推論というと?
|
松澤 |
人間がものを考えるときって、
たとえば「グラス」という言葉があったら、
メガネを思い浮かべたり、
割れるということから氷を連想したり
というふうに、
一つの言葉から別のものにつながったり、
ふくらんだりしていきますよね。
あるいは、よく知らない問題でも、
似たような事柄から
大ざっぱに判断したりできるでしょう。
そういう人間の思考のアバウトさを、
機械で実現できないかという研究です。
その一環として、
たくさんの言葉をコンピュータに与え、
また言葉と言葉の関係性をつなぐ
概念ベースをつくったら、
なぞなぞなんかも解けるようになったんです。
「クリはクリでもギョッとするクリは?」
「ビックリ」みたいな。
|
糸井 |
そういうときに、
僕は「ギョックリ」と
言いたくなるんですよねぇ。(笑)
|
松澤 |
これ、全部子ども用のなぞなぞから
とってましてね。
「よけいなことを言いたがる貝は?」とか……。
|
小田島 |
――「オセッカイ」ね。
|
糸井 |
先生、その、
落ち着いて言う感じがいいですね。(笑)
|
松澤 |
ところが、コンピューターにやらせると
「コマカイ」と出てくる。
たしかに、物事に細かいやつも
余計なことを言うなぁって妙に納得しましたが。
まあ、計算機的な分野よりも、
もうちょっとやわらかいというか、
人間が言葉にもっているイメージとか
感性みたいなものを機械でもあらわせたら――
というので
「ことば工学」という分野を提案したんです。
で、一般の人たちに、言葉を工学的に扱う
面白いものを示したいと思ったとき、
一般ウケするのはダジャレだと思って、
あんなバカバカしい装置をつくった
というわけでして。
|
糸井 |
バカバカしいの、大好きです。
僕ね、ダジャレというのは
「粗品」だと思ってるんです。
シャレというと「お洒落」につながりますが、
ダジャレの場合は押し付けるつもりはない。
「こんなものを出して、
まことに申し訳ございませんが」
という……。
「駄」がついているのは謙虚さですよね。
|
小田島 |
ただ、軽蔑でもいいから
反応してほしいというのはありますよね。
|
松澤 |
「さぶ〜い」というのは、
けっこうほめ言葉じゃないですか。
|
小田島 |
うん、もう反応してるんだからね。
無視がいちばんつらい。
|
糸井 |
僕は無視までOKなんです。
相手との関係にもよるんだけど、
カミさんが僕のダジャレを聞いてるはずのに、
知らんぷりして洗い物を続けてるというのは、
無視という形で反応してるってことなんですよ。
僕がよくやるパターンだけど、わざと
「ああ、よく寝た。何だっけ?」
と言ったりね。
|
小田島 |
飲んでるときに僕がダジャレを連発してたら、
堺マチャアキがうるさそうな顔して大真面目に、
「小田島さん、あんまりそんなこと言ってると、
しまいには僕、笑っちゃいますよ」って。
|
糸井 |
うまい! 中には本当に腹を立てる人もいます。
坂本龍一はダジャレが大嫌いで、
言うやつがそばにいるだけで
不愉快になるって言うんですよ。
|
松澤 |
へえー。
|
糸井 |
逆に、小泉今日子って人は、
誰も笑わないときにもクスッてやってくれる。
|
小田島 |
いちばんイヤなのは、何か言うと、
「60点」とか点数つけるやつ。
「だったら、おまえ、
70点のダジャレを言ってみろよ」
と言いたくなるね。
|
糸井 |
ダジャレは、言った自分が楽しいというのが
前提だけど、同時に失敗したら
取り返しがつかないという危険もはらんでいる。
女の人が言わない理由もわかりますよ。
女性は快楽主義者ですから。
|
小田島 |
「女は失敗を許さない」!
チェーホフの『かもめ』に出てくる
有名な台詞ですね。
女性は人の失敗を許さないし、
自分も失敗したくない。
だけど、男は平気で失敗するんだな。
|
松澤 |
ダジャレもギャンブルなんですかね。
その瞬間に賭けるという意味で。
|
糸井 |
試行錯誤、トライ&エラーのトライ。
小田島さんなんか、
期待されてるだけに大変ですね。
|
小田島 |
結婚式のスピーチなんか頼まれると、
ダジャレの一つも言わなくちゃ、と思うね。
あらかじめ考えていくときは、
五十音の中での移動ということはやります。
「カモ」という言葉にひっかけたいときは、
まず「アモ」から始める。
「サモ」「タモ」とやってみて、
次は「カモ」の前後につながるものを
ア段から当てはめていく。
「アカモ」「イカモ」……と。
逆引き辞典を使うときもありますよ。
この音で終わる言葉はないかなって探す。
そんなことをずっとやってるうちに、
日が暮れたりしてね。
|
松澤 |
はーあ。
|
小田島 |
まあ、普通は短い間に
頭の中をバーッと高速回転させて、
何かないかと探すことのほうが多いです。
ただ、考え過ぎても出来はよくない。
思わずスッと出てしまったほうがよかったりして。
|
糸井 |
自信作ってありますか。
|
小田島 |
「老婆は一日にして成らず」は
自分でつくったと思ってたけど、
すでにいろいろな人が言ってたということが、
あとでわかったし……。うーん。
|
糸井 |
なぜか自分で「いいな」と思ったのに限って、
忘れちゃいますね。
|
小田島 |
人からほめられたというのでは、
作家の長部日出雄という人がいてね、
酒乱で名高い(笑)。
何かのときに酒乱の話になって、
吉行淳之介さんが長部っちんのことを、
「でも、あいつ、
普段はほんとにいいやつなんだよな」
って言うから、僕が「酒乱が仏」って返したら、
これは吉行さんがほめてくれた。
|
糸井 |
長部さんと親しい人だと、とくに面白いんだなあ。
|
小田島 |
彼は大仏さんにしてもいいような顔なんで……。
前に山下洋輔が
アフリカで見たダンスの話をしてて、
あちらでは尻をうまく振って踊れる女性ほど
人気が高いんだって。
「臀筋を鍛えると、
いいとこに嫁にいけるんですよ」
と言うから、
「デンキン高島田」と返したら、
彼、鼻血を噴き出した。(笑)
|
糸井 |
今、思い出した。
「♪ばあやは十五で嫁にゆき〜」
――僕、そういうのが好き。
「ねえや」を一文字変えただけだけど。
|
松澤 |
妙に意味が変わっちゃう。
|
糸井 |
歌が入るのはいいなぁ。
(ジョンレノンの曲の出だしで)
「♪マザー〜……牧場」。(笑)
|
松澤 |
くだらないものほうが爆笑しちゃうんですね。
|
糸井 |
あり得ないくらい理にかなってないと、
思わず爆笑なんですよ。
|
小田島 |
テレビで『ボギャブラ天国』ってあったけど、
いちばん好きだったのは、
紅白の小林幸子のド派手な衣装を来て、
「♪さっちゃん、派手」と、これだけ。
|
糸井 |
「♪さっちゃんはね〜」ですね。
|
小田島 |
南悠子さんていう宝塚出身で
日舞のお師匠さんまでやった女性がいるんだけど、
ずっと独身だったの。
さっきも出た戸板康二さんが、
彼女が40歳の誕生日を迎えたときに
言った台詞が、「四十にしてマドモアゼル」。
|
松澤 |
あ、いいですねえ。
|
小田島 |
ところがあるとき、
その「四十にしてマドモアゼル」を言っても、
相手が笑わないんだって。
なぜかと思ったら、相手は元になっている論語の「四十にして惑わず」という言葉そのものを
知らない。
戸板さん、
「もうこのダジャレは通用しなくなったのか」
と嘆いておられた。
昔はみんなが共有する知的教養
――歌舞伎の中の台詞とか、諺、
いろはかるたの言葉なんていうのが
あったんだけどね。
|
糸井 |
今の若い人は、そういう教養主義の押し付けが
かなわんと言うんだろうなぁ……。
でも、その「四十にしてマドモアゼル」は、
「四十にして惑わず」を知らなくても
笑うような気がします。響きで。
|
松澤 |
そうそう、言葉の響きっていうのはありますよね。
|
糸井 |
「腸捻転」て言葉があるじゃないですか。
チョウネンテン――わけわかんないけど、
何かおかしい。
それと、話の中で「そう言えば」と言うとき、
僕、必ず総入れ歯が浮かんでくるんです。(笑)
|
小田島 |
スポーツ新聞の見出しにも面白いのがある。
若乃花と貴ノ花の兄弟が両方とも負けたとき、
親方がすごく怒って、そのときの見出しが、
「わかったか!」。
くだらないと思いながら、笑ったね。
|
糸井 |
ついでにスポーツ関係で言うと、
野球選手のあだ名のつけ方って、
ものすごく粗雑なんです。
デブだからデーブ大久保。
ひどいのだと、ジャイアンツから近鉄にいった
ピッチャーの香田という選手のあだ名は
シャーミーですよ。
|
松澤 |
幸田シャーミン。
|
糸井 |
いくら「コウダ」だからって、
どうしようもないですよね。
しかも、シャーミンじゃなくてシャーミー。
すでにそこで間違えて覚えてる。(笑)
|
松澤 |
具体的なイメージがあると
言葉のインパクトが強くなるけど、
人名なんかとくにそうですよね。
「B級機関」でも、有名人の名前が出ると、
一文字しか重なってなくても、みんな笑っちゃう。
その有名人のインパクトだけでいいってことで、
反則技ですけどね。
|
糸井 |
「沈黙は金大中」(笑)。轟二郎もいいですね。
「雷鳴轟二郎」とか。
|
小田島 |
ハハハハ。
|
糸井 |
どんなイメージがイニシアチブをとるかが、
感動を計るときの力になりますね。
さっきの「四十にしてマドモアゼル」を
例にとれば、マドモアゼルって言葉に、
みんなマンガみたいな絵が浮かぶんじゃないかな。
縦ロールの髪とか(笑)。
そういうふうに
リアルなビジュアルが浮かぶダジャレだと、
ドッと沸く。
|
松澤 |
「B級機関」は、たまたま言葉と言葉で
一致したものをつなげているだけで、
みなさんが言うダジャレの
形式的な模倣に過ぎない。
これが笑えないのは、状況が何もないからです。
本当は会話の文脈があって、
そこでダジャレが出ると
もっと面白いんでしょうけど。
人間って、三題噺みたいに
言葉の意味の関連性から別の話に発展させたり、
言葉の裏を読んだりしながら会話しますよね。
コンピュータで私がほんとうにやりたいのも、
それなんですよ。
|
小田島 |
生の人間がもっている強みは、
言い方とかちょっとしたタイミングとか、
いろんなものがからむということもありますね。
女優の安奈淳が宝塚時代、
「アンナジュンて、どんなジュン?」と聞かれて、
即座に「変なジュン」と答えた。
このリズムがあるから笑える。
活字にしたら面白くなくてもね。
|
糸井 |
言ってる人のキャラクター、状況、環境とか、
全部の要素が重なってる。
|
小田島 |
東大で教えていたとき、
入学試験の立ち番を生物系の先生と
一緒にやったことがありまして。
退屈なんで、机の間をぐるぐる回りながら、
すれ違うときにちょっとしゃべったりしてたら、
なぜだかガンの話になってね。
ガンは、ガン細胞が正常な細胞を食うから
人は死ぬんだというようなことから、
「じゃあ、最初から全部、
ガン細胞でできてる人間はどうなんでしょう」
って僕が聞いたら、その生物の先生、
「そういうの、ガンマンっていうんでしょうね」。
笑いたいけど、
受験生が真面目に試験受けてるから笑えない。
これは苦しかった。
|
松澤 |
よけいおかしいんですね、そういうときって。
|
糸井 |
そうか、場所というのもありますね。
オナラに近い。
笑えない場所――試験場、病院、葬儀場とか。
葬式で
面白い名前の人がいたりした日にゃ…。(笑) |