第4回
永遠に不滅? |
松澤 |
さっき、「四十にしてマドモアゼル」のダジャレが
通じないという話が出ましたね。
私は機械に人間のもつ常識を覚えさせたくて、
「人間の常識とは何か」を研究しながら、
常識のデータみたいなものを
インプットしていたんです。
そのとき、私の感覚で入力していたら、
知ってる言葉が、
若い研究者とぜんぜん重ならない。
「いくらなんでも、これは知ってるだろう」
というような言葉を、
向こうは知らない言葉として挙げるんですよ。
あれにはちょっとびっくりしましてね。
ひとことで「常識」と言っても難しい。
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糸井 |
リカちゃん人形って、
ある世代の人ならたいてい馴染みがありますよね。
で、「リカちゃんのパパ」って言うとき、
ある種のダンディズムが戯画化されてることも
知ってるから、
「あのカッコのつけ方、
実際にいたら笑っちゃうよね」
というのがみんなの中にある。
ところが、知らない世代になると、
「リカちゃんのパパ」と言っても、真面目な顔で
「医者なのか、それとも弁護士?」となって、
笑いにつながらない。
そこには共通の認識がないから、
ユーモアも交流しない。
そういうふうに、
「常識」という形で定着する前に
消えるものはたくさんあって、
その中に埋もれてしまった笑いやユーモアも
相当あるんでしょうね。
その点、固有名詞は
表出しているから笑えるんです。
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松澤 |
その「常識」ですけど、
コンピュータに国語辞書を
常識データとして入力すると、
“生まれてから
国語辞書しか見てなかった人の常識”
みたいなものができあがって、堅い。
言葉の意味として知っている常識だけを
機械的に入れても、
片寄ったものになるんですね。
私は最初、常識って、
みんなのもっている共通認識だろうと考えて
研究に入ったんですけど、
実は常識はどんどん変わっていくし、
人によってその中身も違う。
それで、変化したり、幅をもってたりとか、
そんな常識の性質みたいなものをいかした仕かけを
つくりたいなと思ってるんです。
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小田島 |
常識というのは、
英語の「コモンセンス」ですよね。
哲学者の中村雄二郎は、
コモンセンスを日本語で言うとき、
「常識」という言葉をやめて、
「共通感覚」と直訳した。
あれは一つ、常識を破ったと思った。
日本語で常識と書くと知識の「識」だけど、
本来、もっと感覚的なものだというんでね。
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松澤 |
センス――ですもんね。
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糸井 |
その中村雄二郎先生は今、
「内臓感覚」ということも言い出してますね。
つまり、大脳じゃないところでの感覚。
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松澤 |
人工知能の分野で今ブームになっているのも、
身体性なんです。
脳じゃなくて、脳以外の身体の部分が
もっと重要なんだということですね。
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糸井 |
ダジャレの何が面白いか、なんていうのも
内臓感覚的なものが必ず含まれているはずですよ。
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小田島 |
シェイクスピアの戯曲は、ある人の計算によれば、
一作品に平均72もダジャレがあるというんだね。
ワードプレイといって、
掛け言葉や韻を踏んだりといった
言葉遊びになると、計算できないくらい出てくる。
で、僕はシェイクスピアの戯曲を翻訳したとき、
そのダジャレの少なくとも
97.8パーセントまでは、
英語の意味そのままで
日本語のダジャレに訳した自信はあるんだけどね。
でも芝居なんかで、
内容をそのまま日本語に訳したんでは
心が震えない、内臓にこないと思ったときは、
内容より言葉遊びのほうが大事だと、
あえて誤訳してでもダジャレをいかしたんです。
それで、アカデミックな人たちからは
ずいぶん叩かれた。
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糸井 |
カッコいいですねぇ。
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小田島 |
ダジャレとは違うけど、
「マクベス」と「デス」と
韻を踏んだところがあった。
そこは言葉遊びの笑いだけじゃなくて、
マクベスと死のイメージが
オーバーラップするから面白いの。
それを何とか日本語でいかせないものかと
困ってたら、知り合いの教授が、
「マクベシってどうかね」って言ったんだよ。
だけど僕は採用しなかった。
「その案からは尻尾をまくべし」。
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松澤 |
調子、出てますね。(笑)
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糸井 |
ダジャレは今後も不滅ですか?
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小田島 |
歴史的にみても、もともと日本人は昔から知識人、
庶民の区別なしにダジャレ好きだったんです。
万葉の時代の「古今」「新古今」なんか見ると、
もうダジャレの世界。
だからこれからも、
“正しい日本語”というレベルじゃなく、
“楽しい日本語”として、
ダジャレは生き続けますよ。
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糸井 |
松澤さんの「ことば工学」での最終目標は?
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松澤 |
コミュニケーションですね。
コンピューターがある社会、
そこでのコミュニケーションのあり方を探る
というか。
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小田島 |
今は若いやつ、
コミュニケーションが薄くなってるからね。
こっちが何か言っても、小耳にはさむだけだから、
「小耳ケーション」。
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糸井 |
何か言うんじゃないかと
予感はしてましたけど……、そうきたか。
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小田島 |
「コーロンでも、タダでは起きない」。(笑) |