第1回
モノマネの極意
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糸井 |
今は、顔を見て相手を判断するように、
視覚からの情報を重視することが
多い時代という気がするんです。
コンピュータの画面を見るだけでも、
いろいろな情報が入ってきますしね。
だけど実際には、あの人はどういう人だろう、
ウソをついてる、とかの判断に、
声――聴覚も大事な要素ですよね。
お二人は、その“声”を仕事になさってる。
巻上さんは歌う人、
鈴木さんは声の分析・鑑定をする人だし。 |
巻上 |
はい。 |
糸井 |
そもそもお二人は、いつ頃から
声に興味をもつようになったんですか? |
鈴木 |
小学校に上がる前ですね。 |
糸井 |
えっ、そんなに早い時期から。 |
鈴木 |
蓄音機をまず不思議に思ったんです。
どういうわけで
この中から声が出るんだろうかと。
次はラジオから声が電波に乗ってくるのが
また不思議で、
ラジオを自分で分解したり、つくったり。
そのあたりが声との出会いでした。 |
糸井 |
巻上くんは? |
巻上 |
ぼくは、「声過敏症」なんです。 |
糸井 |
声過敏症――? |
巻上 |
自分の声が気になってしょうがない。
小学校6年生のときだったかな。
はじめてテープレコーダーに録音した
自分の声を聞いて、
実際の声とあまりに違うんで
びっくりしたんです。
機械の精度がよくなかったというのも
あるんだろうけど、
自分の頭骸骨を伝わって聞こえてくる声との
ギャップに、すごいショックを受けて……。 |
糸井 |
それで声過敏症に。 |
巻上 |
そう。
「自分の声はおかしい」と
感じてしまったものだから、
うまくしゃべれないし、
歌も下手だと思い込んでね。
でもまあ、子どもだから
その声を面白がるとこもあって。
当時はアメリカから
いっぱいドラマが入ってきてたでしょう。
で、声優が変な声でアテレコしてるのを、
よくマネしてました。
中学のときは近藤正臣とか、
モノマネ中心に生きてたんですよ。
まさかその後、
歌の仕事につくとは思ってなかった。 |
糸井 |
モノマネにいくと思ってた。(笑) |
巻上 |
今でも、モノマネしながら
テレビ見てたりしますけどね。 |
糸井 |
声を似せるという過程の中で、何か会得した? |
巻上 |
基本は、顔をマネするということ。
構造をマネすれば声は似るという……。 |
鈴木 |
似ますね。
口の中の形が同じだったら、同じ声が出ます。 |
糸井 |
やっぱり! |
鈴木 |
人が声を出すとき、
まず肺から空気を送って声帯を振動させますが、
このとき出る音は
「ビー」というブザーの音に近いんです。
高くなったり低くなったりはするけど、
私たちが普段耳にする声にはならない。
口腔内を通ってはじめて音韻を構成する
“声”になります。
そして口や喉の構造、舌や歯の形、大きさ、
その使い方で声は変わってくる。
それで同じような顔の人は、
同じ声になりやすい。
ですから顔をマネるのは正解です。 |
糸井 |
ツールが変われば、出る音も変わってくるんだ。 |
鈴木 |
口の使い方で、
感情の伝わり方も変わってきますしね。
たとえばせっかちな人だと、
短時間のうちに
たくさんの情報量を伝えようとするとするから、
早口になりますね。 |
糸井 |
早さ優先だもんね。 |
鈴木 |
そのため口を大きく開かない。
ちなみに人間の声は、
低いほうだと70ヘルツくらいから、
高いほうだと8000・9000ヘルツまで、
さまざまな周波数の音が
混じり合ってできています。
日常、耳で聞くときは、
その中の最も強い周波数帯の音が
聞こえてるだけなんですね。 |
糸井 |
あ、そうなんだ。 |
鈴木 |
で、早口で口を大きく開かない人の場合、
「ア・イ・ウ・エ・オ」と発声したとき、
それぞれの語の基本周波数の落差が少ない。
一方、感情豊かにしゃべる人は、
基本周波数の落差が激しいです。 |
糸井 |
つまり幅が広いってことですね。 |
鈴木 |
そういうことです。
それから感情が高まると
声の周波数も上がってきますが、
普段、100ヘルツを基本として
声を出している人が、
100ヘルツの周波数のまま歌っている場合と、
キーを1オクターブ上げて
200ヘルツで歌っている場合では
感情の訴え方が違ってきます。
キーを上げたほうが、感情を激しく表現できる。 |
糸井 |
流行りの“小室系”は、
そこを狙っているのかな。 |
鈴木 |
最近のカラオケはキーが高くなってるでしょ。
それは感情の表現を豊かにすることを
狙っているんだと思います。 |
糸井 |
じゃあ、フランク永井なんかは
不利だったわけですね。 |
鈴木 |
いや、フランク永井はキーが高いんですよ。 |
糸井 |
えっ、「低音の魅力」はウソだった? |
鈴木 |
いや、低音の魅力なんです。
ただ、同じ低音でも、
ナット・キング・コールの低音と
フランク永井の低音はまったく違います。
フランク永井の場合、
声帯の振動音は非常に高いんです。 |
糸井 |
……ん? |
鈴木 |
ところが、彼はアゴの骨格、
エラが張ってますね。
したがって普通の人よりも口腔がうんと大きい。
大きいと低音に共鳴して、
さまざまに混じり合った音の成分の中でも、
低音の成分が強く口の外に出てくるわけです。 |
糸井 |
ああ、南伸坊だ……。 |
巻上 |
共鳴してるんですよね、声のボトムのほうが。 |
糸井 |
強調される。 |
鈴木 |
ところがナット・キング・コールは
声帯そのものが大きい。
それで、かなり低い音まで出るんです。
大きい太鼓と小さい太鼓を
くらべてみてください。
大きい太鼓のほうが低音が出ますよね。
ただ、人間の耳の感度は、
低音に対しては非常に悪いんですよ。 |
糸井 |
聞こえにくいわけですか。 |
鈴木 |
50ヘルツと2500ヘルツでは、
約300倍くらい耳の感度が落ちます。
低音でしゃべる人は
それだけエネルギーを多く入れませんと、
相手に伝わりにくいです。 |
糸井 |
じゃあ「声を低く」って言い方は、
ボリュームを下げることじゃなくて、
ほんとに低くすれば
聞きにくくなるということなんですね。 |
鈴木 |
まあ、人間が普通にしゃべるときの声は、
声帯の振動が低いところにあっても、
上の高調波も出ていますから、
それほど極端に「聞こえない」とは
感じないですけどね。
でも、感情を伝える必要のある歌手などは、
また別ですから。 |
糸井 |
巻上くんの声はどうなのかな? |
巻上 |
僕は比較的高いと思うんですが。 |
鈴木 |
身長どのくらいですか? |
巻上 |
168センチです。 |
糸井 |
そういうとこから入るの、
なんか科学的だな。(笑) |
鈴木 |
というのは、
「ファントの法則」というのがあって、
身長と声の基本周波数の高さとは
反比例するんです。 |
糸井 |
(低く野太い声で)
ジャイアント馬場ですね。(笑) |
鈴木 |
ですから一般的に、声が高い人は、
身長が低い場合が多いです。 |
巻上 |
僕なんか、すごく低い声に憧れますが、
なかなか出ないんです。 |
鈴木 |
あるアナウンサーの方ですが、
頭の上からカーッと出すような声なんですね。
ある番組でご一緒したとき、
「ニュースを読むのに僕の声は適してない」
とおっしゃってました。 |
糸井 |
うるさい感じになるんですね。 |
鈴木 |
スポーツ中継にはいいんです、
感情がそのまま入って。
だけどニュースのときは低い声を出したい。 |
糸井 |
そういえば、古舘伊知郎は
スポーツ中継ではガンガン飛ばすけど、
司会のときはわざともっともらしく
抑えてしゃべりますよね。
「それはさておき……」とか。
あれ、使い分けてるんだ。 |
鈴木 |
だと思います。
さっきのアナウンサーの方は、
練習して両方使えるようになりました。 |
糸井 |
訓練できるわけですね。 |
鈴木 |
ええ。
声優の若山弦蔵さんは
昔から、いい声の見本みたいな方ですけど、
もともとはああいう声じゃないんです。
非常に高い。
それがイヤで、
低い声をつくって普段も出し続け、
いつのまにか
それを地声にしてしまったという人です。 |
糸井 |
そうか、声は顔以上に変えられるのかな。
顔は整形手術しないとダメだけど。 |
巻上 |
僕、若山弦蔵の「ハクション大魔王」を
よくマネしてましたよ。 |