第2回
除夜の鐘はなぜ快い?
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鈴木 |
(持参のコンピュータの画面を見ながら)
今、お二人が話す声を測ってましたら、
巻上さんの声帯の振動数が1秒間に160回。
ちょっと感情が上がると260までいきます。
で、うんと下がったときが90。
90から260ですから、幅が170ヘルツ。
うーん、非常に豊かな表現力です。 |
巻上 |
そうですか。フフ……。 |
鈴木 |
糸井さんの場合は、
巻上さんより振動数の幅が狭いですね。
80くらい。 |
糸井 |
はあ、それはむべなるかな。 |
鈴木 |
巻上さんの場合、ちょっと特殊みたいですね。
そのくらい表現力がある。 |
糸井 |
普通の人だとどのくらいですか。 |
鈴木 |
せいぜい上下の幅が50ヘルツ。
ですから糸井さんの表現力よりも
はるかに下です。
その点、声を職業にしている人は、
やっぱり幅があります。 |
糸井 |
起きてから時間が経ってないということも、
影響あるんですかね。 |
鈴木 |
それは大きく影響します。 |
糸井 |
実はさっき起きたばかりなもので……。
だんだん目を覚ましていきますから、
あとでまた測ってください(笑)。
でもいま、巻上くんは
淡々と話しているようだったのに、
実は表現力があるっていうのはすごいね。 |
鈴木 |
この声は、犯罪を犯して声紋とられたら、
一発でわかる。 |
巻上 |
それ、ヤバいなぁ。(笑) |
糸井 |
僕はね、あるとき中森明菜のCD聞いてて、
「この声、ものすごい好きだなあ」
と思ったんですよ。 |
鈴木 |
どういうところに魅力を? |
糸井 |
なんか小ぶりの力の人が、
頑張ってぎりぎりのところまで
力を出してるっていう……。
そういうのに色気を感じるのかもしれない。
オペラ歌手なんかだと、
中森明菜よりもずっと声は出てるけど、
感じないんだなあ。 |
巻上 |
それは芸術の表現としてのあり方に
かかわってきますね。
僕はスキのあるものが好きっていうか、
ちょっと壊れている感じ、
完成されてないものが好きなんです。
何かものを伝えるとき、はっきり強い表現で
「こうです」というより、
「ちょっと自分には疑問もあるんだけど」
って感じが少しあったほうがいいし、
そこに人の入り込める余地がある。
あまりに歌のうまい歌手って嫌われるでしょ。 |
糸井 |
嫌われる、嫌われる。(笑) |
巻上 |
「この人、冷たいねえ」とか。 |
糸井 |
デビューしたときは下手で、
だんだん上手になるほうが好かれるね。 |
巻上 |
最初からうまいと、
「細川たかし、下手になった」
「八代亜紀、声が出ないね、最近」
なんて言われて。 |
糸井 |
うんうんうん(笑)。
具体的にこの声が好きだっていうのはある? |
巻上 |
僕は今、ホーメイ一本やり。 |
糸井 |
そのホーメイをちょっと説明してくれますか。 |
巻上 |
モンゴルではホーミーと言うけど、
アルタイ山脈周辺の地域を中心に存在する
歌唱法で、
一人で同時に複数の音を出すんです。
最近日本では、喉歌という言い方をします。
倍音を共鳴させるんですけどね。
はじめてCDで聞いたときは、
「後ろで別の誰かが口笛吹いてるんだろ」
って思いましたけど……。
それで音を細かく震わせたり、唸ったり、
だみ声的だったり。
ホーメイやると声帯にも快楽があるし、
聞いてても面白いんです。 |
鈴木 |
巻上さん自身は、澄んでるいい声ですよね。 |
巻上 |
ロックに向いてない声。
よすぎちゃうから。(笑) |
糸井 |
で、わざとだみ声のホーメイをやってるわけね。 |
巻上 |
僕がやってるのは、
ロシアのトゥバ共和国というところの
民謡の歌唱方法なんです。
いくつか歌唱方法があって、
だみ声を使って
1オクターブ低い声を出す方法と、
それから高次倍音といって、
もっと高いほうのハーモニックスを出す
唱法があるんです。
で、出すだけじゃなく、
それをコントロールする。 |
鈴木 |
(マイクを近づけて)
ちょっと声、いただけます? |
巻上 |
トゥバの民謡をやってみます。
「♪ウージェンドルゲンアラシュグミ〜
ゥ〜ィ〜ゥィ〜〜ゥィ〜ゥィ〜」 |
糸井 |
気持ちいいねぇ。 |
巻上 |
これ、「スィグット」という歌い方です。 |
糸井 |
先生、嬉しそうですよ。 |
鈴木 |
そりゃ嬉しいですよ。
だって、
こんないい実験材料ないですもん。(笑) |
巻上 |
次は基本の「ホーメイ」。
さっきのより、もうちょっと
上の倍音がやわらかいやつです。
「♪フンーミュンーェ〜ェムェ〜〜
ゥム〜〜ェ〜〜」
もう一つ、「カルグラ」という唱法。
「♪ンダオーンォ〜〜ンォ〜〜
ワ〜〜エ〜〜ウェゥゥ」
今は上の声と下の声と両方一緒に出してる。
このバリエーションで舌使って
「ゥェゥェゥェ……」とか、
唇だけ動かしたりとか、
いろいろあるんですけど。 |
糸井 |
普通の唱法と何がいちばん違うんですか。 |
巻上 |
喉の奥のほうを使ってるんですよ。
それを、口の中全体に共鳴させるっていうか。 |
糸井 |
気持ちいいの? |
巻上 |
喉は気持ちいいです。
ずーっとやってられる。
疲れないし、呼吸法のレッスンにもなります。 |
鈴木 |
面白いなあ。
私、ホーメイって、
九官鳥と同じかと思ってたんです。
九官鳥は人間の言葉をマネするけど、
声帯はもってないでしょ。
彼らがもっているのは「鳴官」といって、
その鳴官を呼吸によって
太くしたり細くしたりして声を出す。
ホーメイも九官鳥と同じように息で鳴らして
─要するに笛みたいなものですね。
その音を出しながら同時に、
声帯を使って声を出してるのかと思ったんです。 |
巻上 |
あ、違うんです。 |
鈴木 |
そうなんですね。
(コンピュータの画面を見ながら)
同時に出ている低い声と高い声、
どちらも振動帯はひとつ、声帯を使ってる。 |
巻上 |
ええ。
だみ声の中にいろんな成分が入っているから、
どこの倍音を響かせるか、
ただ抽出しているだけです。 |
鈴木 |
口の中の構造を非常に巧みに操ってますね。
そして共振点をつくってる。 |
糸井 |
それは口の形とか? |
巻上 |
そう口の中の大きさを
しっかりその音程でコントロールする。
あと、高い声を出すときは
舌を歯の裏側にしっかりつけるとか、
そういうこともします。 |
鈴木 |
はぁー、これがホーメイの秘密でしたか。
今日は来てよかった。 |
糸井 |
これだけでもよかった。(笑) |
鈴木 |
「1/fのゆらぎ」ってありますでしょう。
風にそよぐ木の葉の音とか、波の音とか、
われわれが
「これはやすらぐ音だ」というものを調べたら、
周波数に1/fという法則があったという……。
今、巻上さんのホーメイを聞いてて
声紋のグラフを見てたんです。
そしたら出てますねぇ、ゆらぎが。 |
糸井 |
その1/fのゆらぎってよく言いますけど、
どういうものなんですか。 |
鈴木 |
1/fのゆらぎにも2種類ありまして、
一つは振幅ゆらぎといって、
除夜の鐘なんかそうです。
鐘を突くとボ〜ンと鳴って、
ワ〜ンワ〜ンとゆらぎますね。
このとき、周波数の高いところでは
ウワンウワンとゆらぎが非常に速くて、
周波数の低いところでは
ウワ〜ンウワ〜ンとゆっくりゆらいでいる。
そのウワ〜ンウワ〜ンとウワンウワンと、
うまく調和がとれてるのが振幅ゆらぎです。 |
糸井 |
はーあ、なるほど。 |
鈴木 |
もう一つ、周波数ゆらぎというのがあって、
100ヘルツの音が聞こえるけど、
実際は100ヘルツの音は出していない状態。
あるときは130ヘルツ、
あるときは70というふうに、
中心周波数は100なんですけど、
70から130の間をゆらいでいる。 |
糸井 |
それが一定の音に感じられるんですね。 |
鈴木 |
ヴァイオリンで細かく弦を弾くビブラート、
ああいう感覚だと思ってください。
巻上さんの歌声は、
この1/fの周波数ゆらぎです。
歌手ですと、私が見た中では
美空ひばりさんがそう。
ハンで押したようにきれいなゆらぎが出てる。 |
糸井 |
巻上くん、美空ひばりを目指そう! |
巻上 |
えっ。(笑) |
鈴木 |
最近では、シャ乱Qのつんくさん。
『シングルベッド』あたりから、
ゆらぎが出てきましたね。 |