第3回
老いの景色はグラデーション |
上坂 |
「頑張る」という言葉を聞くと、
どうお思いになります? |
水野 |
この頃は、頑張るのがいかんのやと、
よう言われるね。 |
上坂 |
私は、若い頃はがむしゃらに頑張ったんです。
この世の正義と使命感を背負いこんだみたいに。
ところがこの頃は、
「頑張ってどうする」と思うの。
これが老化、
トシをとるということじゃないかしらね。
頑張らないで平然と流されていくなんて、
若い頃にはできない芸当だった。 |
糸井 |
植物が静かに朽ちていくというイメージに
近いですかね。 |
上坂 |
もうちょっと、
いたわりのある表現はないの?(笑) |
水野 |
僕は、生まれたものは
死んでいくのが当たり前だという意識を、
みんな、もうちょっともつべきだと思うんだ。
そして、高校の保健体育の教科書の中にも
そういうことを入れる。 |
糸井 |
「老い」と「死」を。 |
水野 |
そう。 |
上坂 |
あら、そうかしら。
死はいいとしても、
老いなんて項目は余計なことよ。
そんなの、
そのときになって考えりゃいいことで。 |
水野 |
いや僕は、観念として知っておくことは
やっぱり必要だと思う。 |
上坂 |
そんな無駄なこと……。
いえ、私も40代の頃、
自分の老いを考えて
老後の計画を立ててたんですよ。
ところが、
その頃考えた老後に対するイメージと、
実際に老いに立ち至った今の状況とは
全然違うのね。
そんなふうに違うものを
高校生に教えたってしょうがないでしょうが。 |
糸井 |
でもそうすると、
今は老いを考えるきっかけが
ないんじゃないですかね。 |
上坂 |
ほんとうの老いなんて、
字で書いても観念で説明しても、
伝わらないものだと思いますよ。
いずれみんなが個人個人の胸の中で、
「こういうものなんだ」と
自然に実感していくのが老いなんでね。 |
糸井 |
上坂さんが40代の頃、
老いに備えていたことというのは? |
上坂 |
たとえば外国旅行に行ったりすると、
その土地の記念になるものを
買い集めたんですよ。
もし寝たきりになったら眺めて楽しもう、
過ぎた日々を思い出すよすがになるだろうって。
ところが今見ると、
「これ、どこで買ったかしら」と
さっぱり思い出せない。
そういうふうに、若いときって
全然ピントはずれのことを用意しちゃうの。
お金もいくらあればいいだろうと
考えたりしたけど、
トシをとるとお金に対する執着心は
全然なくなるし。
結局、楽しいことは何かと考えると、
一つか二つしかなくて、
それはお金でも何でもないんですよ。 |
糸井 |
ちなみに楽しいことは何ですか。 |
上坂 |
ちなまれても困るけど……。(笑) |
水野 |
原稿を書くこととか。 |
上坂 |
そうですねぇ。
職業的に言えば、さっきも話しましたけど、
正当な反論がこっちにあった場合、
挑戦を受けたときの快感というのは
何ともいえないわね。 |
糸井 |
武士みたいだ。(笑) |
上坂 |
あとは……
まさしくばあさんの趣味みたいですけど、
物事の核心をついて、
見事な会話のできる人と
時を過ごしたいとか……。 |
糸井 |
“言葉”にかかわってますね。 |
上坂 |
おいしいものを食べるとか温泉へ行くなんて、
それがどうした、というようなもんで
全然興味なし。 |
水野 |
ハハハ。 |
上坂 |
ちょっと前までは、
この先、私にできることは何かと考えて、
毎朝5時に起きて箒を持って
駅前を掃除しに行こうかと思ったことも
あったんです。
お掃除好きですから。
ところが、今はそんなこと全然……。
起きるとグターッとしてるし、
世のため人のためになんて、ヤダ、ヤダ。
自分がいちばん大事です。(笑) |
水野 |
老後の過ごし方と言えば、
僕は親父が
上野の音楽学校の声楽科を出た影響で、
小さいときから
ビクターの赤盤−−クラシックのレコードで
育ってまして。
自分でもレコードは買っててね。 |
糸井 |
さっき趣味はないと……。 |
水野 |
まあちょっとあることはある。
ぼつぼつ死ぬぞという時期になったら、
午前中は書いてみたいことを原稿に書き、
午後はレコードを聴く。
そんな生活を
1年くらいやれればええなぁと思ってます。 |
糸井 |
トシをとると、
いろんなことに対し達観すると言いますが。 |
上坂 |
大きな運命に無抵抗で
流されていくみたいな気持ちになるのね、
“頑張るマン”だった私でも。
この世には人知で かなわないものがある、
ならば逆らわず、
「こんなものか」と受け止めようと
思うようになってます。
これが、老いじゃないかしら。
若い頃は簡単に
「地位も名誉もいらない」と言うけど、
この思いがほんとうに胸の奥からわいてくるのが
老いなのね。 |
水野 |
腹も立たなくなるね。
若い頃なら烈火のごとく怒ったことでも、
今は「まあ、そういうやつもおるかな」と。 |
糸井 |
それは自信と関係ありますか。 |
水野 |
いや、自信じゃない。 |
上坂 |
荒っぽい言い方をすれば、
「それがどうした。
そんなことはどうでもいい。
どうせどいつもこいつも死んでいくんだ」と。
老いてからの人生は
「あとはオマケだ」みたいなところがあってね。
私、“抗老期”を過ぎて、
今は老いの中期くらいなんですよ。
で、だらだらと
オマケを続けたくないとは思っているけど、
もっと老いてくると、
また感じ方が変わってくるのかもしれない。 |
糸井 |
そうか、老いも変わっていくんだ。 |
上坂 |
そこが非常に面白いところです。 |
糸井 |
まるで秋の紅葉みたいですね。 |
上坂 |
老いにすっぽり肩までつかってくるのが、
これから先でしょう。 |
糸井 |
ぬるいお湯にゆっくりと。 |
水野 |
最後はどっぷり“老いの温泉”。(笑) |
(つづきます)