第4回
ヤキモチ心は枯れず |
上坂 |
先生は、今でも義理はよくなさってます?
浮世の義理。 |
水野 |
葬式なんかは、トシとってから
だんだん行くことが減りましたね。 |
上坂 |
やっぱり。
このトシになると葬式はキリがないし、
いくら親しくした人でも、
本人が死んじゃったら
行ってもしょうがないものね。
それと私、若い頃はうんと筆まめで、
モノをいただいたら、
その日のうちに
お礼状を出してたくらいだったのに、
この頃、手紙類を書かなくなりました。
体力的なものもあるけど、
やらなきゃいけないことの優先順位を……。 |
糸井 |
変えていったんでしょうね。 |
上坂 |
ええ。
そのくせ、私と同い年で
今も筆まめな人がいて、
私が著書を送るたび、
欠かさずにそれなりの礼状をくれたりすると、
なんか悔しいの。
ゲームで負けたみたいに。
「あっちはまだ義理を果たす
エネルギーがあるのか」
と、そんなことで老いを比較したりしてね。 |
糸井 |
逆に、向こうのほうが老いているなと思うと、
ちょっと嬉しいんですか。 |
上坂 |
嬉しい(笑)。
ヤキモチの心は老いても残るんでしょうかね。 |
糸井 |
負けじ魂と言うか。 |
上坂 |
そうかと思えば、
長く生きたくないなんてねぇ。 |
糸井 |
矛盾に満ちてますね。
紅葉の中に
緑の葉っぱが混じっているみたいな。 |
上坂 |
さっきから
達観したみたいなこと言ってるけど、
そうは簡単にいかないのもまた、老いでねぇ。
ただ、もう一回若返りたいとは思わない。
若いというのはわずらわしいですよ。
20代はまっぴら、40代もイヤ。 |
水野 |
うん、僕も若い頃に戻りたくはないですね。 |
上坂 |
古希というのも悪くなくて、
あきらめがつくトシなんです。
「もう、ここまできたんだからいいや」と。 |
水野 |
そうなんです。
老いでいちばん重要なのは、
「あきらめる」ということでね。
大岡昇平に聞いた話では、
「あきらめる」の語源は
「明らかに見る」だと。
「よく見たらそうだ」ということね。 |
糸井 |
クールになるってことですかね。 |
上坂 |
私は昔はよく「カッ」となってたけど、
そのカッとなり方も違ってきました。
今なら、グワッとなる。 |
水野 |
グワッとなるのは、
まだ若いんじゃないですか。(笑) |
糸井 |
もっと年上の方に言わせると、
「まだまだあなたは水気が多い」
となるのかもしれません。 |
上坂 |
まあ、このあとどんな老いがくるか、
自分でも未知の楽しみではあります。 |
水野 |
だけど、痴呆やアルツハイマーで
自分がなくなったりするのはイヤだなぁ。 |
糸井 |
それ、予防なんてできるんですか。 |
水野 |
いや、難しい。
ただ、好奇心−−
いろんなものに興味をもつことが
いいんだと言う先生はいるね。 |
糸井 |
さっき言った僕の母親も、
カルテに「好奇心が強い」と
書かれたそうです。 |
水野 |
でも、これも性格によりますね。 |
上坂 |
その好奇心も感度が鈍ってくるんですよ。
私の仕事だと、
「これはおかしい!」とピンと響いたものが
書くきっかけになったりする。
ところが、トシをとると
レーダーがピッと反応しない。
そのかわり、講演会の途中で
何を話そうとしたのか、
わけわかんなくなるときがあっても、
ごまかし方が身につくの。
一息入れて会場を笑わせたり。
ほかの能力がついてくるのね。 |
糸井 |
僕くらいの世代の者が、
老いについて考えなきゃいけないことって、
何かありますか。 |
上坂 |
ありません。
働き盛りに考えた老いなんて、
何の役にも立ちませんから。 |
糸井 |
わかりました。 |
上坂 |
「わかりました」って、
まあ可愛いわねぇ(笑)。
ヒマがあるなら、
身内のおばあちゃんの老いをじっと見るとか、
そのくらいですよ。
しょせん老いへの対処なんて、
学習したり、
プログラムしてできることじゃないですから。 |
水野 |
おっしゃることはもっともだと思うし、
75歳になれば死んでもいいというのも
一つの考え方かもしれんけど、
それ以降も生きるとなると、
健康というのが大事でしょう。
いくら平均寿命が長いといっても、
「健康寿命」が延びたのでなければ意味がない。
僕は、そこにもうちょっと
サイエンスがあっていいと思う。
成人病を先に延ばすことが、
健康であるための一つの方法で、
健診なんか、
そういうことで意味があるわけです。 |
上坂 |
ああ、なるほど。
それで若いうちからと……。 |
水野 |
よく40、50、60と
ゼロのついた年齢での節目健診が
大事と言われます。
だけど、ますます高齢化する中で
健康寿命を延ばすには、
それこそ高校くらいから
サイエンスとして
老いへの知識をもたないといかん時代が来ると、
僕は思うね。 |
糸井 |
長寿地域と言われる沖縄なんか、
お年寄りがほんとに元気なんだけど、
何かサイエンスがあるんでしょうね。 |
水野 |
沖縄で調べたデータによると、
長寿で圧倒的に多いのは姉妹の組み合わせ。
“きんさん・ぎんさん"ですよ。
食べるもの、環境にしても、
同じような生活をしてるというのも
あるだろうし、
DNAもかなり関係あるでしょう。 |
糸井 |
うん、遺伝はあるでしょうね。 |
水野 |
姉妹であって
兄弟の組み合わせじゃないのが面白い。
男と女は違う。
やっぱり女のほうが、
たくましくて長生きです。 |
上坂 |
今の話で思い出しました。
さっき、ヤキモチが消えないと言ったけど、
もう一つ、「私怨」も消えないんですね。
これも女の特徴かしら。
それが一種の支えになってる。 |
糸井 |
私怨、たくさんあります? |
上坂 |
ありますね。
これがなくなったら
抜け殻の老いになってしまうわね。(笑) |
糸井 |
すごいですね。元気のもと。 |
上坂 |
私はね、きょうだいが10人いて、
みな元気なんです。 |
糸井 |
やっぱりDNAだ。 |
上坂 |
だから心配なの。
私もやたら健康で、
今もうどん一杯で風邪が治るんです。 |
糸井 |
私怨エネルギー。 |
上坂 |
私怨エネルギーに支えられ、
体は丈夫ときてると、下手すりゃ90まで。 |
水野 |
それも悪くないですよ。
だいたい人間の寿命は、
脳の発達期間の5倍だというんですよ。
脳の発達が20年から25年。
仮に20年としても、5倍だと100年です。
90代まで生きるのも、
あながち意味がないとは言えない。
それに頑張って90歳まで生きて
何がええかというと、
死ぬときに苦しまないことです。
この年代で苦しみぬいて死んだという人は
非常に少ない。
ガンでも痛みはあまり起きないし。
巨木が倒れるようにスーッといく。
寿命を全うしたということやないかと思います。 |
上坂 |
でもね、変なこと言うようですが、
私、安楽死に興味がある一方で、
死ぬときは苦しみたいという気持ちもある。 |
糸井 |
それを味わいたいわけですね。 |
上坂 |
味わいたいの。
最後まで何かと闘って死にたいの。 |
水野 |
しかし、それはもう原稿には書けないよ、
死ぬときの苦しみは。 |
上坂 |
それが残念なんです。
書きたいですけどね、『私が死んだとき』。 |
糸井 |
最後の残念はそれだ。(笑)
(ここで3人一緒の写真撮影となる) |
水野 |
まあ、生きてる間に
写真も撮ってもらいましょう。 |
糸井 |
こういう冗談が言えるんだよな、
トシとると。(笑) |
上坂 |
しかも、できるだけきれいに撮って!
なんて。 |
(終わり)