第2回
福助さんの人生を決めた一幕 |
糸井 |
じゃ、どういうものに色っぽさを感じるか、
どんどん例を挙げてみましょうか。 |
松本 |
最近、どうしようもなく
揺さぶられたというのは……
私、パソコン、自分でつくってるんですね。 |
糸井 |
エッ? |
松本 |
それで部品が一個壊れたので、
秋葉原の工房に持って行ったんです。
部品を交換するのに蓋をはずしますね。
そうすると、
いつもは隠れてるパソコンの内部が
見えるでしょう。
電源入れたら、ファンが回って
みんなジーッと動いてるんですよ。
電気信号がたくさん行き来してて。
それがもう、体が溶けそうなくらい
色っぽくて色っぽくて。 |
糸井 |
はぁ……。 |
松本 |
これは全部、
自分でつないだコードだなと思うと、
生き物のように感じて、
ちょっとシビれました。
「なんてきれいなんだろ」って。
車でもバイクでも、メカマニアの方って
きっとこういう陶酔感があるんだろうなって、
初めてわかりました。 |
糸井 |
色気って、ある種の湿り気とともに
語られるけど、
乾きものにシビれたっていうのは、
またいいジャンルですね。 |
松本 |
乾きもの(笑)。
ハードウェアに。 |
糸井 |
福助さんは? |
中村 |
今年の3月31日、
(中村)歌右衛門の大おじが亡くなりましたが、
本当に色っぽい方でした。
うちの父(中村芝翫さん)も女形ですけど、
家に帰ればまったく男で、
怖い父親だったんですね。
だから、ぜんぜん色気みたいなものを
感じなかった。
僕は高校の時に
本格的に役者になろうと思って、
学校をやめたんですが、
学校にも未練があったし、
いろいろ葛藤があった。
その頃、初めて役者として
歌右衛門という人を見たんです。
それで、
「つくられた色気も
ここまできたら恐れ入ります」
になっちゃったわけですよ。
普段も女形のまんま、
「(柔らかな口調で)おまえさんね」
みたいな人なんです。
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松本 |
フフッ、素敵。 |
中村 |
あれこそ、
「やられちゃった」ってことでしょうね。
それで役者として生きていこうって、
僕の人生決められちゃったわけですから。
それまで歌舞伎、嫌いだったんだもん。
こんなこともありました。
歌右衛門の大おじが非常に大事にしていらした
『籠釣瓶花街酔醒』というお芝居があって、
自分の出世役である八ツ橋という役を
僕が初役で
つとめさせていただくことになったんです。
その時、
お稽古までずーっと見てくださってね。
花道のところでニコニコニコッて
笑うシーンがあるんですが
「ここで笑ってごらんよ」って、
実際にやってみせてくれるんですよ。
亡くなられて
もう怒られないから言っちゃうけど、
70過ぎのこんな顔の大きなおじさんですよ。
それが、さすが万人を魅了しただけあって、
ほんと、色っぽいんです。 |
松本 |
はーあ……。 |
中村 |
それで「ハアー」ってなってたら、
「おまえさんが笑うんだよ」って(笑)。
お稽古の最後の日に、
「私、いっさいやるから」って、
最初から最後まで、
八ツ橋を全部僕の前でやってくださって、
で、パタンと
「こう死にます。はい、終わり。
じゃあ、おまえさん頼んだからね。
あとはまかせたからね」
って。
あの時の、切ない色気って言うのかなあ。
われわれのはつくられた色気ではあるけど、
その人自体にやっぱり色気とか魅力がないと、
人には伝わらないですね。 |
松本 |
客席で拝見している時に感動するのも、
それですね。 |
糸井 |
僕、今ふっと思い出したんですけど、
ある出版社に行った時、
エレベーターで階を間違えて降りたら、
目の前にリトグラフが飾ってあったんです。
「あ、ここじゃなかった」と
すぐに上の階に行ったんですけど、
「あのリトグラフ、何だったんろう」と
すごく気になって。
それでまた降りて確かめたら、
それ、ピカソの、サッと描かれたような
スケッチだったんです。
福助さんが歌右衛門さんに
「やられちゃった」とおっしゃったけど、
僕もそのとき、やられちゃったと思いました。
ピカソという、公然と認められた価値に
僕がスーッと引き込まれてしまったのが
悔しい気持ちと、
「負けました」っていう気持ちと
両方あって……。
これ、色気の話には遠いかもしれないけど、
僕は色気として語りたいんだよね。 |
松本 |
いや、よくわかります。 |
糸井 |
もう一つ、ついでだから言いますと、
ホームページの読者からのメールに
こんなのがありました。
子どものお誕生会があって、
ケーキを前に
「何かひとこと」と
親がふざけてマイクを向ける真似をしたら、
その女の子が
「今までかわいがってくれてありがとう」
と。
僕、その情景が想像できたとたん、
涙腺がゆるんじゃって。
可愛さと言ってもいいし、
いたいけなと言ってもいいんだけど、
色気をテーマにした時、
その話も僕にはしっくりくるんですよ。
「期せずして生まれた詩」
みたいなものに弱いんですよねえ。 |
松本 |
思いがけないところで感情が揺さぶられて、
どうしようもなく惹かれてしまう時に
色気、色香って感じるんですね。 |
中村 |
糸井さんがピカソを
もう一回見てみようと思ったのは、
わずかな瞬間なのに
惹かれるものを感じたわけでしょう。
ということは、
見るご自分も色っぽかったんでしょう。
お互いに色がつかないと、
だめなんじゃないですか。 |
松本 |
審美眼というか、
色気を受容する能力がいりますよね。
だから、色気を感じとる
糸井さんの内的世界がきっと深いんですよ。
色気ってもともと実体のないもので、
もしかしたら自分が
「わあ、色香がある」と
思う心の中にしかないかもしれない。
だから素敵なんです。 |
糸井 |
思えば、その時、こちらの気持ちに
鑑賞する余裕がなければダメですね。 |
中村 |
ええ、人のしぐさとか、
瞬時に消えてしまう色気もありますから、
小説を読む時間もお芝居を観る時間もない、
そうなると、色気をキャッチするのも
難しくなるかもしれないですね。 |
(つづく)