第3回
今日から着物を着よう! |
糸井 |
このあいだ亡くなった古今亭志ん朝さんは
本当に色っぽい人でした。
お寿司屋さんで
隣り合わせになったことがあって、
「カッコいいなあ」と思ってたんですけど、
CDではしょっちゅう聴いてたのに、
高座は一度も聴いたことはなかったんですね。
で、何となく予感がしたのか、
志ん朝さんが出てる高座を調べて、
今年、茅ヶ崎まで聴きに行きました。
噺の隅々まで行き届いていて、
ダイナミックで、
ヤになっちゃうくらい輝いてるんですよ。
「こういう人がいてくれてありがとう」
みたいな。
あの人の色気というのは、もう表現できない。 |
中村 |
サゲを先にお話しになるじゃないですか。
でも、「教えてやってんだ」という
言い方じゃないでしょう。
高座もやさしかったですね。
長屋のおかみさんなどをやる時も、
ほんと、色っぽいんですよねえ。 |
糸井 |
やっぱりお感じになってましたか。 |
中村 |
ええ。
でも、どうしてもお父さんの
志ん生師匠と比較されてしまってね。 |
糸井 |
ああいうお父さんをもっている
志ん朝さんの立場は大変だと思う。
そのなかで自分の芸を
ちゃんとつくっていけるその美しさは、
たまんないですねえ。
だから亡くなって、ひどくショックだった。 |
松本 |
私は自分が
着物を好きなせいかもしれませんけど、
和服をお召しの男の方を拝見すると、
振り返って見てしまうくらい、
「あ、素敵だな」と思います。 |
糸井 |
ありがたいですねえ。(笑) |
松本 |
和服は体のラインの出方が
洋服とはぜんぜん違うんですよ。
肩とか背中の形とか、
やわらかいじゃないですか。
体の風情がそこはかとなく感じられて。
着物の空間の中で
体が自由に泳いでいる感じがすごく素敵。
そこに帯をキュッと
きれいに締めてあったりすると、また……。 |
中村 |
着物で来ればよかった(笑)。
僕も、舞台から客席を拝見してて、
男性ももちろんだけど、
若い方でもご年輩の方でも、
女性の着物姿を拝見すると、
すごく愛しく感じます。
それに着物だと、
頭もそれに合わせて
整えなくちゃいけないじゃないですか。
そんなちょっとした気の使い方も、
「いいな」と思いますね。 |
松本 |
着物は、前にボタンがないっていうのがいい。
だからと言って手を入れるとか、
そんなんじゃないですよ(笑)。
ただ、男の人は女の人より
前のあわせにゆとりをもたせてる。 |
中村 |
着物は肌が見えそうで見えない、
それも風情がある。 |
糸井 |
服の下の体の存在って、
どんな薄ものよりも着物のほうが感じますね。
布と肌が触れ合ってる感じで。 |
松本 |
私は海外ではたいがい着物を着るんですけど、
イタリアやスペインなどラテン系の方は、
民族衣装で珍しいからということではなく、
もっと深いところで
着物のよさをわかってくれますね。
「マダム、そのお召し物を
素敵だと言ってもよろしいでしょうか」
と、ちょっと回りくどいんですけどね。
私も女王さまみたいに
「言ってもよろしい」。(笑) |
糸井 |
おうちでも着物を? |
松本 |
昔そうしようと思いましたが、
家事がしにくいし肩が凝るんです。
でも、たまにうちで紬とか着てると、
夫が妙にやさしくて、
家事を手伝ってくれたり。 |
糸井 |
あ、それですよ、それ。 |
中村 |
肩だすきでハタキなんかかけてると、
妙に色っぽかったりしますね。 |
松本 |
頭に手拭いして。 |
中村 |
でも、女房の二重太鼓締める旦那は
そういないでしょうね。 |
松本 |
えっ、福助さん、なさるんですか!
うわぁー、それは色香がある、
すてきな風景ですね。 |
中村 |
そうそう、今日、歌舞伎座で
瀬戸内(寂聴)先生が
ご覧になってたんですけど、
尼さんの装いも色っぽいですね。 |
糸井 |
触れられないところが……。 |
松本 |
私、袈裟がどんな構造になっているのか
わからないところにドキッとするんです。
下はどうなってるんだろうと。 |
糸井 |
やっぱり“秘密”が鍵ですか。 |
松本 |
インド系の方がお召しになっているサリーも
神秘な感じがしますね。 |
糸井 |
実は僕、今、肉体改造をやっていましてね。
ジムに通ってトレーニングをしてる。 |
中村 |
どういうきっかけから? |
糸井 |
筋肉が増えると
代謝がよくなって疲れにくくなるし、
昼間眠くならないと言われて。
で、やり始めたら
明らかに丈夫になっていくし、楽しい。
僕はそんな理由からの肉体改造ですが、
肉体そのものから感じる色気については
どうですか? |
松本 |
私、女の人で痩せてる人は
ぜんぜん色っぽいと思わないんです。
それより棟方志功の版画に出てくるような、
ほっぺが赤くて、
きれいな丸い腕をした女の人が
とてもきれいだと思います。 |
糸井 |
わかります。
豊かさのシンボルみたいな。 |
中村 |
ぽっちゃりしたお母さんが
子どもを抱いてるのも
妙に色っぽかったりして。
僕は女性を演じても、体つきは男です。
それでいかに
やわらかなラインを出すかなんですが、
先ほど松本さんが
おっしゃってくださったけど、
着物のおかげという部分がすごくある。 |
糸井 |
ああ、そうなんだ。 |
中村 |
ジャズダンスと日本舞踊の
大きな違いを言いますと、
ジャズダンス、
それからクラシックバレエもそうだけど、
自分の肉体をいかに美しくみせるかという
ダンスなんですね。
一方、日本の古典舞踊は、
着物の中に
自分の体を包み隠さないといけない。
そして鬘の線から着物の線、
裾を引いていたら
裾の線も全部含めて見せるというのかな。
だから腕や足を伸ばす時も、
むき出しにはしません。 |
松本 |
腕を曲げても伸ばしても、
袖のゆとりの中で見えないんですね。 |
中村 |
それで私の場合、踊りの時の着物は、
裄をわざと長めにつくるんです。
着物の中に自分の形を隠して、
って言うのかな。 |
糸井 |
今聞いてて思った。
芸談っていうのは、色っぽいですねえ。 |
松本 |
男の方の鍛えた肉体も素敵ですけど、
私は中年の程よく脂がのってる体も好きです。
あごにもたるみがあって、
顔の下半分はぽっちゃり。
そこにキッと形のよい唇が
横に線を引いていたり。
中年男のいい男ぶりっていうのは
絶対にあって、
小説にも書いたことがあります。
肉づきのいいお腹なんか、
日本人でも外国人でも、
男の色気だなって思う。 |
糸井 |
でも、適度に
うっすらサシが入ってるお腹って、
けっこう運でしか
得られないものなんですよねぇ。 |
松本 |
一時の中年男性の旬でしょうか。 |
糸井 |
旬ですね。
その美意識における旬。 |
中村 |
心に余裕があるっていうのも、
大人の男の一つの色気ですね。 |
糸井 |
その一方で、
平手造酒や沖田総司が人気あるみたいに、
飢えたオオカミが
息も荒く舌をたらしてるような、
「過剰に足りない感じ」も人気がありますよ。
ロックやってる男の子たちのあの細さ、
フラフラしながら弾くのも、
明らかに狙いですね。
演奏が終わると、
しっかり歩いてますから。(笑) |
松本 |
十代の若い男の子の、
痩せて胸毛もなくスベスベの肌、
そんな体から飛び散る汗も
すごくきれいだと思います。
それぞれの年代に応じて色気があるんですね。 |
中村 |
眠狂四郎をやってらした
(市川)雷蔵のおじさまみたいに、
ガラス細工のような、
欠けちゃいそうな色気ってありません?
こういう方は
なぜか早く亡くなってしまうんですけど……。
五代目福助だったうちの祖父も、
「福助さまお痰」なんて言って
痰まで売られたくらい
一世を風靡した人でしたが、
32歳で亡くなってて、写真を見ると、
やっぱりガラス細工のよう。
翳りのある色気って言うんでしょうかね。 |
松本 |
時として少女が色っぽいのも、
散ってしまう桜のように
はかないものとして見てるから、
色っぽいんでしょうね。
お芝居が色っぽいのも、
舞台が生のものだからだと思うんですよ。 |
中村 |
父から聞いた話なのですが、
われわれが劇聖みたいにお話ししてる
六代目菊五郎と横山大観先生が
以前、対談なさったことがあったそうです。
六代目菊五郎が大観先生に、
「先生がうらやましい。
富士山(の画)が一生残る。
私の芸なんか消えていくんです」
という話をしたら、
「いやいや六代目、
私には、これが横山の富士山だって
残されちゃ困るのがいっぱいある。
消えていくからこそ美しい芸術なんだ」
とおっしゃったそうです。 |
(つづく)