BOOK
男子も女子も団子も花も。
「婦人公論・井戸端会議」を
読みませう。

第1回 山崎まさよしには負ける!?

第2回 福助さんの人生を決めた一幕

第3回
今日から着物を着よう!
糸井 このあいだ亡くなった古今亭志ん朝さんは
本当に色っぽい人でした。
お寿司屋さんで
隣り合わせになったことがあって、
「カッコいいなあ」と思ってたんですけど、
CDではしょっちゅう聴いてたのに、
高座は一度も聴いたことはなかったんですね。
で、何となく予感がしたのか、
志ん朝さんが出てる高座を調べて、
今年、茅ヶ崎まで聴きに行きました。
噺の隅々まで行き届いていて、
ダイナミックで、
ヤになっちゃうくらい輝いてるんですよ。
「こういう人がいてくれてありがとう」
みたいな。
あの人の色気というのは、もう表現できない。
中村 サゲを先にお話しになるじゃないですか。
でも、「教えてやってんだ」という
言い方じゃないでしょう。
高座もやさしかったですね。
長屋のおかみさんなどをやる時も、
ほんと、色っぽいんですよねえ。
糸井 やっぱりお感じになってましたか。
中村 ええ。
でも、どうしてもお父さんの
志ん生師匠と比較されてしまってね。
糸井 ああいうお父さんをもっている
志ん朝さんの立場は大変だと思う。
そのなかで自分の芸を
ちゃんとつくっていけるその美しさは、
たまんないですねえ。
だから亡くなって、ひどくショックだった。
松本 私は自分が
着物を好きなせいかもしれませんけど、
和服をお召しの男の方を拝見すると、
振り返って見てしまうくらい、
「あ、素敵だな」と思います。
糸井 ありがたいですねえ。(笑)
松本 和服は体のラインの出方が
洋服とはぜんぜん違うんですよ。
肩とか背中の形とか、
やわらかいじゃないですか。
体の風情がそこはかとなく感じられて。
着物の空間の中で
体が自由に泳いでいる感じがすごく素敵。
そこに帯をキュッと
きれいに締めてあったりすると、また……。
中村 着物で来ればよかった(笑)。
僕も、舞台から客席を拝見してて、
男性ももちろんだけど、
若い方でもご年輩の方でも、
女性の着物姿を拝見すると、
すごく愛しく感じます。
それに着物だと、
頭もそれに合わせて
整えなくちゃいけないじゃないですか。
そんなちょっとした気の使い方も、
「いいな」と思いますね。
松本 着物は、前にボタンがないっていうのがいい。
だからと言って手を入れるとか、
そんなんじゃないですよ(笑)。
ただ、男の人は女の人より
前のあわせにゆとりをもたせてる。
中村 着物は肌が見えそうで見えない、
それも風情がある。
糸井 服の下の体の存在って、
どんな薄ものよりも着物のほうが感じますね。
布と肌が触れ合ってる感じで。
松本 私は海外ではたいがい着物を着るんですけど、
イタリアやスペインなどラテン系の方は、
民族衣装で珍しいからということではなく、
もっと深いところで
着物のよさをわかってくれますね。
「マダム、そのお召し物を
 素敵だと言ってもよろしいでしょうか」
と、ちょっと回りくどいんですけどね。
私も女王さまみたいに
「言ってもよろしい」。(笑)
糸井 おうちでも着物を?
松本 昔そうしようと思いましたが、
家事がしにくいし肩が凝るんです。
でも、たまにうちで紬とか着てると、
夫が妙にやさしくて、
家事を手伝ってくれたり。
糸井 あ、それですよ、それ。
中村 肩だすきでハタキなんかかけてると、
妙に色っぽかったりしますね。
松本 頭に手拭いして。
中村 でも、女房の二重太鼓締める旦那は
そういないでしょうね。
松本 えっ、福助さん、なさるんですか!
うわぁー、それは色香がある、
すてきな風景ですね。
中村 そうそう、今日、歌舞伎座で
瀬戸内(寂聴)先生が
ご覧になってたんですけど、
尼さんの装いも色っぽいですね。
糸井 触れられないところが……。
松本 私、袈裟がどんな構造になっているのか
わからないところにドキッとするんです。
下はどうなってるんだろうと。
糸井 やっぱり“秘密”が鍵ですか。
松本 インド系の方がお召しになっているサリーも
神秘な感じがしますね。
糸井 実は僕、今、肉体改造をやっていましてね。
ジムに通ってトレーニングをしてる。
中村 どういうきっかけから?
糸井 筋肉が増えると
代謝がよくなって疲れにくくなるし、
昼間眠くならないと言われて。
で、やり始めたら
明らかに丈夫になっていくし、楽しい。
僕はそんな理由からの肉体改造ですが、
肉体そのものから感じる色気については
どうですか?
松本 私、女の人で痩せてる人は
ぜんぜん色っぽいと思わないんです。
それより棟方志功の版画に出てくるような、
ほっぺが赤くて、
きれいな丸い腕をした女の人が
とてもきれいだと思います。
糸井 わかります。
豊かさのシンボルみたいな。
中村 ぽっちゃりしたお母さんが
子どもを抱いてるのも
妙に色っぽかったりして。
僕は女性を演じても、体つきは男です。
それでいかに
やわらかなラインを出すかなんですが、
先ほど松本さんが
おっしゃってくださったけど、
着物のおかげという部分がすごくある。
糸井 ああ、そうなんだ。
中村 ジャズダンスと日本舞踊の
大きな違いを言いますと、
ジャズダンス、
それからクラシックバレエもそうだけど、
自分の肉体をいかに美しくみせるかという
ダンスなんですね。
一方、日本の古典舞踊は、
着物の中に
自分の体を包み隠さないといけない。
そして鬘の線から着物の線、
裾を引いていたら
裾の線も全部含めて見せるというのかな。
だから腕や足を伸ばす時も、
むき出しにはしません。
松本 腕を曲げても伸ばしても、
袖のゆとりの中で見えないんですね。
中村 それで私の場合、踊りの時の着物は、
裄をわざと長めにつくるんです。
着物の中に自分の形を隠して、
って言うのかな。
糸井 今聞いてて思った。
芸談っていうのは、色っぽいですねえ。
松本 男の方の鍛えた肉体も素敵ですけど、
私は中年の程よく脂がのってる体も好きです。
あごにもたるみがあって、
顔の下半分はぽっちゃり。
そこにキッと形のよい唇が
横に線を引いていたり。
中年男のいい男ぶりっていうのは
絶対にあって、
小説にも書いたことがあります。
肉づきのいいお腹なんか、
日本人でも外国人でも、
男の色気だなって思う。
糸井 でも、適度に
うっすらサシが入ってるお腹って、
けっこう運でしか
得られないものなんですよねぇ。
松本 一時の中年男性の旬でしょうか。
糸井 旬ですね。
その美意識における旬。
中村 心に余裕があるっていうのも、
大人の男の一つの色気ですね。
糸井 その一方で、
平手造酒や沖田総司が人気あるみたいに、
飢えたオオカミが
息も荒く舌をたらしてるような、
「過剰に足りない感じ」も人気がありますよ。
ロックやってる男の子たちのあの細さ、
フラフラしながら弾くのも、
明らかに狙いですね。
演奏が終わると、
しっかり歩いてますから。(笑)
松本 十代の若い男の子の、
痩せて胸毛もなくスベスベの肌、
そんな体から飛び散る汗も
すごくきれいだと思います。
それぞれの年代に応じて色気があるんですね。
中村 眠狂四郎をやってらした
(市川)雷蔵のおじさまみたいに、
ガラス細工のような、
欠けちゃいそうな色気ってありません?
こういう方は
なぜか早く亡くなってしまうんですけど……。
五代目福助だったうちの祖父も、
「福助さまお痰」なんて言って
痰まで売られたくらい
一世を風靡した人でしたが、
32歳で亡くなってて、写真を見ると、
やっぱりガラス細工のよう。
翳りのある色気って言うんでしょうかね。
松本 時として少女が色っぽいのも、
散ってしまう桜のように
はかないものとして見てるから、
色っぽいんでしょうね。
お芝居が色っぽいのも、
舞台が生のものだからだと思うんですよ。
中村 父から聞いた話なのですが、
われわれが劇聖みたいにお話ししてる
六代目菊五郎と横山大観先生が
以前、対談なさったことがあったそうです。
六代目菊五郎が大観先生に、
「先生がうらやましい。
 富士山(の画)が一生残る。
 私の芸なんか消えていくんです」
という話をしたら、
「いやいや六代目、
 私には、これが横山の富士山だって
 残されちゃ困るのがいっぱいある。
 消えていくからこそ美しい芸術なんだ」
とおっしゃったそうです。
(つづく)

第4回 やせがまんに美は宿る

2003-05-11-SUN

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