第4回
やせがまんに美は宿る |
松本 |
私は以前、女装の方に興味をもって、
小説を書くために、取材して
いろいろ話をうかがいました。
普通のサラリーマンが多いんですが、
女装してる時は、
私よりよほど女らしくて素敵なんです。
でも昼間はスーツ姿で会社に行き、
大学生の息子さんが
二人いるとおっしゃって(笑)。
歌舞伎の役者さんのように
洗練されたものではなく、
もっと素人っぽいんですけど、
あんなに女らしさが
人為的につくれるというのは、
ある意味でショックで……。
それで私は、女っぽさを
自分ではつくらないようにしようと思った。
つくるというのは、男の眼で見て、
「こういうのが女っぽいのに違いない」
と思うわけでしょ。
結局、
「女の女装者」になってしまうんですよ。 |
糸井 |
「あの人は色っぽい」
と仲間内で言われてる女の人って、
絶対に浮いてますからね。
「女を表現しよう」と意識した時には
男になってるという、逆説です。 |
松本 |
女性の作家で
男が読んでも違和感がない男性を描ける方は、
内面にすごく男性的な意識をもってるし、
男の作家で女性を描くのがうまい方は、
やっぱりとても女性的なものをもっている。
性差ってものがわからなくなりますね。 |
中村 |
性差がないのは、
われわれの商売が一番でしょう。
十月は四つの芝居に出させていただいて、
立ち役もあるんです。
でも、立ち役をやると照れますね。
「この自分は何だろう」と思って。 |
糸井 |
仮に僕がお芝居に出て、
コピーライターの糸井重里という役を
してくださいと言われたら、やれないですよ。 |
中村 |
恥ずかしいですよね。
僕も素顔に近い役はダメなんですよ。 |
松本 |
いや、私はね、普通の人も場所に応じて、
いろいろな自分を
演じてるんじゃないかと思います。
会社の部長さんだと、
部長さんらしい演技をし、
うちに帰ってお子さんの前では
お父さんの演技をし、
可愛い女性の部下の前では
いい中年男のふりをして。 |
中村 |
それが、今の若い人は、
そういう演じ分けをしなくても
よくなってきてますね。 |
松本 |
そうなんです。
だから、ちょっと陰影がないような気がして。
やっぱり光と陰と両方ないと。 |
糸井 |
いつもカジュアルを着ていると、
確かに楽ではあるけれど、
「これは面白いことじゃないな」とも思うね。 |
松本 |
そればかりだと、
痩せていくものがあると思うんですよ、
魅力とか風情とか。 |
中村 |
僕はおばさんのゴルフって
すごく好きなんですよ。
なぜかと言うと、
普段、町中じゃ歩けないような
短いスカート履いたり、
かわいいキャピキャピのウエア着て
楽しそうじゃないですか。
着飾る、ドレスアップする場所をつくると、
自分の気持ちにもメリハリができますね。 |
松本 |
私は一時期、関西に住んでいたんですが、
あちらは女の人の文化を
優しく見守る風土がありますね。
街を歩いていると、
「ああ、素敵だなあ」と思う
70代くらいの女性をよく見かけました。 |
糸井 |
関西には
いいオバちゃんがいっぱいいますよぉ(笑)。
オバちゃん水準の高いところは
文化の高いところです。
関西でもとくに京都、神戸あたり。 |
松本 |
あと大阪・北摂の豊中、箕面とか。 |
糸井 |
北海道じゃ札幌。
身ぎれいなんですよね。 |
中村 |
やっぱり、見られているという意識が
あるんじゃないでしょうか。 |
糸井 |
そうなんです。
お出かけ用に
意識をレベルアップさせてる感じがあって。
男でも、そういうこと考える人は、
乱暴にふるまっててもきれいですね。 |
松本 |
何気ないところにね。
さっき、糸井さんが箸を持っていたしぐさが
とても色っぽかったんです。
指の感じが
なんて素敵でいらっしゃるんだろうって。 |
糸井 |
また箸、持ちましょうか。 |
中村 |
ホストの人に教わったやり方ですか。(笑) |
松本 |
私は女の人がちょっと無理してるところも
色っぽいと思うんです。 |
糸井 |
あ、それだ。
ちょっと無理してる、うんうん。
すごくよく働いてる可愛い店員は、
絶対に人気ありますよね。 |
松本 |
装いでも、ハイヒールに
ぴっちりしたストッキングをはいて、
スカートもベルトで
ウエストをきっちり締めて。 |
中村 |
帯やコルセットもそうですね。 |
松本 |
拘束の美学ってあると思うんです。
着物も拘束服だし、
男の方の礼服の太いサッシュベルトや
蝶ネクタイも。
それを脱いで、
緊張感からホッと解き放たれた瞬間の色気も
またあるんですけどね。 |
糸井 |
思い出した。
僕は「生きものだな」と思った瞬間に、
色気を感じるな。
汗とかね。
それも汗かくために走ってる時の汗は
当たり前だけど、
ちょっと温度が上がって
「汗かいちゃった」てフッと気づく……。
女子高生とか、まだお化粧してない子が
制服姿で色白のほっぺたを赤くして
走ってるところも好きなんだよね。
生き物として愛しい。 |
中村 |
おばあちゃんが小っちゃい子に、
お手玉とか綾取りを教えている姿も、
色っぽくて可愛い。 |
松本 |
動物的な色気の話になりますが、
フェロモンてありますね。
フェロモンが色気なんですよ、
と言う人もいますが。 |
糸井 |
アメリカでは、第一印象で結婚したカップルは
ほとんど別れないという統計が
あるそうですよ。
第一印象には動物的な直感もあるでしょうね。 |
松本 |
嗅覚ってありますよね。
生き物は、
異性をひきつけ合う匂いを出している。
人間はその機能が
ほとんど退化してるから気づかないだけで、
本当はそういう匂いを嗅ぎ合ってる……。
動物的直感とかインスピレーションは、
色気を感じる要素の中に入ってますね。 |
中村 |
手前味噌ですが、
今、芝居でご一緒してる市川新之助くん、
僕よりもずいぶん下なんだけど、
一緒にお芝居してるとドキドキするんです。
客席に出ていくとお客さまが
「ハアー」って一瞬息を呑んでから手を叩く。
圧倒的なきれいさです。 |
松本 |
役者さんですと、
よくオーラが出てると言いますよね。 |
中村 |
舞台に限らず、
人は一番好きなことをやってる時は
オーラを出して、
それも色気につながるんじゃないでしょうか。
松本さんが原稿を書いていて、
ガッと鬼のような顔をして
机に向かっていたって、
後ろ姿にはオーラが出てるかもしれない。 |
糸井 |
得意なことをしてる時、
と言い換えてもいいですね。
近所の親父だって、
得意なことしてる時はオーラ出てますよ。
金槌打ちながら、
釘を口にこう、しゃぶってる時(笑)。
電球換えるだけで、
オーラ出してるおじさんも
いるかもしれないし。
舞台の観客で出してる人だって、いるでしょ。 |
松本 |
歌舞伎で「成駒屋!」と声をかけてる方、
きっと出してますね。(笑) |
中村 |
結局、色気って、
見るほうが感じればいいものじゃないですか。
そして、感じたら
口に出してほめてあげることも
大事だと思うんです。 |
松本 |
わかってくれる人が絶対に必要ですね。
ご主人が奥さまに
「今日のキミは素敵だよ」とか。 |
糸井 |
僕は絶えず言ってますよ(笑)。
僕の理想は、
毎日人のことホメてる人生ですから。 |
(おわり)