掃除名人のヒミツ
第2回
捨てる人、捨てない人 |
糸井 |
ムーンライダーズの鈴木慶一クンが、
僕が「インターネットやんなよ」と勧めた時、
「うん、線は来てるんだけどさぁ、
どこにあるかわからないんだよ」
と言うんです。
意味わからないでしょ?
つまり彼の部屋は服とかモノが堆積してて、
床なんてまるで見えなくなってるらしいんです。
探ればどこかに電話の線があるはずだと。 |
辰巳 |
なんだか、すごそうですね。 |
糸井 |
しかも、一度、風呂の水をあふれさせて
部屋を水浸しにして、
その時敷き詰めて水を吸わせた新聞紙が、
そのまま粘土状に固まってるんだって。 |
辰巳 |
地層になってる。 |
糸井 |
いや、ほんとに地層になってるらしくて、
脱ぎ散らかした服とかで、
年代がわかると言ってました。
そのうち土器が出てきたりして。(笑) |
西川 |
ゴミをためていた人の家で、
自然発火したという話もありましたね。
メタンガスが発生するんです。 |
糸井 |
そうなると、もうねぇ。 |
西川 |
私はこれまで、
ずいぶんたくさんのお宅を見てきました。
ある住宅メーカーが、建てて丸1年たった家を
訪問点検するサービスをしていたんですが、
どのくらい汚れて、なにがきれいか、などを
知りたかったので、
私はいつも一緒に連れていってもらってたんです。
もっと昔は、
不動産屋さんが月末にお家賃集めに行くのにも
ついていきましたしね。 |
糸井 |
フィールドワークですね。 |
西川 |
で、いろいろと見て観察した結果、
いちばんきれいに暮らしているのは
お妾さんの家だったの。
散らかしたり、モノを置きっぱなしにしてない。
木造の古びた狭いアパートでも、
実にきれいに住んでいるんです。
いつ旦那が来てもいいように、
ちゃんとなってるんですよ。 |
糸井 |
わかるなぁ。
いや、なんかそんな気がちょっと……。
だから行くんだよね。 |
西川 |
汚いのが、奥さんが高学歴のお宅(笑)。
本は乱雑に積み上げてあるし、服は脱ぎっぱなし。 |
糸井 |
僕は学者同士の夫婦を知ってますけど、
床に包丁が刃を上に向けて置いてあるそうです。 |
辰巳 |
あぶない……。 |
糸井 |
大丈夫なんです。
夫はそれを避けるすべを知ってる。
戸棚もね、開けると
何が落ちてくるかわからないんだって。
それを楽しそうに夫が語るんですよ。
何で結婚したかというと、
「妻が頭がよかったから」と言うんだもん。
それじゃあ、家がそんなふうでも仕方ない。 |
西川 |
そういう奥さんは本をたくさん読むだろうし、
そのまま積み上げといたら、
家の中はどうしても汚くなります。
本に時間をとられたら、
掃除する時間がなくなるのも当たり前なんです。 |
糸井 |
高学歴とは限らないけど、
本を読むのが好きな人は絶対に
掃除や片づけはダメですね。
本を読んでて気がつくと
夜中になってたりするじゃないですか。
寝るのやメシ食うのさえ忘れるほど
本が好きな人が、掃除をするはずがないですよ。 |
西川 |
そう。
私も主人がうるさく言うからやりますけど、
少しでも手を抜いて、早く片づけたい。
その工夫や知恵を生み出すために、
研究をしてきたようなものです。
本を読む時間がほしかったから。 |
辰巳 |
本を積んである奥さんの話、
ご自分のことでもあるんですね。 |
西川 |
そうそう(笑)。
それで家事ってね、
空気と同じで、ギュッと押し詰めれば、
圧縮して小さくできるんです。 |
糸井 |
それ、仕事まわりの雑用にも言えますね。 |
西川 |
同じですね。
私がパソコンを始めたのも、
コンピュータに入力することで
いろいろ整理できるし、
時間を効率よく使えるから。 |
辰巳 |
残念ながら私はそこまで活用できてないですねえ。
糸井さんはどうです? |
糸井 |
あ、明らかに紙類が減りましたね。 |
西川 |
私、百科事典がいらなくなりましたもの。
ホームページを見るのも楽しい。
外国の洗剤メーカーのホームページを見れば、
簡単に掃除関係の新製品を
チェックできるんですよ。
最近では、アメリカで10ドルで売り出してる
ドライクリーニングのキットを取り寄せました。
まったく水を使わないで、
4枚のセーターを4回洗える。
別のメーカーの「ディディセブン」という
シミ抜きペーストもいい。
これ、大変ですよ!
住まいと衣類のシミ抜き用で、
すさまじい勢いで何でもきれいになります。
こういうものを見ると、
日本の掃除は、まだアメリカに
20年遅れていると思います。 |
糸井 |
ディディセブン、ほしいなあ。 |
西川 |
ほしいでしょ。
成分は「ハイドロサルファイト」なんですよ。 |
糸井 |
ハイドロサルファイト……「サルが闘う」? |
西川 |
還元漂白剤というんです。(笑) |
辰巳 |
西川さんのお話をうかがっていると、
片づけられないのは単に
時間の問題だけでもないような気がします。
それから家の広さについてもよく言われますが、
それだけでもないような……。 |
糸井 |
もっと部屋が広くさえあればと、
ついそれにすがりますよね。 |
辰巳 |
広くても、ためこむ一方では
スペースはすぐに埋まります。 |
西川 |
家族でニューヨークに引っ越した時、
日本から最低限の荷物しか
持っていきませんでした。
かなり広いアパートでしたけど、
モノはほとんどない生活。
それでもちゃんと暮らせるんですね。
「ああ、これでいいんだなあ」と感じました。
でもその一方で、ものすごく寒々しいというか、
身辺が寂しいのね。
「無駄も大切なのかもしれない」と、
その時以来、思うようにもなったんですよ。 |
糸井 |
片づけができる人にとっては
プラスαのモノの大切さがよくわかる。
片づいていない家で
プラスαのモノだらけになると、
玉石混淆になってしまって、
大切さがわかんなくなるんじゃないか。 |
辰巳 |
無駄という言葉は悪い意味に聞こえますが、
ゆとりとか遊びでもありますよね。
私、それはとても大切なことだと思いますし、
それこそが生きる楽しみだったり、
豊かさにもつながると思います。
だから、節約はいいことだから
お金を使わずに最低限のもので生活しましょう、
というのは無理がありすぎる気がします。
それで心豊かで楽しいかしらと思いますね。
ただ、確かに玉石混淆ということはあって、
今、多くの人は自分が何を持っているか
わからない状態でしょう。
私はたとえブランド品であろうと
携帯電話であろうと、
自分に必要ないものは、
「必要ない」と言えるようになりたいんです。 |
糸井 |
お二人とも、掃除・整理の話をしているけど、
結局、豊かさに対する渇望みたいなことを
語っているんですよね。
辰巳さんの本がベストセラーになってる
なんて聞くと、どんどん捨てて、
極端な話、飯盒炊さんの生活になればいいんだ
というふうに誤解してる人もいるけど、
それは違いますよね。 |
辰巳 |
あるいは、どんどん捨てて、どんどん買おう!
と、大量消費社会の論理を
推し進めてるんじゃないかという
見方をする人もいます。
だけど読者からのお便りを見ると、
みなさん、よくわかってるなあ、と。
つまりこんなにいっぱいモノがあふれて
押し入れの中もギッシリなんて、
どう考えてもおかしい。
それを切実に感じているから、私の言うことも
素直に受け取ってくださってる感じがしますね。 |
糸井 |
増えてしまったモノのうち、何を残すかを、
これからは考えなくてはいけない、
ということでしょう?
理念としてはよくわかります。
だけど僕は……捨てる機会を失ってそのまま、
のタイプなんです。
だからモノが増える。
一方、カミさんは人にあげたり捨てたりするから、
モノが少ない。
洋服なんか、僕は多分、
カミさんの5倍や10倍は持ってるな。 |
辰巳 |
すごいですねえ。 |
糸井 |
どうでもいいものばかり山ほどあるから。
で、カミさんは
(両手を広げて)この幅を越えると処分する。 |
西川 |
1メートル半くらい……。 |
糸井 |
僕の古いTシャツなんかも捨ててるみたいだけど、
悔しいことに、
僕はなくなってることに気づかない。(笑) |
辰巳 |
わかります、わかります。
うちの夫もそうです。 |
糸井 |
本がたまっていくのもカミさんはイヤで、
それで僕は発作的に古本屋さんを呼んで
処分するんですよ。
ヤケのように部屋ひとつ分、
本を捨てたこともありました。
必要ならまた買い直せばいいと決めて。
あのときの気持ちよさ……。 |
西川 |
あとで、「あれ、もったいなかった」
とはお思いにならなかった? |
糸井 |
思わないです。
僕は資料的に持ってる本ってなくて、
いつか読もうと思って
そのままになってるものとか、
表紙があるだけでいいとか、
わけわかんないものばかりがいっぱいなんです。 |
辰巳 |
ご自分の仕事、
たとえば著書だけは残してあるとか。 |
糸井 |
どんどんなくなってます。
僕は花火師なんですよ。
打ち上げて「オーッ」と言ったら、
あとは過去にどうだったとか、興味ない。
これは病的にないです。
いかにフロー、
消えモノだけで生きてるかがわかる。
ストック成分がないんです。
それで、部屋ひとつ分を捨てるというのを
2度やりました。
そうすると、「ああ、何もいらなかったんだ」
って気づくんです。
だけど……またたまるんですよぉ。 |
西川 |
私は「暮らしの歴史」みたいなことを
調べてますから、
昔からの家事の本だとか、
山のようにあるんですけど、
そういったものは、
近くにワンルームマンションを借りて、
持っていってますね。
それで居住部分は、
どうにか暮らせるようになっているんです。
私もけっこう捨てるんですよ。
捨てないとは申しません。
それでも、ゴミだらけになる。 |
糸井 |
西川さんは、記録や資料的なものも多いですから。
市民のために持ってるようなところが
あるじゃないですか。 |
辰巳 |
個人的に持ってらっしゃるもので、
捨てられないのは? |
西川 |
私、植物を育てるのが好きで……。 |
糸井 |
あ、それは散らかるわ。 |
西川 |
ですから植物に関するものや園芸書の類いは
捨てられませんね。
一番困るのは、ほしくもないいただきもの。 |
辰巳 |
お菓子のようになくなるものなら、
まだいいんですけどね。 |
|
(つづく) |