第4回
大切なものの順序 |
糸井 |
ところで西川家の大掃除というのは、
どうなってるんですか? |
西川 |
年末は忙しいから、大掃除はしません。 |
糸井 |
やったぁ!(笑) |
西川 |
気候のいい時に、物置にある
いらないものをまず捨てて、
それから居間にあるものを
物置に持っていって……。
物置って、絶対にいらないものばかり
入ってますね。 |
糸井 |
そうか。物置ってゴミ箱なんだ。 |
西川 |
一時的にあそこに入れて気休めして、
それからようやく捨てる。
いらないものの休み場所だから、
それはそれで必要なんですけれど。
昔は資料として集めた掃除道具が
いっぱい入ってましたが、
もう、「洗濯と掃除の博物館」に
もらっていただきました。 |
糸井 |
どんなものがあったんですか。 |
西川 |
珍しいものだと、終戦直後の東欧の雑巾とか。
うんと貧しい時代なのに、
雑巾にはすごくお金をかけてるんですよ。 |
糸井 |
へえ、資料として見たいですね。 |
西川 |
日本人は「衣・食・住」と言いますけど、
ヨーロッパでは「住・食・衣」の
生活なんですね。
まず「住」が先に来る。
あちらの人が家をきれいにするのは、
人を招くということもあるのでしょう。
パーティしますから。 |
辰巳 |
日本でも最近はホームパーティしたり、
若い人がインテリアに興味をもったり、
少しずつ変わりつつありますね。 |
西川 |
でも、私がお掃除の仕事を始めた昭和30年代、
日本の台所の汚いことと言ったらなかったですよ。 |
糸井 |
昔は、家を守る人がいつもきれいにしてた
という幻想がありますが。 |
西川 |
きれいにしてたのは、お蔵や物置があったりして、
居住空間に何も置かなくてすむような家だけです。 |
辰巳 |
庶民のうちは汚かった? |
西川 |
モノは何でも出しっぱなし。
それに道は舗装なんてしてませんから、
泥汚れが服について家に入ってくる。
風が吹いても、泥や埃が舞い込んでくる。 |
糸井 |
昔はよかった、なんていう話じゃないんですね。 |
西川 |
女中さんのいるうちは、
朝晩、拭き掃除が日課でした。
それができない家は汚かったんです。
ガス台のホースなんてね、油汚れでベッタベタ。
それが危険だというので、
当時、東京ガスがホースに年号を入れて、
2年か3年ごとに
取り替えさせるようにしたんです。 |
糸井 |
それにしても、僕ら、
何のためにきれいにしなくちゃと思うんですかね。 |
西川 |
衛生的ということもありますけど、
やっぱり
「ちゃんとしてなくちゃ恥ずかしい」
からじゃないですか。 |
糸井 |
人を招ぶということもあるし。 |
西川 |
いえ、招ぶ招ばないにかかわらず。
自分を律すると言いますか。 |
辰巳 |
それは私、思ったこともなかった。
ただ、確かに夫が一週間いない時といる時では、
家の中の片づき方は明らかに違います。 |
糸井 |
辰巳さん自身が、
「これだけは捨てないぞ」
というものはありますか。 |
辰巳 |
「夫は捨てられない」と、
よく冗談で言うんですが(笑)。
私も西川さんと同じで園芸が趣味なので、
その関係の本は捨てられません。 |
西川 |
あれ、時々見なきゃいけませんものね。 |
辰巳 |
手入れのしかたとか冬越えとか、ね。
あと、集めているというのでは、
食器、それから江戸小物。
小さなもので、
季節ごとに取り替えて玄関に飾ったりしてます。 |
糸井 |
『「捨てる!」技術』の中には、
そういうものは入らないわけですね。 |
辰巳 |
「捨てたくないから捨てない」のであって、
「捨てたいけど捨てられない」モノとは、
ぜんぜん違いますから。 |
糸井 |
西川さんは、集めているものは? |
西川 |
鉱物を集めるのが趣味なんですよ。 |
糸井 |
えっ、石? |
西川 |
ダイヤモンドやルビーの原石とか。
風雨にさらしてもかまわないので、
外にほっぽらかしてあります。
それからガイガーカウンター(放射能測定装置)も
持ってるんですね。 |
辰巳 |
変わったものを。(笑) |
西川 |
ウラニウムもニューヨークで
12ドルで買ってきました。
まだ1ドル360円の時代で、
主人が「とうとう頭に来やがった」
って言いました。 |
糸井 |
ぷっ。 |
西川 |
あのね、汚れがたまっているところに
放射能もたまるんですよ。
それで汚い家に行って
ガイガーカウンターでチェックすると、
ピッピッピッて鳴るの(笑)。
日本橋の昔の白木屋の前から
八重洲に行く地下があるでしょ。
あそこはものすごい放射能がたまってますよ。 |
糸井 |
持ち歩いてるんですか! |
西川 |
顕微鏡も3台持ってます。 |
辰巳 |
そういう方だったんですね。(笑) |
西川 |
科学的なことが好きなのね。
だから、お掃除も
料亭やホテルと修業に行ったけど、
車の掃除も習いに行ったんですよ。
外車のディーラーに行ったら、
バッテリーを拭いた布で
他のところを決して拭いちゃいけないとか、
いろいろあって。
バッテリーは酸性ですから。
それで「これは大変!」というので、
もっと車の掃除を知るためには
自分も乗れなきゃと、免許を取りに行って……。 |
糸井 |
掃除のために免許、ですか。 |
西川 |
じゃあ、飛行機はどうだろうって、
飛行機の掃除にも行きました。
最初は日本航空、それから全日空。 |
糸井 |
はーあ。
そうやっていろいろなところを掃除してみて、
いちばん大変なのはどこでしたか。 |
西川 |
やっぱり、普通の家庭ですね。 |
辰巳 |
読者の方の反応を見ていると、
片づけることって、男性は自然に
仕事の話にひきつけてしまって、
暮らしのことだと思ってないんですよ。
それで「捨てるとは何ごとだ!」
とか言われるんですね。 |
糸井 |
「捨てる」とか「整理する」ということを通して、
自分にとって何が大事かっていう順番を
今までつけたことがなかった人たちに、
順番をつけようぜという時期が、
今、来てるんですかね。 |
辰巳 |
そうだと思います。 |
糸井 |
僕はよく若い人から、
「何々になりたいんですけど」という
相談を受けるんです。
だけどみんな、「何にでもなりたい」。
それで僕は、一番なりたいもの、
したいことを順番に書いてごらんよと言うんです。
毎日変わるのならそれを記録していけば、
そのうち残るものがある。
それで考えるしかないんじゃないのって。 |
辰巳 |
削ぎ落としていく中で、
どうしてもはみ出してしまう自分
というのがあって、それがきっと個性で、
モノに関しても同じじゃないでしょうか。
さっきのお話で言えば、
「西川さん、ガイガーカウンターや
顕微鏡が好きな方だったんだ」
という面白さがあるわけで、
それは無自覚にモノを持っていると、
見えてこないですよね。 |
糸井 |
まったくそうですね。
じゃあ最後に、西川さんに
掃除の基本を聞いておきましょう。 |
西川 |
料亭にお掃除を習いに行った時、
おかみさんが言うのは、
きれいな雑巾でお掃除することだと言うんですね。
掃除道具は清潔でなければ、きれいにならない。
汚いと、こっちのヨゴレをあっちに移すだけ。
靴磨き修業をした時にも……。 |
糸井 |
靴磨きも行きましたか。(笑) |
西川 |
あれ、道路交通法で許可がいるの。
それで丸の内警察署で、
正規の許可を持つ親方を紹介してもらってね。
靴磨きしてると、そのスジの人が
「見慣れない女だねぇ」、
そしたら親方が
「サツからのあずかりもんでサァ」って(笑)。
その親方も、一度使った布は
必ずうちに持って帰って、洗って、きれいにして、
そして次の日に使うんですって。
きれいなものでお掃除しなかったら
何にもならない。
掃除道具も科学の進歩によって、
ずいぶん変わりましたけど、基本はそれですね。 |
|
(おわり) |