第1回
もう珍しい存在ではありません |
糸井 |
僕は最近ふと、自分の周りには
一人っ子が多いなと気づきましてね。
まず、カミさんがそう。
僕の子どもも一人っ子で、
よく考えたら前のカミさんもそうだった。
僕自身も一人っ子みたいなものです。
親が二度結婚してて十歳の頃に
妹ができたんですが、歳は離れてるし、
ほとんど一人っ子として育っちゃった。
知り合いにも一人っ子が多い。
これ、一人っ子が一人っ子を
呼び寄せるんでしょうか。 |
山口 |
えっ、そうですか。
逆に僕の周りには一人っ子が
ほとんどいないんですよ。
もともと僕の世代は一人っ子が少ないから、
「一人っ子って、どういう感覚?」と
ずいぶん友達に聞かれました。
「きょうだいがいる人生を知らないから、
自分じゃどうなのかわかんない。
一人っ子は特殊に見られるの?」と聞き返すと、
「わがまま」「自分勝手だから」とかね。
母親も僕が何かすると、
「ほら、また一人っ子の悪いところが出た」と。 |
糸井 |
悪いところって? |
山口 |
大皿料理なんかが出ると、
それを銘々が取り分けるでしょ。
ところが僕は、一人で全部
食べちゃったりするんですよ。 |
糸井 |
それ、ひどいですね。(笑) |
山口 |
何人かいたらその人数で割って、
「だいたい自分はこのくらいだな」という計算が
できない。で、そのせいにして
たくさん食べちゃう。(笑) |
糸井 |
僕の知ってる一人っ子はみんな、
分けっこする時に絶対に譲りますね。
二つに分けた時は、大きいほうを相手に渡す。
それは人がいいからとかじゃなくて、
「自分は足りてるから」みたいな……。
僕も、全部あげて、「ちょっとくれる?」って
いうのが一番好きですね。
でも、きょうだい同士だったら、
そういうこともあまり考えずに、
きっと自然にできるんだろうな。
先生はごきょうだいは? |
詫摩 |
うちは四人きょうだいで、弟が二人、
妹が一人います。いとこを見渡しても、
みんなきょうだいをもってますね。 |
糸井 |
お子さんは? |
詫摩 |
三人おりまして、長女のところに
一人っ子の孫がおります。 |
糸井 |
先生のところも、代を経るごとに
子どもの数が少なくなってきてますね。
今、少子化の時代と言われて、
一人っ子も増えています。
そこで、一人っ子ってどうなのか、
きょうだいがいることといないことの違いなどを
話し合えればと思うんですが……。 |
山口 |
さっき、糸井さんの話を聞いて意外だったのは、
僕は一人っ子同士はうまくいかないだろうと
思っていたんです。 |
糸井 |
うまくいってるかどうかは知りませんけど、
一人っ子同士だと、相手に触りすぎない
ということを、お互いにルールとして
もちやすいんですね。 |
山口 |
あ、僕、触られるの嫌いです、
精神的にも肉体的にも。
たとえば女性とおつき合いしてる時、
二人の間でトラブルがあったりしますね。
そうすると、「ちょっと待って。
一人で考えさせてくれ」となっちゃう。
でも僕がおつき合いした女性は、
みなさんきょうだいがいましたけど、
「一緒に考えようよ」と言う。
「いや、一人で考える時間がほしい」と
主張すると、「私が嫌いになったのね」って
とられる。それでダメになっちゃうんですよ。 |
糸井 |
相手からすると、
「なんで私に言ってくれないの!」と。 |
山口 |
そう。一緒に考えて、ある結論が出れば
いいんだろうけど、僕は一人で考えたいんです。
なのに、それを許してくれない。
これが許されないとしたら、
今後の生活も大変だよな、
と思っちゃうんですよね。
僕が独身なのはそのため、
とまでは言いませんが。 |
糸井 |
それ、わかりますよ。 |
山口 |
だいぶ前、一度だけ、一人っ子の女性と
つき合ったことがありました。
劇団にいた二十代の頃で、舞台袖にいると
彼女が「飲む?」ってヤクルトをくれた。
僕がそれを一気に飲んだら、すごく怒られてね。
「二人で飲みたかったのに」って。 |
糸井 |
でも、ヤクルト一本を二人で飲むのは
難しいよね。(笑) |
山口 |
それが原因で破局。ってわけでもないけど。
(笑) |
糸井 |
その女性は一人っ子だったんですよね。
誰かと、小さいものを分け合う、
ということをしてみたかったんだ。 |
山口 |
きょうだいのいる人だったら、
ヤクルトは二人で分けられないことは
わかってるんじゃないかなぁ。 |
糸井 |
先生、こういう話を聞いていて、
どう思われますか? |
詫摩 |
そういう風に、一人っ子を話題にするのは
日本が一番多いんじゃないですか。
「あなたは一人っ子ですか?」という会話は
日常よく耳にしますし、きょうだいの関係にも
こだわりやすい国だという気がします。
欧米ですと、日本で言うほど
「一人っ子、一人っ子」とは言いません。
つまり、関心がないんです。 |
糸井 |
あ、そうですか。 |
詫摩 |
きょうだいを指す言葉にしても、
英語圏なら「私には二人のブラザーと
一人のシスターがいる」と、
男のきょうだい、女のきょうだいは
一括してしまいます。
これが日本では、「兄が一人と弟が一人、
そして妹も一人おります」となる。
つまり、自分から見て上か下かを
重視した言い方です。
きょうだい同士の呼び方も、
欧米では互いに名前の呼び捨てですけど、
日本では下の者が上のきょうだいを呼ぶ時は、
「お兄さん」「お姉さん」です。
序列を重要視する傾向のあらわれで、
かつて長男がきょうだいの中でも
特別な地位を与えられていた伝統が、
今もって考え方として残っているからでしょう。 |
糸井 |
日本はきょうだいにこだわる……。 |
詫摩 |
それと、「一人っ子」というのは、
今やずいぶんクラシックなテーマだと
思いました。
心理学の分野で一人っ子のことが
問題にされましたのは今から百年以上も前です。
十九世紀の終わり頃、アメリカに
スタンレー・ホールという心理学者が
おりまして、ドイツに留学した後、
アメリカで心理学の基礎を作った人ですが、
彼は、「一人っ子であるということは、
そのこと自体がすでに病気である」と
言ったんですね。 |
糸井 |
おっと。(笑) |
詫摩 |
これはたいへん有名な言葉として残りまして、
日本でも一人っ子の研究をする方が
ぽつぽつ出てきました。
でも最近は、一人っ子の調査、研究というのは
あまり流行りません。 |
糸井 |
流行りませんか。 |
詫摩 |
ええ。
今はもう一人っ子は珍しくもないですし、
いろんなケースを集めることはできても、
一人っ子の特徴について、
総括的に結論を出すことはできなくなってます。
私なんかの戦前の中学時代は、
生徒八十人のうち、
一人っ子は二人だけだったんですけどね。
同窓会名簿を見ると数字の入った名前が
多いですよ。信二とか賢三、四郎とか。
一人っ子の場合でも、
数字の「一」が入っている。 |
山口 |
一郎、昭一……とか。 |
詫摩 |
もっと産む予定だったのが、
何かの事情であとが続かなくなったのか。
いずれにしても、きょうだいがたくさんいるのが
普通でした。だから、一人っ子は肩身が狭いと
思っていたんではないでしょうか。
一人っ子のお母さんも、子どもにきょうだいを
与えなかったことに対して
一種の罪悪感をもっている。
その背景を探ってみると、
子どもは労働力として必要だし、
人口が増えるのは国家発展の基礎である、
という考え方があります。 |
糸井 |
生産志向。 |
山口 |
「産めよ殖やせよ」ですね。 |
糸井 |
じゃあ、先ほどのホール説も、
時代のイデオロギーと関係あるのかな。 |
詫摩 |
そうですね、十九世紀の終わりですから、
国を強くしようとした時代でありました。
日本の場合では、江戸時代中期は
人口三千万人くらいで、
後期までほとんど変わりません。
それが明治に入ると、富国強兵策のもと
急速に人口が膨張していった。
そういった状況がきょうだいの増加と
関係あるし、一人っ子に対する
世間の風当たりとも
結びついていたんじゃないでしょうか。 |
糸井 |
今、思ったんですが、落語の噺って
ほとんど江戸の職人の家を舞台にして、
明治・大正に創られてますけど、
出てくる子どもは、たいがい一人っ子です。
『子別れ』にしろ『文七元結』にしろ、
基本的に夫婦がいて子どもが一人いて、
三角形の構造で家庭が形成されている。
これ、明治まで人口が少なかったことと
関係あるのかなあ。
まぁ、創り手の都合なのかもしれませんけど。 |
詫摩 |
また、明治・大正・昭和の初期というのは
多産多死の時代でね。
子どもがたくさん生まれる一方で、
栄養状態の悪さや病気で死ぬ人も多かった。
だからスペアとしてきょうだいを
たくさんつくっておけ、ということも
あったんでしょう。
明治五年生まれの私の祖母は、
「いつも湯上がり、死なぬ子ひとり」という諺を
よく口にしてました。
湯上がりのさっぱりした気分と同じように、
絶対に死なない子どもが一人いるのが好ましい、
といった意味で、いかに子どもを育てるのが
大変だったかということですね。 |
山口 |
僕の父や母でも、きょうだいが
小さい頃に病死してますね。
それで、その子が一番かわいかった、
優秀だったって。(笑) |
詫摩 |
今は子どもの死亡が少なくなりましたし、
家を継がせるという考え方も薄れてきた。
少ない子どもを大事に手をかけて
育てる時代ですから、一人っ子は何も
特別な存在ではなくなってきています。 |
山口 |
僕が一人っ子であることも、
かつてのきょうだいが多い時代の文脈で
語られてきたんですね。
中学の社会の時間だったか、
ある国が一人っ子政策をとって失敗した
というような話が出てきたんですよ。
同じ大きさのパイなら、分ける人数は
少ないほうが豊かになるという発想で
やってみたら、実際にはひどく国力が落ちた。
そう説明しながら、先生が僕のほうを
ちらちら見てるんです、
一人っ子だと知っているから。
国は違うけど、おまえが失敗の根源だ、
みたいな。イヤミなやつだと思ったな。(笑) |
詫摩 |
話はそれますが、一人っ子が増えて、
世界で一番困ってるのは
ローマ法王だという話があります。
カソリックで神父になるには結婚は禁止で、
神の子として育てられなければいけません。
男の子が二、三人いれば、
「一人くらいは神の子にしましょう」
となるのが、「たった一人しかいないんだから、
神様よりはうちに置いておこう」と。
それで修道院がガラガラなんていう話も
あるそうです。 |
|
(つづく) |