第3回
高座の勇姿、楽屋の意外 |
糸井 |
写真を撮る時、
お客さんとは違う目線で
落語家さんを見ているわけですね。 |
橘 |
高座を撮る時は正面からではなく、
舞台の袖から撮るようにしています。
横からだと、その人の上手い下手、
体調のよしあしまでわかるんですよ。
汗のかき方とかね。一番わかるのは姿勢。
下手な落語家ほど姿勢がグラグラ揺れている。 |
糸井 |
紙切りでもないのにね。 |
橘 |
そう。
そういう人の高座は
お客さんも噺に集中できてませんね。 |
昇太 |
うーん、それは思い当たらなかったですね。
正面に向かってしゃべってるんで、
サイドは
落語家が一番気にできない場所ですから。 |
橘 |
これが
昇太さんだと、体はよく動かすのに、
姿勢は崩れないんです。
腰のブレがなく、軸がしっかりしている。 |
昇太 |
いいバッターになるな。(笑) |
橘 |
びっくりするくらい姿勢がきれいなんですよ、
意外なことに。
この間も、
若手では高座姿がきれいと定評がある
立川談春さんが、
昇太さんが『妾馬』をやっていた時に、
「昇太兄サンは
殿様をやってる時の姿勢がものすごくきれいだ」
と陰で言ってましたよ。 |
昇太 |
それ聞くと逆に気にし過ぎちゃって、
ものすごい感じの悪い殿様に。(笑) |
糸井 |
そんな風に鍛えた覚えはない? |
昇太 |
まったくないんですけど。 |
糸井 |
やっぱり噺がそうさせるんですね。 |
橘 |
今、一線級でやっている落語家さんは、
たいてい姿勢が動かないですね。 |
糸井 |
鶴瓶さんも着物姿がきれいです。
|
橘 |
見た目の雰囲気がいいというのは、
それだけでかなりの才能ですよね。 |
糸井 |
うんうん。
寄席って、楽屋の中も面白いでしょう。 |
橘 |
高座に向かうまでのテンションの上げ方とか、
みなさん、全然違いますしね。 |
昇太 |
家で上げてくる人もいるし、
楽屋で徐々に上げる人もいるし、
高座に上がってからという人もいるし。 |
糸井 |
昇太さんはどんなタイプ? |
昇太 |
僕は高座に上がる直前にピャーッと上げて、
パッと出て行く。 |
糸井 |
どうやってピャーッと? |
昇太 |
後輩を蹴飛ばしたり。(笑) |
橘 |
昇太さんは、
「おはようございます」
と楽屋に入ってきた時はおとなしい。
で、出番直前になると、
近場にいた人に蹴りや
空手チョップをお見舞いして、
あとは袖で、
「ぶっ殺してやるー」「皆殺しー」とか
叫んで舞台に出て行きますね。 |
昇太 |
戦闘的にならないと頑張れないの。 |
橘 |
談春さんに言わせると、
「昇太兄サンは狩猟民族だから」と。
獲物を前に、
「俺が一番笑いを取る!」という
攻撃的な状況に自分をもっていく。 |
糸井 |
それは他の職業でもありえますね。 |
橘 |
僕は逆に、
攻撃的になって自分が出過ぎるといけない。
楽屋とか袖で撮ってるでしょ。
いてもいないみたいに、
誰にも存在を気づかれないのがベストです。 |
糸井 |
気配を消して、空気化するんだ。 |
昇太 |
この人、戦国時代だったら、
いい忍者になりますよ。 |
糸井 |
落語家さんでも、
狩猟民族じゃないタイプの人もいるでしょう。 |
橘 |
草食動物みたいな人、多いですね。 |
糸井 |
それはそれでいい味出してたり。 |
昇太 |
うちの師匠の柳昇もそういうタイプでしたね。
高座に何となくファーッと上がって
ファーッと喋ってという。 |
糸井 |
草をもぐもぐ食む感じですね。 |
昇太 |
兄弟子の昔々亭桃太郎師匠もそうです。
もぐもぐしていて、いったんヒットしたら、
そのもぐもぐ感がたまらない。 |
橘 |
楽屋での噺家さんの姿といえば、
小朝師匠は25歳の時に36人抜きという
異例の速さで真打昇進したでしょう。
それでね、
やっぱり楽屋では落ち着かないんですよ。
一人で廊下とか舞台の袖にいたりして、
常に先輩に気を遣う。
前もって着替えてきて、高座に上がったら、
「お疲れ様でした」
とサッと帰るなんてこともありました。 |
糸井 |
すごいもの見ましたね。 |
橘 |
まあ、
先輩36人が小朝師匠に抜かれているわけで、
いろいろ思う人もいるんでしょうけど、
僕の中では爽やかな“横町の若様”、
怖いものなしの人というイメージだっただけに、
意外な気がしました。 |
糸井 |
僕らノッてる落語家さんを見て、
いい感じで天狗になってるなと思うけど、
それは高座だけが自由な場だからかも。 |
橘 |
楽屋では、
座る場所についても暗黙の了解があります。
末広亭なら真ん中の火鉢のまわりには重鎮、
大師匠しか座っちゃいけない。
鈴本だと、広い部屋に小さな続き部屋があって、
そこは色物さんとか
真打になりたての人が着替える場所。
そこから徐々に
広いほうの部屋に入っていくんだけど、
いつ入っていいかは空気を読まなきゃいけない。
読み間違えると、
「お前、まだ早いよ」
という視線が飛んでくる。 |
昇太 |
「おや〜、そこに座るか」と。 |
橘 |
何年といった明確な物差しはなくて、
そういうことは全部、
自分で計らなくちゃいけない。
ずっと見ていると、
「あ、昔、狭いほうにいた人が、
ずいぶんこっちに来てるな」
とかわかりますよ。 |
糸井 |
じりじりにじり寄るわけだな。 |
昇太 |
領土拡大している。 |
|
(つづく) |