第4回 売り手の極意 |
糸井 |
茂登山さんは、会長みずから
今でも売り場に立たれているそうですね。 |
茂登山 |
役員でただ一人僕だけが、毎日ではないですが、
売り場にいます。
そう、それがいちばん楽しいんだもん。 |
糸井 |
流通業界の本田宗一郎みたいな。
接客のコツとか、あるでしょうね。 |
茂登山 |
店にいらして、これはちょっと高いとか、
テイストに合わないというので、
買わないで黙って帰られるお客様がいますね。
何度それが続こうと、そのお客さまを恥ずかしい
という気にさせちゃいけない。
ここに来たら気持ちよく、ね。
それで僕の店では、いいもので値段の安いもの、
千円で買える世界一おいしいチョコレートとか、
千円、2千円ですごく質のいいハンカチなんかも
置いているんですね。
千円であろうと2千円であろうと、買えばお客様。
お客様自身もそのことで安心するし、
売る側も一回買い物をすませたお客様は泳がせますから、
お客様のほうもあとは気をつかわず、
ゆっくりご覧になれる。
だから外国でお買い物をするときも、
ソックス一つでもハンカチ1枚でもいい。
いちばん安くて自分が使えるもの、
あるいはちょっとしたお土産として
人に差し上げられるものを、
まずお買いになるといいと思います。
それはある意味で、「逃げ」になるんです。 |
糸井 |
ご自分でも、よその店に行って、ここはいやな店だな
という印象を持たれることはあるでしょう。 |
茂登山 |
僕らはプロですから、社員が立っている場所や
その姿で、その店が一流かそうでないかがわかります。 |
糸井 |
カッコいいな。 |
茂登山 |
新入社員に多いんですけど、お客様の前で
直立不動で立っている。あれはいけません。
みなさんご経験があると思いますけど、店に入った瞬間に、
社員の視線がパッとくる。これも最低です。 |
鹿島 |
あれ、なんか拉致されそうです。 |
茂登山 |
視線でお客様を追っちゃいけないんです。見て見ぬふり。
そしてお客様が何か聞こうとしたときは、
スッとそばに来ている。シェパードじゃないけど。 |
糸井 |
犬的動きがいいんだ。 |
茂登山 |
そこはお客様とのアウンの呼吸というもので、
これは訓練ですね。 |
糸井 |
今はカタログや通信販売、インターネットでの売買と、
買い物の形態もさまざまですが、
店の人と客とのアウンの呼吸なんていうのは、
通販やインターネットではありえない。 |
鹿島 |
面白いのは、古書業界というのは
相変わらず遠隔地貿易の感覚が残っていましてね。
パリで100フランだったものが、
日本の古本屋では千フランで売られている。
最初は暴利だと怒るんだけど、
しばらくその店で本を眺めているうちに、
必ずしもそうじゃないなという気になってくるんです。
たとえ10倍の値段になっていようと、
その本を直に手にとって見られるという偉大さね。
インターネットやカタログ販売だと
現地値段の100フランで買えても、選ぶ段階では、
ものとの直接な触れ合いはないんですよ。 |
糸井 |
触ったり、匂いを嗅いだり、
お店の人とのやりとりがあったり、
そういうところがまた楽しい。 |
鹿島 |
お店の対応ということでは、ヨーロッパの一流店の店員は、
ひとめ見て、相手が欲しがっているものを見抜きますね。
靴だと最初にサイズを聞き、
すぐにこっちが求めているのとドンピシャリなものを出してくる。
だから、プロの売り子としての誇りをもってますよ。 |
茂登山 |
日本でも昔はプロの売り子はたくさんいましたよ。
今、お客様は浮草みたいに行き当たった店で買いますけど、
昔は靴はどこ、シャツはどこと、
それぞれ贔屓の店がありました。
社員にしても、お客様をいかに得意にさせるか
という術を知っていたんです。
お客様を得意にさせた状態、
それが「お得意様」なんです。
VIPなんて言葉は使わなかった。 |
糸井 |
得意にさせるからお得意様−−。いいですねぇ。
覚えとこう。 |
茂登山 |
だから、売る側というのはしゃべり上手より
聞き上手でないといけない。
聞かれたら答えて、そうして話すうちに、
料理、旅行とか相手の好きな話題に合わせていく。
破れ太鼓じゃだめなんで、何でも響いていればいい。
お客様の心がつかめれば、だんだん音が大きくなる。
こっちから打って出ないんです。 |
糸井 |
あるとき気がつくと、
客と店の人とのいい関係がきている。 |
茂登山 |
そういうお得意様の気分を味わってもらうことが、
今の流通システムの中ではなくなりました。 |
鹿島 |
ないですね。実は、デパートの原点は、
顧客側に買わなくていい自由を与えることで、
逆に購買衝動を促すことなんですね。
面白いのは、ヨーロッパのデパートは、
プロの売り子を育てたり、いい男をそろえたりして、
要するに気持ちよく買わせるという方向にいったのが、
アメリカでは、レジだけ置いておくという
究極のコンビニの形になった。 |
茂登山 |
今は接客もできない時代になって、残念です。
僕はいい時代に生きてこられた。
作家の今東光さんは僕のことを、「おめえは幸せだなあ」
と言ってました。
「世界中に行って、好きなものを好きなだけ買えて、
それをいい女どもに売って、また外国に行きやがって」と。
美しいものを売っていると、美しいものを求めている人に
来ていただける。
あぁ、この方に喜んでいただけたという満足感。
そういうことが仕事冥利ってことなんでしょうね。
ものを売るのが難しい時代に商売を続けているのも、
そこにあるのが“もの”だけじゃないからなんです。 |
糸井 |
ご自分の買い物で、今、いちばん欲しいものって
何ですか? |
茂登山 |
店にあれだけのものがありますから(笑)。
それにもう77歳ですし、変にものを残しちゃ、
あとが迷惑ですから、買わないことにしてるんです。 |
糸井 |
そこに行き着くわけですね。
(おわり)
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