第4回
女房湯と愛人湯
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糸井 |
嵐山さんが温泉に開眼したきっかけは? |
嵐山 |
その昔はバブル系の温泉しか知らなかったの。
それがあるとき、はじめてひなびた山の温泉に行ったら、
すごく気持ちがなごんじゃってね。それ以来ですよ。
湯治というより、元気になるんだね。
僕の会社を去年ついに潰したんだけど、
8年くらいまえに一度、閉めようか
ということになったんだよ。
それで温泉に行ってスタッフと相談してたら、
なんか元気が出てきてね。東京に帰って、
よし、もうひと頑張りしてみようというので、
それで結局、そのあと7年もったからね。 |
糸井 |
ほおー、そりゃすごい。 |
嵐山 |
だから今、会社で倒産しそうなところが
あるじゃないですか。「もう、やめちゃおうかな」って。
そういうときは田舎の温泉に行くといいね。
元気が出て、またやろうという気になるよ。 |
糸井 |
乱暴な意見だけど、わかる気もします。 |
木暮 |
病気を治すためだったら、ある程度の期間、
1週間とか2週間が必要ですけど、脱ストレスとか、
休養、疲労回復という意味だったら、転地ということで、
1泊だって効果はあるし、温泉には
そういう使い方もあるんです。 |
糸井 |
嵐山さんは、これまですごい数の温泉に
入ってこられたんでしょう? |
嵐山 |
700くらいかな。 |
木暮 |
全部、違うところで700湯というのはすごいですよ。
われわれだって500くらい。
まあ、同じところに何度も行ったりはしますが。 |
糸井 |
地元の伊香保はどうですか? |
木暮 |
好きですね。我田引水じゃないですけど、泉質、あるいは
温泉の歴史、環境だとかを見ても、伊香保はいいですよ。
あれだけ眺望がいいところはそうないでしょう。
それから「温泉都市計画」第1号の土地なんです。
天正3年に武田勝頼が長篠の戦いで織田・徳川の連合軍に
負けたとき、たくさんの傷病兵をどう治療するかというと、
温泉くらいしかない。それで都市計画をやったんですから。 |
糸井 |
僕も伊香保はひいきなんですよ。 |
嵐山 |
ああ、伊香保って、糸井さんの実家の近くじゃない? |
糸井 |
高校時代、前橋の家から自転車で行ったこともあります。
今は榛名湖で釣りをするとき、前日に伊香保泊まり
というパターンですね。
そうそう、来週、仕事で同じ群馬の四方(しま)温泉に
行くんです。 |
木暮 |
四方もいいです。湯量も豊富で。 |
糸井 |
「世(よ)の塵(ちり)洗う四方温泉」。 |
嵐山 |
何、それ? |
糸井 |
「上毛カルタ」の中にそういうのがあるんです。
「鶴舞う形の群馬県」とか、群馬県人は
みんな同じカルタをやって幼少時代を過ごすの。 |
木暮 |
戦後にできたものですね。 |
糸井 |
で、「世の塵〜」はカルタの絵札が
温泉につかってる女性なんです。
子供のときだから、ちょっとヌードがあるというだけで
張り切る。「よ」だけは取りたいって。(笑) |
嵐山 |
「いろは」カルタでしょう。じゃ、「い」は何? |
木暮
糸井 |
「伊香保温泉、日本の名湯〜」。 |
糸井 |
合唱しちゃった(笑)。
このカルタのせいか、短く何かを言うのが
子供のときから癖になってて。
コピーライターが育つ風土がそこにあった。
でも、木暮さんは毎日、温泉に入れていいですね。 |
木暮 |
だけど効能ということで言えば、
伊香保は私にはもうあまり効かないんです。
薬でも同じものをずっと飲んでいると、
1錠で効いたのが2錠になり、次は3錠でしょう。
温泉も長い期間ずっと入り続けていると、
“慣れ”の現象が出てきますから。 |
嵐山 |
それも気の毒だなあ。 |
木暮 |
他の温泉に行かなきゃならない。 |
嵐山 |
そりゃ、よそへ行きたいよね。 |
糸井 |
嵐山さんが言うと、愛人を求めてる感じ、しません?(笑)
それで木暮さんはどういうところに行きますか。 |
木暮 |
私も嵐山さんと同じで山の温泉は好きですね。
一関から入って行く須川温泉なんていいですよ。
最近は変わったらしいけど、男女のお風呂の境が
温泉の噴水で、男湯からチラリズムで女湯が
見えてたりしました。湯量が豊富ということでは、
熊本の黒川温泉もいいかな。 |
嵐山 |
10軒くらいしかない小ちゃいところだけど、
温泉情緒がありますね。温泉情緒といえば、
熱海とか別府とか、一時期よりすたれちゃったでしょう。
それがかえって裏町エレジーがあって、
昔よりいいんですよ。滝田ゆうの世界。 |
糸井 |
嵐山さんにとって、女房にあたる温泉はどこですか。
つまり、愛人じゃないほう。
どうしても他に思いつかなければ、
ついそこに行っちゃうような……。 |
嵐山 |
今いちばんよく行ってるのは、四方温泉のそばにある
沢渡(さわたり)温泉。いつも、まるほん旅館に泊まるの。
湯質がすごくいい。
あと、同じ群馬の川原湯(かわらゆ)温泉とか。
僕は山の湯系だけど、注意しなけりゃいけないのは、
ああいうところには1ヵ月くらい逗留している
主みたいなのがいるからね。
山形の滑川(なめかわ)温泉に行ったときは、
“温泉奉行”のババアがいた。 |
糸井 |
温泉奉行? |
嵐山 |
俺はそう呼んでるの。 |
糸井 |
牢名主みたいなものか。 |
嵐山 |
そこは42、43度で熱いから、俺が水を入れると、
「効かなくなる」って怒るんだよ。
いなくなったのを見はからってうめてると、
窓をガラッとあけて、「うめるなって言ったでしょッ」。
(笑) |
糸井 |
温泉の話は尽きないですね。
今、温泉は老若男女に人気があるけど、
僕は、世の中全体が冷え性になっていることプラス、
正直にそれを言えるようになったことに
カギがあるんじゃないかと思う。 |
嵐山 |
冷え性ね。また、うまいこと言っちゃって(笑)。
たしかに、肉体的にも精神的にも冷え性だ。 |
糸井 |
これまでだと、冷え性であっても、
みんな隠してたというか、言うまでもないこととして
黙っていた思うんです。「足先が寒いね」なんて、
マッチョマンだったら、口にするの恥ずかしいですよね。
それが「俺、冷え性だから」って
正直に言えるようになった。 |
木暮 |
で、あたためたい。 |
糸井 |
そうです。酒なんかでも、冷たくして飲み口を楽しむ
ウイスキーやウオッカといった蒸留酒の
クールな感じじゃなく、日本酒とかワインとか
醸造酒系にいってるじゃないですか。
とろーんとしたあったかさが体の中に入ってくるみたいな。
あれ、冷え性の選ぶ酒ですよ。 |
嵐山 |
気持ちのいいものって、生ぬるいんだよ。
温泉の快楽もそこだね。温泉は日本人の最後の
共同幻想ですよ。冷え性という言葉が出たけど、
日本人は今、最低でしょう。
落とし物を拾っても届けない、人のものは取る。
日本人であることの共同意識みたいなものが
なくなってきてる。それが残されている数少ない場が、
温泉ですね。とくに関東から北に昔からある温泉は
混浴でしょ。男も女もスッポンポンになって一緒に入る。
こんなに、人と人がつながってるって感じること
ないですよ。社長だろうが犯罪者だろうが、
お風呂の中ではみんな平等だし。 |
糸井 |
その平等感が同じようにあるのがディズニーランド。
あそこじゃ、ヤクザも社長もただのお父さんになる。
平たくなりたいというのは、温泉感に近いですね。
肩書や日常の役割をはずしたいという気持ちは、
誰もがもっているでしょう。
それと、他者のハダカを見るというのは、いいことでね。
みんな、プライベートを隠しすぎているから。
醜い人体を見せ合うと、世の中、こんなもんだろうと
視線が定かになります。 |
嵐山 |
うん、人間のハダカは醜い。 |
糸井 |
美しい人体は商品でしかないということがよくわかる。 |
嵐山 |
人間の肉体そのものが退化するようにできてるんだもん。
それをお互いに見せあうと、やっぱり仲良くなります。 |
木暮 |
日本人の温泉の楽しみ方の基本は、変わらないといえば
変わってないですね。湯治に使われることもあり、
東北の出羽三山あたりでお参りして湯田川の温泉に入る
というような、今も精進落としのために入ることも
ありますし、遊興的な面でも使われている。
自分の目的に合った楽しみ方ができるのが、
日本の温泉のいいところです。
温泉だけじゃなく、まわりの自然環境を楽しみながら
散策したり、スポーツするとか、そういう楽しみ方が
加わると、また面白くなりますし。 |
嵐山 |
草津なんか、テルメテルメというところでやってる
温泉エステは、女性にすごい人気ですよね。 |
木暮 |
受け入れる側としては、そういうソフトの部分、
自分の温泉はこういう個性があるという、
そこならではの付加価値を打ち出していければ
と思いますね。 |
糸井 |
ああ、すぐにでも温泉に行きたくなるなあ……。
なんかワイ談に近いものがありますね。
話をしてるうちにそういう気になってきた。
(おわり) |