33の悩み、33の答え。

読者から寄せられた
数百の悩みや疑問から「33」を選びました。
そして、それらの悩みや疑問に、
33人の「はたらく人」が答えてくれました。
6月9日(火)から
毎日ひとりずつ、答えをアップしていきます。

Q003

なやみ

AIって、人間を不要にするの?

(55歳・事務職)

会社がペーパーレスの推進を強化し、一気に仕事がなくなりました。会議の資料をファイリングするという仕事が、主だったからです。紙がなくなり、紙に関連する文具を注文することもなくなり、雑用もなくなり、ただポツンと机の前に座っているだけ。いたたまれなくなり、辞めることに‥‥。この先、人工知能の発達で、ますます人間が不要になりそうです。AIって、人間を不要にするの? 人間にしかできない仕事をやりたいです。

こたえ

人間の仕事は、なくなりません。
われわれのやっていることは、
AIにはできない判断の集合体。
八百屋の野菜の並び替えも、
たぶん機械にはむずかしいです。

こたえた人安宅和人さん(慶應義塾大学環境情報学部教授、ヤフーCSO)

安宅
人間の仕事は、なくなりません。残念ながら。
──
おお、なくなりませんか。
安宅
なくなりませんね。
──
どれくらい本気でそう思っているかは
さておき、
「AIに仕事を取られちゃうからさあ」
みたいな言い方は、
茶飲み話としては
よくあると思うんですが。
安宅
ですよね。

しかし今、開発されている「AI」が
「当面できること」って、
人間の労働の
ほとんど何も、自動化しないんですよ。
──
そうなんですか。

そこには、
大きな誤解があるかもしれませんね。
安宅
もちろん、いろいろ便利になりますけど、
人間の仕事はなくなりません。

情報の仕分けや識別については
完全に自動化されますし、
クルマの自動運転みたいなことも
実現していきますけど。
──
ええ。自動運転というのは、
やっぱり実現されるんですね。
安宅
劇的に楽になります。でも、人間は当面、
乗り続けなきゃならないでしょう。

とくに、
クルマと人間の入り混じっている道が、
むずかしい。
──
それはつまり、
そこらへんのふつうの道のことですね。
安宅
そう。われわれ、東京の路地裏みたいな
狭い道路では、
厳密に言えば「違法行為」をしながら
すれちがってるわけです。

人の家の敷地内に乗り上げたりしながら。
──
あ、なるほど。
AIには「ルールを破らせる」のが
むずかしいと。
安宅
通常はやってはいけないことを、
この場合はやれ‥‥というのは、
AIにしてみたら
めちゃくちゃな命令なんです。
──
なるほど‥‥。
安宅
狭い道でのすれちがいは、
人間の運転だから許されています。
仕方がないねってことで。

あれを機械にやらせたら、
さまざまな点で問題でしょう。
──
仕方がないね、が通用しなくなると。

でも、高速道路では、かなり
自動運転でいけちゃうようになるんですね。
安宅
はい。高速道路は
ほとんど大丈夫になると思います。

でも、それでも
事故や工事で道じゃないところを
走らなければならないという
突発的な事象は生じうる。
──
ええ。
安宅
そのときは、
人間が対応するしか方法がない。

ゆえに、かなり長期に渡って
「運転手」はいなくならないと思います。
──
逆に、AIに任せっきりにできる
分野というのは。
安宅
工場のロボットなどは、
これもトラブル対応を除き
完全に自動化可能ですが、
それはすでに
人間から機械に置き換わってますよね。
──
あ、なるほど。
じゃ、今から心配することではないと。
安宅
そう思います。ルーティン的な仕事は、
だいたい自動化できます。
でも、そういう仕事は、
すでに機械任せになっている。

情報識別系の鬱陶しい作業なんかも
自動化可能ですが、
それは、
そもそも人間に向いてないことを、
人間ががんばってやってるんです。
そういう仕事こそ
機械にやらせるべきだと思います。
──
たとえばそれって、どういう仕事ですか。
安宅
大量の製品の中から、
わずかな不良品を発見する仕事とか、
ミススペルの発見とか。

そんな作業は
まったく人間に向いてないし、
すでに機械に置き換わっていますよ。
──
では、人間にできて、
機械にできないことって‥‥。
安宅
まず、意味や文脈・文章の、
人間世界での常識を踏まえた理解。

世界中の研究者が何十年も取り組んでいますが、
むずかしい。
そう簡単には実現できないと思います。
──
なるほど。
安宅
会議の部屋に誰かが入ってきたら、
その場の空間、位置づけが
変わることがあります。

われわれはその変化に
いちいち対応しているけれども、
同じことを機械ができるとは、
ちょっと思えないです。
──
雰囲気とか空気を読む。むずかしそうです。
安宅
あるいは、今わたしの手の中にある
iPhoneの触りごこち。

これは、製品における重要な情報ですよね。
──
はい。触感の良し悪しが
製品のクオリティに関わるという意味で。
安宅
それって、人間の手じゃないと
感じられないじゃないですか。
──
ああ、そうですね。
安宅
会議での椅子の並べ方にしても、
職場のどこに観葉植物を置くかにしても、
ひとつひとつは
たいしことなさそうな判断が、
じつは、けっこう「たいしたこと」なんです。

われわれのやっていることは、
そういう判断の集合体。
八百屋さんの店頭の
野菜の並び替えみたいなことだって、
たぶん機械には難しいと思いますよ。
──
人間って、
案外むずかしい判断をしてるってことですね。
安宅
そうですね、機械にしてみたら。

だから、人間にしかできない仕事は、
たくさんあるんです。
──
膨大なデータを大量に処理するという、
その「量的な変化」が、
ぼくらの暮らしを
「質的に変える」ということが、
なんだかふしぎなんです。

つまり、すごい量の数字を処理することが、
人間の生活を変えることにつながるって。
安宅
だって、この会議自体も。

(※このとき、安宅さんは移動中。
 iPhone+ZOOMを用いたオンライン取材でした)
──
ああ、そうですね‥‥こんな未来が来るとは、
思ってもみませんでした。
安宅
ただ、質的な変化という意味では、
コンピュータの登場のほうが
本質的だったかもしれないです。
──
あ、そうですか。
安宅
40年くらい前のホワイトカラーって、
かなりの時間を
「計算」に食いつぶされていたんです。

でも、その部分は、
もう完全に自動化してますよね。
──
ええ、たしかに。
安宅
でも、計算仕事は消滅したけど、
ホワイトカラーの仕事って
なくなってないですよね。

計算に割いていた時間を使って、
われわれ人間は、
まったく別の仕事をやりはじめたわけです。
──
計算から開放された余力で、
さまざまなイノベーションがうまれた、と。

農業みたいな分野については、
どうなんでしょう。
安宅
農業こそ、
極限的に自動化が進んできた分野です。
──
なるほど、そうか。
機械による大規模農業。
安宅
現在は、
産業革命前の100分の1以下の労働で、
比較にならないほどの
農作物をつくれるようになっています。

建国当時のアメリカでは
約96パーセントの人が
第1次産業従事者だったと言われていますが、
現代では、わずかに数%以下。
──
はぁ‥‥そうなんですか。
安宅
それだけの人数で、
200年前の何倍もの農業生産や漁業生産が
おこなわれているんです。
──
言われてみれば、AIうんぬんの何十年も前から、
大規模農業の時代でしたものね。
安宅
ですね。今、不定形な
「田んぼのヘリ」の部分を除けば、
人間の手で田植えする人はいないでしょう。

刈り取りも機械。脱穀も機械。
農薬を撒くのも機械。
これ以上、
何が自動化可能なのかという分野なんです。
──
なるほど。
安宅
だから、農業に関して言うと、
もはや
自動化が問題ではない部分をやるんじゃないか
というのが、わたしの見解です。
──
と、おっしゃいますと。
安宅
たとえば、雑草の芽、
成長点だけをチョキチョキ切ってくれる、
ちっちゃいロボットとか。

チョコチョコ動いて
チョキチョキ切ってくれる、
10センチくらいの。
──
こびとのおじさんみたいな(笑)。
安宅
そういうロボットが開発されたら、
突然「農薬フリー栽培」が実現するかもしれない。
──
そこも、AIがカバーできる分野なんですか。
安宅
その「チョキっと君」の実現は、
AIなしには不可能です。

つまり「雑草」を見分けて切るという作業には、
相当高度な識別能力が必要なんです。
──
チョキっと君って、
もう名前までついちゃって(笑)。
おもしろいなあ。
安宅
(笑)。あるいは今、高級な野菜って、
ほぼハウス栽培だと思うんですが、
その内部の湿度・温度管理、日照管理などについては、
すべて自動化できます。

これまでは、人間が天候などの状況を「読んで」
やってきたことだけど、
人間がやるよりも完璧だし、
トラブルシューティング的にも、
われわれの気づかない部分まで管理してくれるので、
収量も上がるでしょう。
──
おお。
安宅
人間には気づかない精度で、
野菜の不調を察知してくれるから、
野菜としても「よりハッピー」になると思う。
──
ハッピーな野菜。いいですね!

では最後に、
安宅さんは「AIのおもしろさ」って、
どういうところにあると思いますか。
安宅
まあ、ぼくの場合は、
AIそのものがおもしろいというよりも。
──
ええ。
安宅
現在のAI技術の中心にある、
深層学習とか
ニューラルネットワークの革新を見ていると、
われわれのように
中枢神経系を持つ動物が
「どのように情報処理をしているか」が
見えてくるように思うんです。
──
AI研究のアナロジーで、
われわれ生命体の秘密がわかってくる?
安宅
そう、人間をはじめとした
「脳を持つ生物」における情報処理の真実が、
見えつつあると思っています。
──
はー‥‥。おもしろいです。
安宅
AIを研究することによって、
われわれ自身が、
われわれ自身のことを、より深く理解していく。

そんなふうに、今、感じているところです。
【2020年3月23日 外苑前←ZOOM→紀尾井町】

このコンテンツは、
ほんとうは‥‥‥‥。

今回の展覧会のメインの展示となる
「33の悩み、33の答え。」
は、「答え」の「エッセンス」を抽出し、
会場(PARCO MUSEUM TOKYO)の
壁や床を埋め尽くすように
展示しようと思っていました。
(画像は、途中段階のデザインです)

照明もちょっと薄暗くして、
33の悩みと答えでいっぱいの森の中を
自由に歩きまわったり、
どっちだろうって
さまよったりしていただいたあと、
最後は、
明るい光に満ちた「森の外」へ出ていく、
そんな空間をつくろうと思ってました。

そして、このページでお読みいただいた
インタビュー全文を、
展覧会の公式図録に掲載しようか‥‥と。
PARCO MUSEUM TOKYOでの開催は
中止とはなりましたが、
展覧会の公式図録は、現在、製作中です。

書籍なので一般の書店にも流通しますが、
ほぼ日ストアでは、
特別なケースに入った「特別版」を
限定受注販売いたします。
8月上旬の出荷で、
ただいま、こちらのページ
ご予約を承っております。

和田ラヂヲ先生による描きおろし
「はたらく4コマ漫画」も収録してます!
どうぞ、おたのしみに。