33の悩み、33の答え。

読者から寄せられた
数百の悩みや疑問から「33」を選びました。
そして、それらの悩みや疑問に、
33人の「はたらく人」が答えてくれました。
6月9日(火)から
毎日ひとりずつ、答えをアップしていきます。

Q004

なやみ

30歳を過ぎたら、伸びしろはないのでしょうか。

(29歳・貿易実務)

この歳(29歳)までOLとしてはたらいてきましたが、クリエイティブな職業に転職しようと思っています。でも、いざ転職を志そうと思うと壁は厚いです。いわゆるフツウの会社員をやってきた人って、ものづくりや物書きの世界(クリエイティブな世界)からすると「使えない」のでしょうか。30歳を過ぎたら、伸びしろはありませんか?

こたえ

陸上って、卓球などとはちがって、
スタートが遅くても「追いつける競技」です。
そして、ほとんどの仕事は、
「卓球的」ではなく「陸上的」だと思います。

こたえた人為末大さん(元陸上選手/Deportare Partners代表)

──
為末さんは、
29歳のときに日本選手権で優勝し、
400メートルハードルの
北京オリンピック代表に選ばれました。
為末
ええ。
──
競技生活を退いた現在は、
文章を書かれたり、講演活動をなさったり、
若い選手を指導されたり、
さまざまなお仕事をされています。

そういったご自身の経験から、
この質問に対して、
何か言えそうことがあったら、
お願いできますでしょうか。
為末
30歳からの伸びしろ、ですよね。
ぜんぜんあると思いますよ。

ただ、スポーツのロジックに当てはめて
言わせていただくなら
「どの部分が伸びるか」は、
年齢によって変わってくると思います。
──
具体的には、どのように、でしょうか。
為末
人間という生きものは、10代を通じて
身長が伸び、
骨格も定まっていきますよね。

すると、特殊な動きが求められる競技‥‥
たとえば
「高速で飛んでくるピンポン球を打ち返す」
ような競技は
「10歳」くらいで、
かなりの部分が決まってしまうんです。
──
つまり「卓球」などは。
為末
ええ、12歳や13歳ではじめても、
追いつかないでしょう。
──
福原愛さんなんて、
保育園くらいの年齢から、
すでに有名でしたもんね。
為末
ですから、なかには「6歳で勝負あり!」
みたいな競技も、たしかにあるんです。

その点、わたしのやっていた陸上競技は、
トレーニング次第では、
スタートが遅くても追いつくことができる。
──
そうなんですか。
為末
その理由は、陸上というのは
「日常動作」に近い運動だからです。

多くの人が、
日々、当たり前のようにやっている動きの
延長上にあるので、比較的、遅くはじめても
伸びていく可能性がある。
──
おお。
為末
18歳からはじめて、
金メダルを獲った人もいるくらいです。
──
それは、勇気の出る話です。
為末
ひるがえって、わたしは現在、
いろいろな仕事を
させていただいているんですが、
ひとつ思うのは‥‥。
──
ええ。
為末
ほとんどの「仕事」というのは
「卓球的」じゃなく
「陸上的」だということ。

ある特殊な技能ではなく、
さまざまな要素の合わせ技、
総合的な力でことに当たるんです。
──
なるほど。
為末
この質問の方も
「ものつくりの職人、もの書き」
になりたいということですから、
どちらも、
そこまで特殊な技術ではないですよね。
──
そうですね。後者に関して言えば、
小説なのか、エッセイなのか、
ノンフィクションなのか、
具体的にはわかりませんが、
「文章を書く」って、
子どものころからやっていることですものね。
為末
そういう意味でも、
まだまだ
伸びしろはあるんじゃないでしょうか。
──
為末さんは、29歳のときに
日本選手権で優勝していますよね。

その時点では、
身体能力としての「ピーク」は‥‥。
為末
過ぎていました。

わたしの場合、身体的なピークは
「25歳、26歳、27歳」
くらいだったと思います。
──
へぇぇ‥‥。
為末
一般的にも、陸上競技の身体能力って
「22歳、23歳」をピークに
下っていくんですけど。
──
え、そんな若くして下っちゃうんですか。
為末
下っちゃいます(笑)。

ただ、その一方で「駆け引き」だとか
「戦略」というものについては、
経験を積めば積むほど、向上していく。
──
なるほど。
為末
つまり、
身体能力が落ちるペースよりも速く
「自分の扱い方」が上手くなっていく選手は、
身体的なピークを過ぎても
強くなっていくことができる。
──
自分の扱い方。
為末
単純に「動作」というものは、
「繰り返す」「何度もやる」ことで、
滑らかになり、
無駄もなくなっていくんです。
──
つまり「回数」が重要。
為末
それが「身体」の「扱い方」ということです。

そして、もうひとつはメンタル面での
「自分の扱い方」。
それは、
言い換えれば、自己を深く認識すること。
──
と言いますと‥‥。
為末
自分は「ピンチから逃げ出してしまうやつ」
なのか、
「危機に直面したときに、
あえて一歩を踏み出すやつ」なのか。

自分という人間は、
どういうときにどんな反応をするのかを、
しっかり把握しておくことが重要なんです。
──
おのれを知ること。
為末
ほぼそれですね。
──
ほぼそれですか。
為末
そこで、ほとんど決まってくると思います。
──
自分は、
ジャッキー・チェンが好きなんです。

唐突ですみませんけれども。
為末
いえ、いえ。
はい、ジャッキー・チェンですか。
──
若いころ、つまり20代前半くらいの
ジャッキー・チェンのカンフーって、
動きは速いし、
みなぎるような筋肉の弾力性もあって、
全身から
はちきれんばかりのエネルギーを感じるんです。
為末
ええ。
──
でも、30歳を過ぎたころのカンフーのほうが、
断然「格好よく見える」んです。

映画で言うと『スパルタンX』とか、
あのあたりなんですが。
為末
へぇ、そうなんですか。
──
若いころのカンフーは、
力任せにバタバタしているようにも
見えてしまう。

30歳を過ぎたジャッキーのカンフーからは、
流れるようなしなやかさや
無駄を削ぎ落とした動きを感じるんです。
まあ、ただのファンの感想なんですが‥‥。
為末
おもしろいですね。

陸上競技の世界では、
身体能力の影響があまりに大きいので、
40代や50代で
試合に勝つことは無理なんですけど、
動きから無駄が落ちて
洗練されていくということは、
あるかもしれないなあ。
──
あの、スポーツの世界では、
よく
「イメージすることが重要」だと
言いますよね。
為末
ええ。
イメージトレーニングのことですね。
──
自分も最近
「イメージする」ことの重要性が
わかるようになってきたんです。

取材をして記事を書くという
日々の仕事の場面でも。
為末
ああ、そうですか。
──
理想とまでは言いませんが、
少なくとも「こうありたい」という状態が
イメージできている場合には、
インタビューにしても、
原稿を書くにしても、
わりとうまくいく気がしているんです。
為末
スポーツにおける
「イメージトレーニング」の効果は、
粒度の細かいそれをやっておくことで
「はじめて出会う状況」をつくらない、
似たような状況に直面しても
冷静でいられるということなんです。
──
いちど「この展開」を
想像していたかどうかって、
かなり大きいですよね。
為末
わたしの場合は、
銅メダルまでは「色つき・音つき」で
イメージできたんです。

まるで「8K」の映像みたいに、
ありありと。
──
おお。
為末
でも、いざ「金メダル」を獲ろうとしたら、
うまくイメージできなかった。

当時フェリックス・サンチェスという
チャンピオンがいたんですけど、
「自分が彼よりも前に走っている姿」を
頭のなかで思い描いても、
まったくリアリティがないんです。
色もないし、音もしていなくて‥‥。
──
「金メダル」が「モノクロ」だった。
為末
結果として、現実の場面でも
金メダルを獲ることはできませんでした。
身体能力の限界を超えた場面は
イメージできないのか、
イメージできないものには
身体が追いついてこないということなのか‥‥
どっちが先なのかはわからないですけど。

で、同じようなことって、
今の仕事でもたしかにあると思います。
──
だいたい見えてる‥‥というやつですね。

あと、よく「フォームが崩れる」って
言う現象にも、興味があるんです。
同じようなことが、
仕事の場面にありそうな気がしていて。
為末
ほう。
──
自分の仕事は、
こうしてインタビューの記事を
まとめることなんですが
「これは読者にウケるはずだ」
と思った記事がそうでもなくて、
逆に「これはツウ好みかなあ」
という記事のアクセスが伸びたりする。

つまり、予想と結果が
ズレるようなことが続く時期があって、
そういうときには、
自分の立ち位置を見直したりしています。
為末
初心に戻って
「そもそも、何だったんだろう」と
確認し続けることは、
陸上競技でも非常に重要ですよ。
──
あ、そうですか。
為末
はい、とっても。
──
自分がやっている
インタビューというのは
「人と人とのコミュニケーション」
なので、年齢や回数を重ねるほど、
スポーツで言う
「なめらかで、無駄のない動き」に
なっていくとは思うんです。
為末
ええ。
──
その反面、
「小中学生がするような、素朴な質問」
のほうが「本質的」だったりもする。

だから、そこのところを、
できるだけ忘れないようにしています。
為末
スタート地点を忘れないことの
重要性ですね。
スポーツでも、同じだなあ。

たとえば「伸び悩んでしまう選手」には、
大きく2パターンあるんです。
つまり「本質を見失ってしまう」場合と、
「変われなくなってしまう」場合。
──
はー‥‥。
為末
後者の「変われなくなってしまう」
というのは、
文字通り
「自分が変われなくなること」で、
わりとシンプルなんですが。
──
ええ。
為末
前者の「本質が見えなくなる」というのは、
陸上で言えば、次のようなことです。

つまり、オリンピックで勝つために
ウエイトトレーニングをするんだけれども、
そのうちに「筋肉をつけること」ばかりに
夢中になってしまい、
それが
「速く走る」ことと関係あるかどうかが
スッポリ抜けてきちゃうんです。
手段の目的化って、よく言うんですけど。
──
それは、ありそうですね。

自分の身体が日に日に変化していくのって、
きっとおもしろいでしょうし。
為末
そこで「速く走るために」という
「本質」を見失わない選手は、
やはり成長にブレーキはかからない。

そういう選手って、決まってものごとを
シンプルに捉えているんです。
──
シンプル。
為末
「ようするに、胴体をゴールまで
人より速く運ぶ競技だよね」
とか
「相手のゴールに球を入れる競技だよね」
とか。
──
はー‥‥。
為末
本質を見失わず、
シンプルに捉えられる選手は、
大きな目的と、
そこへ達するための手段とが、
ズレにくい気がします。
──
なるほど。
為末
本質から目を逸らしてはならない‥‥
ということ。

それが、
陸上から学んだ大きな点だと思っています。
【2020年3月2日 渋谷にて】

このコンテンツは、
ほんとうは‥‥‥‥。

今回の展覧会のメインの展示となる
「33の悩み、33の答え。」
は、「答え」の「エッセンス」を抽出し、
会場(PARCO MUSEUM TOKYO)の
壁や床を埋め尽くすように
展示しようと思っていました。
(画像は、途中段階のデザインです)

照明もちょっと薄暗くして、
33の悩みと答えでいっぱいの森の中を
自由に歩きまわったり、
どっちだろうって
さまよったりしていただいたあと、
最後は、
明るい光に満ちた「森の外」へ出ていく、
そんな空間をつくろうと思ってました。

そして、このページでお読みいただいた
インタビュー全文を、
展覧会の公式図録に掲載しようか‥‥と。
PARCO MUSEUM TOKYOでの開催は
中止とはなりましたが、
展覧会の公式図録は、現在、製作中です。

書籍なので一般の書店にも流通しますが、
ほぼ日ストアでは、
特別なケースに入った「特別版」を
限定受注販売いたします。
8月上旬の出荷で、
ただいま、こちらのページ
ご予約を承っております。

和田ラヂヲ先生による描きおろし
「はたらく4コマ漫画」も収録してます!
どうぞ、おたのしみに。