33の悩み、33の答え。

読者から寄せられた
数百の悩みや疑問から「33」を選びました。
そして、それらの悩みや疑問に、
33人の「はたらく人」が答えてくれました。
6月9日(火)から
毎日ひとりずつ、答えをアップしていきます。

Q026

なやみ

どこまでを「叱る」というのでしょうか。

(32歳・会社員)

1社目では、叱られることを前向きに受け止めていました。でも、転職先では「叱られ方」が合わず、再転職活動中です。叱られているというよりも、心をぶたれているような感覚になってしまうのです。自分は「好き嫌い」を含めたら「叱る」じゃなくなると思うのですが、それを「叱る」とする人もいます。人を「叱る」というのは、どういうことなのでしょうか。

こたえ

感情的になったら、叱りません。
相手との間に信頼があって、
相手の成長につながると思えたときに
「冷静に叱る」ことはあります。

こたえた人鴻上尚史さん(演出家)

鴻上
ああ、叱る。なるほどね。
──
舞台や演劇の稽古の場って、
厳しいところなんだろうなというイメージが
あるんです。

灰皿が飛んでくる……みたいな。
鴻上
それは、
蜷川(幸雄)さんの「伝説」ですよね(笑)。

ぼくが演出家として気をつけていることは
「感情的になったときは、叱らない」です。
──
あ、つまり
「怒ったときほど、叱らない」んですか。
鴻上
そう。
「感情的になったときには、叱ってはいけない」
と思っています。

もう、40年くらい演出家をやってますから、
昔は、ぼくに「ボロクソに叱られた」って人も
いると思うんだけど、
いや若かったので、申し訳ない。
今の自分のルールとしては
「怒ったときほど、叱らない」ですね。
──
その理由を教えてください。
鴻上
感情的になっている状態では、
自分の「言葉」をコントロールできなくなって
しまうからです。
単に腹立たしいのを発散して終わっちゃう
おそれがある。

だから「きついことを言って叱る」、
そういう場面があるとしたら、
それは
「相手が成長したり、伸びたりする」ために有効だと
思えるときだけでしょうね。
──
それくらい理性的な判断ができるときにだけ、叱る。
鴻上
重要なのは、
そこに「信頼」があるかどうかだと思います。

ぼくも若いころ、どんなに叱られても
「この人と自分はつながってるんだ」
と思えた場合には、
理不尽に感じるということはなかったので。
──
信頼していない人から怒鳴られたりしたら、
それは、ちょっと厳しいですよね。

相談者の方も、
今、そういう状態なのかもしれないです。
鴻上
ぼくは、第三舞台という劇団を
22歳のときにつくったんですが、
初期のメンバーには
「いまだに、鴻上に怒鳴られている夢を見る」
とか言われるんですね(笑)。
──
おお(笑)。
鴻上
まあ、当時は若かったし、
よく大きな声で怒鳴っていたと思います。
でも、総勢10人足らずのメンバーが、
みんな「この劇団で天下をとるんだ」と
思っていたから、
その関係が成立していたんだろうと思います。

自分たちで言うのもなんだけど、
たがいの信頼関係は、とても強いものがあったから。
──
なるほど。
鴻上
逆に言えば、信頼関係がなければ
崩壊していたと思いますよ。

実際に、そんなことでダメになってしまう劇団なんて、
星の数ほどあると思いますし。
──
そうなんでしょうね。
鴻上
まあ、昔は演出家が新人を厳しく叱った場合、
先輩の役者がフォローに回ってくれたりしたんです。

酒の席に誘ったりして
「あの人は、期待しているやつほど怒鳴るんだ」
みたいなことを言ってね。
そうやって、全体が成り立っていたところはあります。
──
共同体の、ある種の自己修復機能みたいな。
鴻上
でも今は、そのへんの考え方も変わってきてますし、
もう「厳しく叱る」ということ自体、
たいして有効な手立てじゃなくなってきてると思います。
──
そういう時代に、
鴻上さんが何かを伝えたいと思った場合、
どういう方法をとっているんですか。
鴻上
ぼくは
「どうして、そうしてほしいのか」ということを
伝えようとしています。

つまり「叱る」場合って、どうしても
「どうして、そうしてはいけないのか」という話に
なっちゃいがちじゃないですか。
──
なるほど。さらに「感情的」になっていたら、
言い方も「ただの一方的な禁止」に
なってしまいそうですね。
鴻上
だから、そうじゃなくて
「どうして、そうしてほしいのか」を、
わかってもらおうとつとめています。

相手も
「どうして、こんなことを言われているのか」
わかったほうが
「納得感」があるんじゃないかな。
若いころの自分も、そうだったんで。
──
納得感。必要ですね、叱られたときには、とくに。
鴻上
自分のために言ってくれているのか、
機嫌が悪くてストレスを発散したいだけなのか。

それは、言われている側には、
簡単にわかりますもんね。
──
はい、そう思います。
鴻上
逆に言えば、
冷静に、きちんと、論理的に叱ってくれるなら、
素直に受け入れられるんだと思います。

「俺のために言ってくれているんだな」
ということが伝わるし、
「ありがたいな」と思えるでしょうね。
──
鴻上さんが、誰かに叱られて
「ありがたい」と思ったエピソードって、
何かありますか。
鴻上
そうですね、どうだろうなあ。

……ああ、昔ラジオの
「オールナイトニッポン」をやっていたときにね。
──
あ、はい。
鴻上
当時は、まだ24か25くらいだったんですけど、
当時のディレクターさんに言われたことがありまして。
──
ええ。
鴻上
その人に楽しんでもらおうと思って、
あるとき、誰かの悪口みたいなことを、
打ち合わせのときに、
おかしげにしゃべったことがあるんです。

そしたらすぐに
「鴻上、俺は、こういう話を
おまえの口から聞きたくないから」って。
──
そうなんですか。

ラジオ、しかも深夜帯の打ち合わせだったら、
わりとゆるされそうな感じもしますけど。
鴻上
でも、そのときは
「誰かの悪口なんか、言わないでほしい」って。

それは、
今思うと、ありがたかったなあって思います。
──
どうしてですか。
鴻上
結局、本気じゃなくて
「軽口気分」だったんですよ。覚悟のない、適当な。
「こんなこと言えば、
スタッフはよろこんでくれるかな」くらいの。

そうやって中途半端に何か言っても、
それは建設的な批判でもなんでもなくて、
本当に「ただの悪口」にすぎない。
その場では、笑いをとれるかもしれないけど。
──
ええ。
鴻上
のちのち、嫌な気持ちしか残らないんです。

だから、あのときの忠告は、
本当にありがたかったなあって思います。
──
あの、冒頭にもちょっと触れましたが、
劇団の稽古の現場の「よくあるイメージ」として
「灰皿が飛んで来る」
みたいなのが、あるじゃないですか。
鴻上
ええ。蜷川さんのね(笑)。
──
そうすることの理由が、あったってことですよね、
つまり。
鴻上
そのことについては、
以前ご本人に聞いたことがあります。

蜷川さんも、ぼくたちと同じように、
仲間を集めて芝居をはじめた人なんです。
そこには
「みんなでいいものをつくろう」という、
無条件の熱があるものなんです。
──
いわゆる「小劇場」の演劇には。なるほど。
鴻上
でも、あるときに、その蜷川さんが
「商業演劇」に呼ばれた。

それまでの仲間たちからは
非難轟々だったらしいけど。
──
ああ、そうなんですか。
鴻上
たしか、演目はシェイクスピアの
「ロミオとジュリエット」だったんですが、
乱闘シーンの立稽古のときに、
群衆役の役者たちが
サンダルとかスリッパだったそうなんです。

あるいは、
サングラスをかけたままだったりとか。
──
つまり「ケンカ」できないような格好だったと。
鴻上
14世紀のイタリアで、そんなケンカがあるかって。

つまり「本番でちゃんとやりゃあいいんでしょ」
みたいな態度が見え見えだったらしいんです。
そのことにたいして、蜷川さんは
「ポーズ」も含めて「怒った」んです。

灰皿を投げつけたとか伝説のように語られますけど、
ご本人は、かなり「冷静」だったと思いますよ。
──
なるほど。高校時代は野球部だったんで
「当たらないように投げた」みたいなことを、
どこかでおっしゃってもいた気がします。
鴻上
だから「冷静に、戦略的に、怒鳴る」のなら、
ありかもしれませんね。
──
柄本佑さんにインタビューさせていただいたとき、
弟の柄本時生さんとの「ふたり芝居」を、
お父さまの柄本明さんが演出されたときのことが
話に出まして。
鴻上
ありましたね。
──
なんでも、柄本明さんも昔は
「怒鳴っていた」らしいんですが、
今は、そうでもないと。

で、怒鳴るときは「戦略的に、あえて」
怒鳴っているみたいだと、おっしゃっていました。
鴻上
あたまは冷静なんでしょう。

「このへんで喝を入れておこうか」みたいな
理性でやっている。
まあ、ぼくはもう怒鳴りませんが。
──
ご質問の方の具体的なシチュエーションは
わからないのですが、
「叱られる」というよりは
「心をぶたれる」と感じてしまっている時点で……。
鴻上
まったく「ダメな叱り方」でしょうね。
ただただ、感情に任せて怒っているだけ。

やっぱり「相手に成長してほしい」とか
「変わってほしい」という気持ちと戦略がなければ、
なんら生産的じゃないと思います。
──
叱る方にしても、気持ちを入れて「叱る」のって、
エネルギーが必要でしょうし。
鴻上
大変ですよ。
「ここは、ちゃんと叱っておくか」なんて思ったら、
ひと仕事です。

気持ちも疲れるし、
精神のバランスも崩れそうになるし。
こっちだって、
できれば叱りたくなんかないわけだから(笑)。
──
そう思うと「きちんと叱ってもらえた」という経験は、
あらためて、ありがたいことですね。
鴻上
そうですね。
やはり、今ぼくに「叱る理由」があるとしたら、
それは、仕事に対する態度に勘違いがあったり、
仕事を「舐めて」しまっていたりするときかな。

そういうときは、怒鳴りはしませんが、
苦言を提することはあるかもしれません。
──
あ、演技の技術的なことではなくて。
鴻上
そうですね。ぼくは、どっちかっていうと、
こちらの言うとおりに芝居してもらっても、
あんまりおもしろいと思えない演出家なんです。

表現したいのはこういうことだと伝えたら、
あとは、自分のあたまで考えて動いてほしいんです。
──
スポーツの世界でも、
そういうタイプの監督さん、いそうですね。
鴻上
うん、厳しく管理するんじゃなく、
相手を信頼して任せるというか。

結果として、こちらの予想をはるかにこえて
「いい芝居」をしてもらえたら、
それこそ演出家冥利に尽きると思っているので。
──
じゃあ、叱ることがあるとすれば
「演技以前の問題」が多い。
鴻上
ある意味「技術論」になったら、
そこに「絶対的に正しい答え」はないでしょう。

でも、仕事に対する姿勢については
「こうしたほうがいい」というアドバイスは
あると思います。
──
なるほど。
鴻上
だからこそ、そこを指摘するときには
「たがいの信頼関係」が
前提なんだろうなと思います。
【2020年3月27日 新宿区高田馬場にて】

このコンテンツは、
ほんとうは‥‥‥‥。

今回の展覧会のメインの展示となる
「33の悩み、33の答え。」
は、「答え」の「エッセンス」を抽出し、
会場(PARCO MUSEUM TOKYO)の
壁や床を埋め尽くすように
展示しようと思っていました。
(画像は、途中段階のデザインです)

照明もちょっと薄暗くして、
33の悩みと答えでいっぱいの森の中を
自由に歩きまわったり、
どっちだろうって
さまよったりしていただいたあと、
最後は、
明るい光に満ちた「森の外」へ出ていく、
そんな空間をつくろうと思ってました。

そして、このページでお読みいただいた
インタビュー全文を、
展覧会の公式図録に掲載しようか‥‥と。
PARCO MUSEUM TOKYOでの開催は
中止とはなりましたが、
展覧会の公式図録は、現在、製作中です。

書籍なので一般の書店にも流通しますが、
ほぼ日ストアでは、
特別なケースに入った「特別版」を
限定受注販売いたします。
8月上旬の出荷で、
ただいま、こちらのページ
ご予約を承っております。

和田ラヂヲ先生による描きおろし
「はたらく4コマ漫画」も収録してます!
どうぞ、おたのしみに。