- 松岡
- 初めまして。
- 厚志
- 初めまして、と言ってもいいのかな。
- 松岡
- 僕たちはもともと同じ人間ですが、
ふたりにわかれて対談するのは初めてでしょう。 - 厚志
- それもそうですね。今日はよろしくお願いします。
- 松岡
- さて、今回のテーマは「わたしの好きなもの」。
「ほぼ日の塾」塾生に課されたお題その2です。
これは楽勝でしょう。
好きなものなんていっぱいありますし、
ちょいちょいっと書けちゃうんじゃないですか。 - 厚志
- それが、そうでもなくて。
むずかしいですよ、このテーマは。 - 松岡
- 自分が好きだなあと思うものを挙げて、
好きな理由をそのまま書けばいいじゃないですか。 - 厚志
- それほど簡単な話には思えないんですよ、ぼくは。
だって、自分の好きなものについて普段から
「ここが好きだなあ」って意識してますか? - 松岡
- それはあなたと同一人物だから言えますけれど、
してませんね。 - 厚志
- でしょう。
たとえばぼくたちはスイカがめっぽう好きですが、
「なんで?」と訊かれても答えに困ります。
ただ「美味しいから」とか、その程度でしょう。
好きなものはただ好きなだけで、
理由らしい理由はとくになくて。 - 松岡
- 「ほどよく甘くて、みずみずしいから」
「どれだけ食べても太らないから」
「夏を感じさせてくれるから」 - 厚志
- 強いて挙げればね。
でも、それって本当に正しいのかなあ。
「だからスイカが好きなんです」と結びつけるには
ちょっと自分のなかで説得力に欠ける気がする。
言葉が足りないというか、足りすぎてるというか。
- 松岡
- たしかに、ちょっと嘘っぽいですね。
- 厚志
- むしろ嫌いなものの方が、理由は明らかかもしれない。
「だから嫌いなんだ」とあとに言葉が続くなら、
どんな理由でも腑に落ちる。 - 松岡
- うん、ちょっと分かる。
- 厚志
- たとえばぼくたちはお芋が苦手だけど、
理由は結構はっきりしていて、
口のなかがもさもさするから。
口のなかがお芋で100パーセントになるのが
どうも苦手なんですよね、味はともかく。 - 松岡
- そうそう。だからポテトサラダみたいに、
お芋以外にキュウリやニンジンとかが混じっていると
口のなかがお芋100パーセントにならないから、
意外と大丈夫だったりする。
あと、フライドポテトなんかもオッケー。
揚げてあるから、もさもさしない。 - 厚志
- でも大丈夫だからといって、好きとはまたちがう。
言うほど好きかと問われたら「そうでもないかな」。 - 松岡
- 難しいね(笑)。
- 厚志
- だからこれ、やっぱり難しいテーマなんです。
「わたしの好きなもの」って。
理由をきちんと語れるほど好きで、
それでいて理由が嘘っぽくないものを探すのは
簡単なようで、案外むずかしい。
好きの理由をつけた途端、自分に嘘をついてる気がして。 - 松岡
- ああ。
- 厚志
- 友達に「なんでAちゃんが好きなの?」って訊かれて、
「ポニーテールだからかな」って答えるとするでしょう。
でも、ほんとにポニーテールが理由なのかと。
それってもともとAちゃんが好きで、
たまたまポニーテールが似合ってたってだけで、
たとえショートカットだったとしても
Aちゃんのこと好きでしょう。
丸坊主だったらわからないけど(笑)。 - 松岡
- 単なる髪型ですもんね。
たしかに「ポニーテールだから好き」の図式は怪しい。
単純なイコールで結びつけるのは抵抗があります。
正確にいえば
「好きだし、ポニーテールのAちゃんはもっと好き」。 - 厚志
- ポニーテールの前にAちゃんを好きな理由がある。
でもそれは言外のものかもしれない。
もっと無意識に、好きの理由があるんでしょうね。
ほかの誰でもないAちゃんだけに惹かれる理由が。 - 松岡
- それは大きなヒントですね。
好きの理由を言葉にすると怪しいし陳腐化もするけど、
だからといって理由がないわけじゃない。
きちんと掘り下げてみれば、きっと見つかるはずで。
Aちゃんみたいに好きなもの、ほかにないですか? - 厚志
- Aちゃんは仮の人物だけどね。
- 松岡
- こう、我を失うほど好きというか、
三度の飯よりそれが好きというか、
それがなくなってしまったら困るくらいに好きなもの。 - 厚志
- ・・・サッカーかなあ。
- 松岡
- ああ。
- 厚志
- うん、サッカーは好きですね。
とくに日本代表の試合は欠かさず観ています。
たとえ親善試合でも、試合がある日は
手帳にかならず印をつけてありますね。 - 松岡
- その日、その時間に仕事が重ならないように。
- 厚志
- どうしても、どうしても
リアルタイムで観られないときは録画で観ます。
ただしインターネットを完全に遮断して、
事前に結果を知るのを徹底的に避けますね。
電車の中でその試合のことを話している人がいたら
耳をふさぐか、すぐに車両を乗りかえます。 - 松岡
- たとえ録画でも、結果を知らない状態で
ドキドキしながら観戦したいからね。 - 厚志
- 電車内はとくにトラップが多いんですよ。
車内に設置されたディスプレイから
「日本2-0で勝利」なんてニュースが飛び込んできて、
あわてて目をそらすけど万事休す、みたいな。 - 松岡
- ははは。
- 厚志
- あと、ちょうど日本代表の試合をやってる時間に
のんきに電車に乗ったりお買い物している人を見ると
「いま試合やってるよ? だいじょうぶ?」
って心配で肩を叩きたくなる。 - 松岡
- みんながみんなサッカー好きじゃないから(笑)。
- 厚志
- 自分で言うのもなんですが、
日本代表のこととなると我を失うことがあるんです。 - 松岡
- ああ、ありましたね、コートジボワール戦。
- 厚志
- ん?
- 松岡
- ほら、2014年のワールドカップ・ブラジル大会。
日本代表が初戦でコートジボワールと対戦したでしょう。 - 厚志
- ええ。
- 松岡
- 本田圭佑選手が前半16分に先制ゴールをあげたとき、
あなた歓喜のあまり叫びましたよね、
「日本の夜明けじゃー!」って。
部屋のカーテンをシャーッと開けながら、
窓の外に向かって大きな声で。
- 厚志
- 言ってないよ(笑)。
- 松岡
- いや、たしかに言いました。
それこそ我を失っていた証拠です。
自分を見失って、記憶に残らないほど
無我夢中だったんですよ。 - 厚志
- そうだったっけなあ。
- 松岡
- あの試合は日本時間で朝10時のキックオフだったんです。
で、ちょうどテレビに日が差して
画面が見えにくくなる時間帯で、
部屋のカーテンを閉めたまま観戦していた。 - 厚志
- あー、ちょっと思い出してきた(笑)。
- 松岡
- 日本代表は2002年のワールドカップ日韓大会で
みごとベスト16に入ったものの、
チームが円熟期を迎えた2006年ドイツ大会では
期待とは裏腹にグループリーグで惨敗した。 - 厚志
- うん。
- 松岡
- で、次の2010年南アフリカ大会では
世間のあきらめムードに反してふたたびベスト16入り。
ぼくたちは「ベスト16の次」が大事だと思っていて、
しかもワールドカップは初戦に勝つことがかなり重要で、
だから本田選手の先制ゴールに日本代表の未来を感じた。
「今度こそベスト16以上の歴史を刻めるかも」って。 - 厚志
- それが「日本の夜明けじゃー!」。
完全に記憶がよみがえりました。 - 松岡
- そんなおかしな叫び声を
人目もはばからずにあげる時点で、
やっぱりどうかしてるというか、
大好きなんですよ、サッカーが。 - 厚志
- 正しくは「サッカー日本代表が」でしょうね。
サッカー以上に、サッカー日本代表が好き。
- 松岡
- 見つかりましたね、わたしの好きなもの。
でも、なんでそんなに好きなんでしょうね。 - 厚志
- 自分でもよくわからないんですよね。
- 松岡
- じゃあ、ぼくたちの過去にもぐって
ひも解いていきましょうか。
(つづきます)