- 松岡
- そもそもサッカーやってたんでしたっけ。
- 厚志
- やってたとも言えますし、やってないとも言えます。
- 松岡
- どういうことでしょう?
- 厚志
- ぼくは中学生のころ、バレーボールをやっていたんです。
でもちょうどJリーグが開幕して、
それまで無関心だったサッカーに魅せられちゃって、
すっかり心を奪われたんですね。 - 松岡
- それでサッカー部に入り直したと。
- 厚志
- いえ、バレー部ではキャプテンをやってましたから、
顧問の先生に転部を受け入れてもらえませんでした。
今にして思うと、これもどうかしてますね。
船長が乗組員を残して船を乗りかえるみたいなもので。 - 松岡
- サイテーです。
- 厚志
- でも、どうしてもサッカーはやりたかったので、
部活を終えたサッカー部の友達をかつぎだして、
友達の家のちかくのグラウンドで毎晩教わってました。
それこそパスやドリブルといった基礎的なところから。 - 松岡
- たしか週末の早朝も。
- 厚志
- はい。
そのグラウンドのすぐ横に馬がいる牧場があって、
「馬がびっくりするから静かにやってくれ」と
馬上の方に叱られたことがあります。
あまりに早朝だったもので。 - 松岡
- 釜本さんが来られたグラウンドですよね。
- 厚志
- そうそう、そうです。
1968年メキシコ五輪で得点王になった、
いまだに破られていない日本代表の得点記録をもつ
伝説の名プレイヤー、釜本邦茂さん。
サッカー教室に来てくれたんですよね。
もちろんぼくも参加しました。
- 松岡
- そういう意味では、サッカー経験者といえるでしょうか。
でもサッカー部に入っていたわけではないし、
経歴として数えるには弱いですね。
その理屈でいえば、温泉卓球も卓球歴になる。 - 厚志
- だから高校生になって、サッカー部に入ったんですよ。
バレーボールの選手としては背が小さくて見込みがないし、
今度こそサッカーを本格的にやろうかと。 - 松岡
- じゃあ、晴れてサッカー経験者だ。
- 厚志
- それが、そうでもなくて。
- 松岡
- えっ?
- 厚志
- ろくにボールを蹴ってないんです。
入ってから知ったのですが、
そこのサッカー部は部員が100人以上いて、
しかもスポーツ推薦で入学してきた
県下有数のサッカーエリートがたくさんいたんですね。 - 松岡
- でもボールを蹴ることはできたでしょう。
- 厚志
- いえ、なにせ部員数が多いので、
コートに入ってボールを扱えるのは
スポーツ推薦組を筆頭に、
サッカーのうまい人たちからなんです。
で、ぼくのような下から数えた方が早いレベルのものは
レギュラー組の練習が終わるまで
グラウンドのまわりをひたすら陸上部と走る。 - 松岡
- ほとんど陸上部じゃないですか(笑)。
- 厚志
- で、ようやくボールに触れる時間になると
あたりは陽が落ちてまっくらになっていて、
家が遠かったぼくは電車で帰らなきゃいけない(笑)。
- 松岡
- 地元から離れた他県の高校でしたもんね。
- 厚志
- しかも他の部員は授業が6時間目で終わるのに、
ぼくのクラスは7時間目まであって、
いつも部活に行ける時間が遅くなる。
みんなはとっくに練習を始めてるのに。
完全に不可抗力なんですけど、
どうしても他の部員には遅刻に映る。 - 松岡
- それでもチームのレギュラークラスなら
遅れて参加しても歓迎されるでしょうけれど。 - 厚志
- なにせ友達にサッカーを教えてもらっただけの、
言うなれば初心者同然ですからね。
いつも遅れてくるくせに、しかも下手くそで、
ボールに触れる時間もないから
うまい人とは実力差がひらくばかりで。 - 松岡
- なんでそんなサッカー部に入ったんですか。
- 厚志
- 初めから入るって決めてたんでしょうね。
そこがどういうところか調べもせずに。 - 松岡
- むかしから周りの見えない人だ。
- 厚志
- でもね、結局一年で退部するわけですけど、
わずか一年でも入ってよかったですよ。
同じ一年生に、びっくりするくらいに
サッカーがうまい人たちがいたんです。
バク宙でオーバーヘッドキックをしたり、
いとも簡単にドライブシュートを打ったり。
ドライブシュート、わかります? - 松岡
- わかりますよ、ぼくも同じあなたですから。
ゴールの上をはるかに飛び越えるかと思いきや、
するどい縦回転がかかったボールが
うつくしい弧を描いて落ちてくる、
キーパー泣かせの必殺シュートですよね。
- 厚志
- 100点満点の回答ありがとうございます。
そんなテクニックを目の当たりにするなんて、
ほとんど漫画『キャプテン翼』の世界で、
思わずため息が漏れました。
あれを生で見られただけでもよかった。 - 松岡
- 漫画で見るのと、実際に見るのとでは
全然インパクトが違いますもんね。 - 厚志
- 実際、彼らは県予選を勝ち抜いて全国大会に出場しました。
やっぱり県で一番サッカーがうまい人たちだった。 - 松岡
- そこからプロになって、日本代表になってたりして?
あ、だから日本代表が好きなんですね。 - 厚志
- いえ、そんな甘い話じゃないんです。
日本代表どころか、サッカーのプロになるのって、
きっと世の中が想像している以上に狭き門なんですよ。 - 松岡
- その話、くわしく訊きたいです。
(つづきます)