- 厚志
- ただ勝つことを義務づけられて推薦入学してきた
サッカーエリートが集うわが校サッカー部。
ぼくから見れば反則のような人たちばかり。
でも全国高校サッカー選手権では初戦敗退でした。
しかも0-6と、コテンパンにやられた。 - 松岡
- 相手は静岡県代表でしたね。
- 厚志
- そう。
今でこそJリーグの発展にともなって
レベルの地域差はなくなってきましたが、
当時の静岡といえば、まだまだ一目置かれる存在。
他県からしたらブラジルと対戦するような心境ですよ。
静岡県内には全国レベルの強豪校がひしめいていて、
全国大会で優勝するより静岡県大会で優勝する方が難しい
とまで言われていました。 - 松岡
- 実際、その大会で静岡は全国制覇を果たした。
- 厚志
- 優勝するのもうなずける、
圧倒的な実力差がありましたね。
なんというか、赤子の手をひねる感じというか。
なんでそんなプレーが試合中に、
しかも全国大会の初戦で可能なの。
同じ高校生なんだから、ちょっとくらい緊張しなよと、
ぼくはテレビを見ながら呆気に取られていました。 - 松岡
- テレビでね(笑)。
- 厚志
- ぼくが言いたいのは、そんな全国制覇を果たした
反則の上の反則をいくレベルの人たちでさえ、
ほとんどはプロになれなかったってことです。
- 松岡
- そうなんですか。
- 厚志
- 今はJリーグのクラブの下部組織でもまれた若い世代が
そのままプロになるケースも多いですが、
高校サッカーの全国大会で活躍できても
プロとして通用するかどうかはまた別の話なんです。
全国大会で優勝してもプロになれるわけではないし、
もっと言えば、プロになっても活躍できるとは限らない。 - 松岡
- 高校時代の同級生はどうなんですか。
- 厚志
- ぼくの知る限り、ひとりはプロになったみたいです。
チームのエースでした。
でも彼でさえJリーグの一番上のクラスに当たる
「J1」ではプレーできずに現役を引退しました。 - 松岡
- プロになれただけでも、すごいことですけどね。
- 厚志
- これはニュースで知ったことですが、
彼がある有名な選手とチームメイトだったとき、
練習中に「あいつ使えないから代えて」と
記者の前で暴言を吐かれたらしいんですよ。 - 松岡
- えー、ひどい。
- 厚志
- 相手はそういうことを言いそうな熱いキャラで有名で、
おそらく頭に血がのぼっていたんでしょう(笑)。
真偽はともかく、まるで漫画の世界だと
ぼくがため息を漏らしたくらいに上手な彼が、
ところ変われば下手くそ呼ばわりされるなんて、
どれだけ厳しい世界なんだと思いましたよね。
- 松岡
- もしかしてJリーガーって、
めちゃくちゃサッカーがうまいんですか。 - 厚志
- 当たり前ですよ!
世間的には名前を知られていない選手でも、
素人と草サッカーをしているのを見ただけで
すぐにサインがほしくなるレベルです。
プロのなかにももちろん実力差はありますが、
基本的にはみなサッカーが抜群にうまい。
それも呆気にとられるほどに。 - 松岡
- テレビでは分かりづらいですけどね。
- 厚志
- まさに!
Jリーグの試合を観ていると、
うまい人たち同士でぶつかり合ってるわけだから、
テレビのこちら側には彼らのうまさが伝わりにくいんです。 - 松岡
- なるほど、絶対的なうまさはもちろんあるけど、
やっぱり実力というのは相対的なものですもんね。
うまくない人がいるから、うまさが際立つわけで、
みながみな上手だったら素人目には見分けがつかない。 - 厚志
- プロになれる人は、本当にひと握りなんです。
そのうまさに対価を払っていいと認められた、
きわめて狭い門をくぐることのできた精鋭たち。
そして、そんなJリーガーの誰もが憧れながら、
そのほとんどが袖を通すことが許されないのが
日本代表の青いユニフォーム。
望んでも、望んでも、ようやくプロになれても、
それでもまず選ばれないのが日本代表なんです。
- 松岡
- ははあ。
- 厚志
- そんな日本代表が試合でミスしたらみんな、
「この、へたくそー!」って叫ぶでしょう。 - 松岡
- ぼくもあなたも叫びます。
- 厚志
- もう、とんでもないですよ。
「プロだからできて当たり前」だとか
「日本代表だから勝って当たり前」だとか、
ぼくの口からはとても言えない。
だって彼らは、サッカーピラミッドの頂点だから。
中学、高校、大学、プロとピラミッドを駆け上がり、
下に転がり落ちていく敗者たちを尻目に
頂点までのぼりつめた人たちなんだから。
ぼくの根底にはリスペクトがありますよ。
選ばれしものたちへの、心からの敬意が。 - 松岡
- でも言いますけどね、「へたくそー!」って。
- 厚志
- そこはまあ、試合中は熱くなってますから。
- 松岡
- 我を失ってるなあ(笑)。
(つづきます)