もくじ
第1回「何もしなければ」近い将来なくなってしまうことば 2016-06-02-Thu
第2回日本語のこと 2016-06-02-Thu
第3回与那国語のこと 2016-06-02-Thu

立命館大学の研究員です。琉球のことばの研究をしています。
課題2が、すがすがしいほどのできなさだったので、課題3では、仲間のことばを借りて、お届けします。

私の好きなもの、人間言語の研究

担当・山田真寛

近い将来「何もしなければ」消滅してしまう言語が
日本に8つあると、ユネスコは報告しています。
このうちの6つが数えられている琉球諸語が
話されている地域で、島の人たちと一緒に
言語の復興のための取り組みをしています。

言語の多様性の保存とか、言語が支える文化の保存とか、
島の人たちのアイデンティティのためとか、
いろいろ理由はありますが、
やっぱり僕は、言語のことが知りたいから、
今、消滅言語と言われていることばが、
復興するための研究をしています。

こんなにわからないことだらけの言語が、
もうすぐなくなってしまうかもしれないなら、
なんとか消滅の危機を脱してもらって、
もっとその言語のことが知りたい。
わからないことを少しずつわかることに変えていく、
言語に関する、そういう営みのお話です。

第1回 「何もしなければ」近い将来なくなってしまうことば

言語の理論

僕は人間言語の研究をしています。
脳に障害がなくて、典型的な環境で育った子どもは、
少なくとも一つの言語を獲得する能力を持っています。
言語に関する知識は、
例えば「自転車の乗り方」の知識とは全然違います。
自転車に乗れない人はたくさんいますが、
脳に障害がなくて、大人がしゃべることば聞いて育つ
人間の子どもは、「言語を獲得しない」
という選択肢がありません。

第一言語の獲得は、
他の認知能力の発達とくらべて、とても速いです。
大人が第二言語を学習するときのように、
文法規則をがんばって暗記したり、
パズルを解いたりする能力がなさそうなときから、
言語を獲得していってしまいます。
そして、大人が第二言語を学習するときのように、
否定証拠(これは間違いという証拠)も必要としません。

これらのことから、人間は生まれながらに、
言語を獲得する能力を持っているとされています。
この能力によって身に付ける言語の知識をまとめて、
規則の体系としての言語理論、つまり文法、
と呼んで、これを作る研究をしてきました。

琉球のことば

ずっと言語の理論を作る研究をしてきましたが、
最近は知らない言語が話されているフィールドに出て、
文法書を書いたり、辞書を作ったりしています。
特に、鹿児島県の奄美大島から沖縄県の与那国島までの、
琉球諸島で話されている、琉球諸語の研究をしています。

日本最西端の与那国島で話されていることばは、
こんな感じのことばです。
織物をされているおばあさんが、自分の折った布で
孫の卒業式や成人式に、振袖を作ってあげる話です。

…全然わからないですね。
この動画はフィールドワーク一年目、
その終わり頃に撮りましたが、
僕も聞いている間はほとんどわかりませんでした。

与那国語を含む琉球諸語は、日本語と同じく、
日琉祖語という大昔日本で話されていたことばが起源です。
琉球に渡った人たちと、日本本土中央の人たちとの交流が
途絶え、それぞれ独自に変化した結果、
現在ではお互いに通じないことばになりました。

与那国語は長年の歴史的な変化の結果、
特に動詞の活用が複雑になりました。
活用とは、「食べる」「食べない」「食べた」…のように、
「食べる」の意味を含んだ語が、「否定」とか「過去」とか
他の意味と合わさった表現になるときに、
かたちが変わることを言います。
2年くらいのフィールドワークで、与那国語の動詞活用が
「どうなっているか」はわかりました。
でも「どうしてそうなっているか」は謎が多いです。
別の言い方をすると、こんなに複雑な活用のしくみを、
幼い子どもがどうして獲得できたのか、が謎です。

琉球諸語は消滅危機言語と言われています。
だいたい60代以上の人たちが日常的に話す母語話者、
20代以下の子どもたちは日本語モノリンガル、
その間の世代は、聞けばわかるけど流暢には話しません。
言語の世代間継承が途絶えているので、
今の母語話者がみんな亡くなってしまったときに、
言語も消滅してしまいます。

もし与那国語が復興していって、これから生まれる子どもが
昔のように与那国語も母語として獲得するようになれば、
彼らの言語獲得の過程を観察することで、
今はまだ「謎」の部分が、わかる可能性があります。
言語の「謎」がどうして謎なのか、お話しさせてください。

次回は日本語共通語の動詞活用についてお話しします。
三回目で与那国語の動詞活用のについて、
僕がフィールドワークをしながらわかったことをお話しします。
言語が「どうなっているか」がわかるまでのプロセスを、
一緒に体験してください。
そして、「どうしてそうなっているか」が謎!
というところまで伝わってほしいです。
僕はこの、わからないことがわかるプロセスと、
それでもやっぱりわかんない!の繰り返しが、
好きなんです、たぶん。

第2回 日本語のこと