さて、いきなりカロリーの高い
エッセイを読ませてしまい、
途中でページを閉じられてしまっていないか
心配であります。
知らないものについて初対面で熱く語られると、
少し疲れてしまいますよね。すみません。
ここからは少しトーンを落として、
焦点を絞りながら書かせていただきます。
学び舎としてのラジオ。
「ラジオなんかきいてんのかよ~」
よく友達に言われる言葉だ。
悪気はないし、軽い気持ちで言っているのだろうが、
好きなものを否定されるとやっぱりちょっと寂しい。
僕はなぜラジオを聴くのだろうか。
いや、面白いから聴いているのだけど、
ラジオの何が面白いのだろうか。
何が面白いのか考えてみて浮かんだのは、
まずパーソナリティーさんの各々のモノの
見方、考え方、感じ方が面白いんだろうということだ。
取り上げられるのは同じ一つのニュースであっても、
番組ごと、パーソナリティーさん毎に、
独自の視点と言葉遣いで思いを述べてくれる。
芸人さんであればそれらを、笑いを混ぜつつ述べてくれる。
そしてそういう、
一つの事柄、あるいはリスナーからのお便りに対して
一人の答えだけでない、色々な人の
様々な考えが聴けるから面白い。
だから聴いているのかなと思った。
大きな芸能ニュースなんかが出たときは
○○さんはラジオでなんて言うかな、
と気になってしまったりする。
前にも述べたが、そうやって物事を
多方面から見ていく事の面白さをラジオから
学べたのかなと思っている。
そして思うのは、
ラジオとは学校のようなものなのではないだろうか。
番組は教室であり、パーソナリティーは先生。
リスナーは生徒だ。
生徒の僕は、おいしいラーメン屋や良い映画の話、
まだ人生で経験していないことを先生に教えてもらいたい。
面白い人の視点を、価値判断の基準を教えてもらいたい。
そういう姿勢で僕はラジオを聴いているのかなと思う。
ラジオはいろいろなことを教えてくれる。
本物の学校では教えてくれないような面白いことを、
沢山。
と書いては見たものの、お笑いラジオを
教室と例えるのはやっぱり広すぎるのかな。
「男子校の部室」とよく言われているが、
やはりこれが一番しっくりくる。
パーソナリティーも先生ではなくて
「ちょっとワルで面白い先輩たち」かな。
裏の裏。
ラジオというマスメディアは面白い。
マスメディアと言われておきながら、
40人のクラスであっても40人が聴いている
わけでは無い。
僕の高校のクラスでもたったの2人だけしか
ラジオを聴く友達はいなかった。
(大きい声を出せないリスナーの特性上、
おそらくもう2人くらいは潜んでいそうだが。)
そんな裏のメディア、
日陰のメディアであるラジオにも作り手がいる。
パーソナリティーを支えるスタッフ陣だ。
この世の中、どんな仕事にも陰で黒子として働き、
縁の下の力持ちとして支えている存在は必ずいる。
ラジオの制作現場で言うと
プロデューサーさん、ディレクターさん、
ミキサーさん、放送作家さんといった具合だろうか。
そんなスタッフさんもまた、番組の一部なのだ。
彼らの存在感、ちょっとした相槌や笑い。
番組ごとに違う個性的なジングル。
発言にエコーをかけたり、効果音を入れるタイミング。
ネタメールの選別や順番の采配。
トークのオチを読んでCMに行くタイミングの絶妙さ。
これらはすべてスタッフさんの「技」であり、
ラジオを構成する面白い部分である。
彼ら抜きに番組は成り立たないし、
彼らの技によって番組の面白さはグっと増す。
いやぁ、かっこいい。
また、そんなスタッフさんたちは実は
リスナーからの人気が高かったりもする。
番組について友達と話すときはスタッフさんの
名前もよく出てきたりする。
一つの番組をずっと聴いていると、
パーソナリティーさんとの距離が近いためよく
名前が出されたり、スタッフさんをネタにしたトークや
コーナーまでもが作られたりすることもある。
たまにマイクを通して放送に参加されたりもする。
そうこうしているうちに、いつの間にか制作チームの
スタッフ陣の名前を覚えてしまうのは
ラジオあるあるの一つだろう。
もはやちょっとした有名人なのだ。
いやぁ、かっくいい。
チームにとって欠かせないの仕事にも、
目を向けてみればちゃんと面白味が見えてくるし、
ラジオのスタッフさんたちは僕にとって
いつまでも憧れの存在なのである。
いやぁ、ラジオはどこを切り取っても面白いなぁ。