- 糸井
- 浅生さんの飼っていた
犬の話をしましょう。
- 浅生
- 犬はね、もう思い出すと悲しいんですよね。
- 糸井
- ときには、そういうのを混ぜないとさ。
浅生さんのおうちでは犬を飼ってらっしゃったんですよね。
- 浅生
- かつて、神戸に住んでいたときに。
柴とチャウチャウのミックスという、
どう見ていいのかわからない、
かわいい、かわいい犬がいたんです。
ぼくが中学のときか高校の始めぐらいに
うちにやってきて、ずっと面倒みてたんですけど、
ぼくが東京に出てきて、しばらくしたときに‥‥。
- 糸井
- 神戸の震災に遭ったんですね。
- 浅生
- それがきっかけで両親も東京に出てきて、
そのとき犬は連れてこれないので、
神戸においてきて。
うちの母が、エサとか水とかを用意するために、
週に何回か東京と神戸を行ったり来たりしてたんです。
- 糸井
- 半野生みたいな。
- 浅生
- みたいな感じ。
実家は、庭が山につながってるような場所なので、
もともとそこで放し飼いにしていて、
子犬のときから半野生的な感じはあったんですね。
山に向かって「ご飯だよー」って呼ぶと、
山の向こうから「ワウワウ!」って言いながら、
ガサガサっと現れるっていう。
- 糸井
- 前に地図を見せてもらったけど、
たしかにとんでもないような場所に実家がありましたね。
- 浅生
- 「山」ですよね。
- 糸井
- 神戸っていうと、おしゃれタウンを想像しますけど、
「山」ですよね、ずいぶん。
- 浅生
- 神戸市って、面積的には、
北のわりと広い範囲が山だったりするので。
- 糸井
- まあ、そういうところに犬がいた。
- 浅生
- で、結局、ある日犬は‥‥、
年老いて17歳18歳になって‥‥。
- 糸井
- あ、そんなになってたの?
- 浅生
- そう。結構な歳だったんです。
- 糸井
- お母さんが半分ぐらいずつ
行ったり来たりしてる時期っていうのは、
何年ぐらい続いたんですか?
- 浅生
- 何年ぐらいだろう。6年とかだと思うんですけどね。
- 糸井
- そんなに、そういう暮らししてたの。
- 浅生
- ええ。
それで、最終的には犬が
戻ってこなかったんですね、山から。
ぼくも神戸帰るたびに、大声で呼ぶと
犬が山の中から現れてたんですけど、
それがついに現れなくなったんですよ。
ってことは、普通に考えると歳とってたし、
山の中で亡くなったんだろうなと思うんです。
- 糸井
- うん、うん。
- 浅生
- でも、亡くなった姿を、見てないので‥‥。
やっぱり、見てないと、
亡くなったって信じきれない感じがどうもあって。
ほんとは、山の中でまだ
生きているんじゃないかっていう思いと、
淋しかっただろうな、
ほんとに悪いことしたなっていう思いがあるんです。
犬としてはもちろん山の中は楽しかっただろうけど、
時々家に戻ってきたときに誰もいないっていう
状態にしてしまったので。
- 糸井
- 「彼女は彼女で、悠々自適だ」っていうふうに
思ってたけど、それはそうとは限らなかったなと。
- 浅生
- そうなんです。
ほんとに淋しかったんじゃないかなと思って、
無理してでも東京に連れてくれば良かった。
走り回れはしないけど、
少なくとも誰か人といるっていう、
そういうことはできたかなと思うと、後悔が‥‥。
- 糸井
- 今まで、浅生さんの犬のその話は、
「山と家の間を行ったり来たりしてた犬が、
ある日呼んだら来なかった、
だからまだ走ってるんですよ」っていう、
小説じみたおもしろい話として語られてたけど、
ちゃんと時間軸をとると、切ない話ですね。
- 浅生
- 切ないんです。
- 糸井
- 聞くんじゃなかったっていうほど悲しいですね。
- 浅生
- 悲しいんです、もう。
- 糸井
- 案外リアリズムっていうのは悲しいですよね。
- 浅生
- だから、そういうところでぼくは
嘘をついちゃうわけですよね。
悲しいところを、常に削って
おもしろいとこだけを提示してるので。
突きつけていくと、いろいろとあれあれ?
みたいなことがいっぱい出てきちゃうんですよね。
- 糸井
- そうだね。
だから浅生さんは、インタビューとか
されちゃダメなのかもしれないね、
もしかしたらね。
- 浅生
- だから、隠れて生きてたっていう、
そこに立ち戻るんですけど。
- 糸井
- でも、人ってそういうところがありますよね。
もう2段階ぐらい深くまで聞くと、
言いたくないことにぶち当たるっていうか。
- 浅生
- 人を2段階掘ると、その人が思ってなかったこととかが
出てきちゃうじゃないですか。
そこがおもしろくもあり怖くもあり、
あんまりそこ聞いちゃうと、
この人の本当のことを聞いてしまうっていう‥‥。
他人の本当のこと、ぼくどうでもいいというか、
背負いきれないというか。
- 糸井
- どうでもいいというか、
背負いきれないというか‥‥。
それって、水面下の話にしておきましょうっていう
約束事が、お互いが生きてくときのために
あるような気がしますね。
- 浅生
- 特に今、みんなが持ってる箱を
無理やり開けようとする人たちがいると思うんです。
その箱は開けちゃいけないよねっていう箱を、
どうも勝手に来て、無理やり奪いとって勝手に開けて
中身出して「ホラ」ってやる、
そういう人たちがたくさんいる。
実は開けられる側も、開けてみたら
大したことはなかったりするんですけど、
それでも本人にとってはそれが大事な箱だったりするので。
- 糸井
- この間ぼくも書いたことなんだけど、
自分から言う「底の底の話」はいいんだけど、
人が「底の底にこんなものがありましたよ」って
いうのは、嫌だよね。
引き出しの中からヨゴレたパンツが出てきて、
自分から「なにこのヨゴレは〜」って言って
笑いをとるとかだったらいいけど、
人が探して「このパンツなに!」って言うとかね。
- 浅生
- いましたよね。勝手に人のカバンの中を探って
「こいつ、こんなもの持ってきてる」ってやる人。
- 糸井
- いたんですか?
- 浅生
- いましたね、そういう子。
- 糸井
- 学校に?
- 浅生
- いましたね。
- 糸井
- そういう時代があったんですか。
- 浅生
- ぼくじゃないんですけど、
ちょうど校内暴力時代に育ったので。
- 糸井
- 俺、それ知らないんですよね。
聞くと、ものすごく西部劇の中の、
ならず者みたいな人たちがいるらしいですね。
- 浅生
- ぼくは、うまく立ち回るタイプでした(笑)。
そのときから、目立たないように、生きていましたね。
(つづきます)