浅生鴨さんを少しだけ知る、
ヒントのようなもの
第5回 表現しないと、生きていけない
- 糸井
- 浅生さん、小説は頼まれて書いてるんだよね。
- 浅生
- そうですね。
頼まれなかったら、たぶんやってないでしょうね。
自分からやることって、たぶんほとんどないので。
何ですかね、この受注体質な・・・。
- 糸井
- 入り口は受注だけど、そのあとは無駄に頼まれてないのにやってることっていっぱいあるように見えるんだよね、むしろ過剰に。入り口を利用して。
- 浅生
- 頼まれた相手に、ちゃんと応えたいっていうのが過剰なことになっていくような気はするんですよ10頼まれたら、頼まれた通りの10を納品して終わりだとちょっと気が済まなくて、12ぐらい、16ぐらい返したいなっていう。やりたいことはほとんどなくて、ただ期待に応えたいっていうこと。
- 糸井
- うん。でも本当に何にも無いと、自分で先立って行動するって難しいと思うんだよね。だから頼まれると自分のやりたいことがワーッと、その機に乗じて持ってこられるような感じ。
- 浅生
- そうなのかなぁ。
- 糸井
- ご自分のところの、あんな変な公式ホームページとか。誰もそんな発注してないと思うし。
- 浅生
- あれも「話題になるホームページってどうやったらいいですか」っていう相談をされて、「じゃあお見せしますよ」って言って、やった感じなんですよ。こういうことです。
- 糸井
- 見事ですね。あの感じ。そういうの、自分とも共通してるところを感じるんだよなあ。
『アグニオン』で作家として。
これは、浅生さんとしては今までで一番表面に立ってるんではないかなという気がしますけど。ね。
- 浅生
- そうですね。
- 糸井
- 日本で一番、買ったけど読んでないっていうことを申し訳なさそうに告白する人の多い本。
ぼくは2冊持ってます。これから読みます。(笑)
- 浅生
- 女川でもそういう人に会いました。読みました、じゃなくて「持ってます」っていう。何ですか、この現象。
- 糸井
- だからそれは、作者に対する親しみが強くて、リスペクトもあるよね。
- 浅生
- ほんとに、普段本を全然読んだことのないようなタイプの人が「買いました!」って。申し訳なくてなんか‥‥。
- 糸井
- 書くなよ(笑)!
- 浅生
- でも、発注されたからしょうがない‥‥。

- 糸井
- 細かく発注の段階を言うと、どっからはじまったんですかね?
- 浅生
- 一番最初は2012年かな。そのころ、NHK_PRでのツイッターが炎上して、始末書を書いたりするようなことがあって、ちょっと落ち込んでたんです。
そんなときに、新潮社の編集者がやって来て、「何でもいいから、何かちょっと書いてもらえませんか」って。
- 糸井
- そこが不思議ですね。
- 浅生
- 最初に新潮の『yom yom』っていう雑誌を読んで、「何が足りないと思いますか」って言われたんで、「若い男の子向けのSFとかは、今この中にないよね」みたいな話をしていたら、「じゃ、なんかそれっぽいものを‥‥」。
- 糸井
- えっ。そんなことだったの? ひどい。
- 浅生
- とりあえず10枚ぐらい書いてみたら、SFの原型みたいなのになってて。それを編集者が読んで「これおもしろいから、ちゃんと物語にして連載しましょう」って言われて。
だから1番最初は「何でもいいから10枚ぐらい書いてくださいよ」でした。
- 糸井
- もともと、SFはお好きだった?
- 浅生
- 嫌いではないですけど、そんなマニアではないです。
- 糸井
- でもだいぶハードなSF好きの人が書いたように見えるよね。
いっぱい、読んではいるでしょ。
- 浅生
- いっぱい、読んではいます。
- 糸井
- この人ね、そのへんがずるいのよ。日本の古い映画とか、海外ドラマのシリーズものとかもいっぱい観てるのよ。
- 浅生
- この小説に関してはほんとに何でもいい、ということでワッと書いたら、物語の軸になる「最後の少年」っていうのがポツッと最初に出てきたんですよね。
- 糸井
- 終わったときはさ、作家としての新しい喜びみたいな感情はあったの?
- 浅生
- 「終わった」っていう。
何だろう、マラソンを最後までちゃんと走れたっていう感じ。
達成感というか、「よかった」っていうか。自分で走ろうと思って走り出したマラソンではなくて、誰かにエントリーされて走るわけだし。
- 糸井
- 誰かが「代わりに走ってくれ」って言ったみたいだね。
浅生さんの場合は今までやってきたことが見えてるから、手をあげなくてもあげたみたいになっちゃってるよね。
このあとに例えば‥‥、また違うの書いてるだろうけど。
小津安二郎『秋刀魚の味』みたいなもので、少年が読んでおもしろいの書いてください、とかね。
- 浅生
- 今、ちょっとそういう感じの準備を始めてます。
- 糸井
- 全然違う方向にね、振りたくなりますよね。
- 浅生
- はい。ぼくが何かを書くと、必ずいつもどこかに妙なものが混じるんですけど、そういう作風の準備も始めてます。
糸井さんは小説を書いたときは、自分からですか。
- 糸井
- ぼくは嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で、もう本当に嫌でしょうがなかった。
- 浅生
- 頼まれて?
- 糸井
- 新潮社(笑)

- 浅生
- やっぱり。
- 糸井
- で、あれ1本。二度と書かない。
浅生さんは? 浅生さんはまた頼まれたら書く?
- 浅生
- 多分嫌いじゃないんです。
- 糸井
- ああ、そうですね。
だから、観るのがそんなに好きだっていう人なんだから、ぼくとは違いますよ。
ぼくはめんどくさいもん。
- 浅生
- めんどくさいんです。間違いなく。
- 糸井
- めんどくさいの種類が違う。
ぼくのめんどくさいは、もうほんとにめんどくさいから。
- 浅生
- ぼくのめんどくさいだって負けてませんよ。
糸井さん、18年間毎日原稿書いてますよね。
ぼく毎日書いてないですもん。
- 糸井
- 毎日のほうが楽なんだよ、かえって。アリバイができるから。毎日やってるっていう。
日曜もやってる蕎麦屋がまずくてもね、しょうがないよねってなるじゃない。
努力賞が欲しいね、ぼく。
- 浅生
- 毎日やってるという。
- 糸井
- うん。努力賞で稼ぐ。
- 浅生
- やっぱりめんどくさいですよね。
- 糸井
- いや、でもね、書くのが嫌いな人にはできないですよ、うん。
- 浅生
- 『アグニオン』が辛かったのは、自分で始末しなきゃいけないこと。
- 糸井
- 当たり前じゃん。
- 浅生
- 連載だったので。
それこそ1話とか2話に、とりあえずこの先どうなるかわかんないわけです。
自分でもどんな話になるかわからないので。
いろいろ伏線を仕込むから、回収してかなきゃいけなくて。
- 糸井
- まったくわかってなかった?
- 浅生
- まったくわかってなかった。
ざっくり何となく決めてたんですけど、2話の途中ぐらいから話変わってきてて。
- 糸井
- 『おそ松くん』とかを連載で読んだ経験のあるぼくには、そういうのって全然気にすることないよって思うね。
だって、おそ松くんが主人公の、六つ子の物語を書いたはずなのに、チビ太とかデカパンとかの話になっちゃってる。
- 浅生
- これも元々そうで、実は1回原稿用紙で500枚ぐらい書いたんですよ。
書いて、最後の最後にそれまでの物語をある意味解決するための舞台回しとして、1人キャラクターが出てきて、それが最後しめていく。
だけどそれを読んだ編集が「このキャラがいいね。この人主人公にもう1回書きませんか」って言われて。
だからその500枚は全部捨てて、もう1回ゼロから書き直したっていう。

- 糸井
- めんどくさがりなわりには。
でも、ぼく読んでないんですよね。その間、他にいろんな本読みましたけど。
- 浅生
- SFですか?
- 糸井
- SF読んでた時期もあるんだけどね、でもぼくが読んだのSFじゃなくて、フレデリック・ブラウンとか‥‥『火星人ゴーホーム』、『タイタンの妖女』とか。
ああいうの大好きなんだ。これ(アグニオン)とちょっと‥‥。
- 浅生
- 毛色が。
- 糸井
- ちょっとアニメな感じがする、現代の少年用の。
ぼくは時代が違っててさ、苦しいのよ。もう『アグニオン』だけで苦しいもん。
それ、「タイトルなの?」みたいな。
もっとなんか「神々の黄昏」とかさ。そういうのにしてよ、みたいな。
- 浅生
- 何だかわかんないタイトルにしたかったんです、もう。
- 糸井
- わからなくしたいんだね。
ペンネームも明らかに本名じゃない人が書いてるし、何だかわからないものにする癖がとにかくついてるんですね。
- 浅生
- ああ、そうですね。ああ、そうかもしれない。
- 糸井
- 一生何だかわからないんでしょう。
俺がこのインタビューを「おもしろいね人選は。でも難しいよ」って言ったのはそれよ。
それはこれなんだよ。ややこしいの。
- 浅生
- 真摯に答えてます。
- 糸井
- (笑)
- 浅生
- でも、真摯に答えてます。
- 糸井
- その通りです。
無理やりだけど、一旦まとめに・・・
表現しなくて一生を送ることだってできたじゃないですか。
でも、表現しない人生は考えられないでしょ、やっぱり。
- 浅生
- そうですね。
- 糸井
- 受注なのに。
- 浅生
- そうなんです。それが困ったもんで。
そこが多分一番の矛盾。
- 糸井
- 矛盾ですよね。「何にも書くことないんですよ」とか「言いたいことないです」「仕事もしたくないです」。
だけど、何かを表現してないと‥‥。
- 浅生
- 生きてられないです。
- 糸井
- 生きてられない。
- 浅生
- でも、受注しない限りはやらないっていうね。ひどいですね。
- 糸井
- だから「受注があったら、ぼくは表現する欲が満たされるから、多いに好きでやりますよ、めんどくさいけど」。
これはでも、自分と似てるところなんじゃないかなぁという気がしますね。
- 浅生
- かこつけてるんですかね。何かに。
- 糸井
- うん。そうねぇ。何かを変えたい欲じゃないですよね。
- 浅生
- うん。変えたいわけではないです。
- 糸井
- 表したい欲ですよね。
表したい欲って、裏表になってるのが「じっと見たい欲」ですよね。
多分表現したいってことは、「よーく見たい」とか「もっと知りたい」とか「えっ、今の動きいいな」とか、そういうことでしょう?
- 浅生
- 画家の目が欲しいんですよ。あの人たちって、違うものを見るじゃないですか。画家の目はきっとあるとおもしろいなって。
- 糸井
- いや、すごいですよ、ほんと、画家の目ってね。違うものが見えてるんですからね。
これはどうでしょうねぇ。臨終の言葉を、浅生さんなら何と。
今ほら、受注しましたよ。自分の死ぬときの言葉。
- 浅生
- はい。死ぬときですよね。
以前死にかけたときは、「死にたくない」って思った、すごく死にたくなかったんですよ。
今もし急に死ぬとして‥‥
「仕方ないかな」。
- 糸井
- (笑)
これで終わりにしましょう。いいですね。

- 浅生
- 「仕方ないかな」っていうので終わる気がしますね。
- 糸井
- ぼくの予定している臨終の言葉、「人間は死ぬ」とあまり変わらないような気がしますけど。
ありがとうございました。
- 浅生
- ありがとうございました。