僕は、神戸の出身だ。
子どもの頃の僕にとって
東京というのはテレビの中にだけある場所だった。
グルメ番組が紹介するのは、都内某所の人気店。
ドラマの舞台は、ガラス張りのビルが並ぶオフィス街。
東京には有名人がたくさんいるな。
なんだかきらきらした場所だな。
それくらいにしか思っていなかった。
それが、ある時期から
僕にとって東京は急に特別な場所になる。
中学3年生の頃だ。
その頃、僕は小説を書いては
いろんな出版社のコンテストに応募していた。
小説家に、なりたかったのだ。
原稿をA4の紙に印刷して茶封筒に入れ、
黒マジックで出版社の宛先を書く。
どれも、郵便番号が1で始まる都内の住所だった。
近所の友達に出す年賀状には書いたことのない
「東京都○○区」を手書きする、この新鮮さ!
「自分の書いたこの原稿が
テレビでしか見たことのない
あの東京の街に届くんだ」
そう思った瞬間、
画面の向こうにあったあの遠い街へ
自分の手が届こうとしてるんじゃないかと
急にどきどきが込み上げてきた。
それはわくわくするような、
それでいて空恐ろしいような、
不思議などきどきだった。
高まる緊張感から、毎回封筒を郵送する時は
絶対ポストに入れず、
郵便局の人に手渡しする
自分なりの儀式があった。
そんなことをしていた折に
ちょうど、東京へ家族で旅行をする機会がやってきた。
中央本線を走る新宿行きの特急に乗ると
まず驚くのは、
車窓にビルが並びはじめても、
列車は一向に新宿に着かないということだ。
どれだけ広い街なんだろう、と思った。
この街の広さは、空から見ると決定的だった。
新宿に着いて
高層ビルの展望階から窓の外を覗くと、
なんと、地平線まで街が続いているのだ!
僕は、持っていたデジカメで
夢中になって写真を撮った。
夕暮れ時で、外は薄暗かった。
街のあちこちに、ぽつぽつと灯りが増えていく。
あの、数え切れない灯り1つ1つの下に、
誰かが暮らしている!
そうだとしたら、
この景色の中に、
いったいどれだけの数の人が暮らしてるんだろう!
そのことを考えると、頭がくらくらした。
自分の地元よりもうんと大きな街が
テレビの中でなく、こうやって本当にあるということ。
そしてそこに、数え切れない
大勢の人が暮らしているということ。
僕が小説を書くのが好きなのは、
原稿用紙の中で
自分が会ったことのない人たちと会ったり
見たことのない世界に触れたり
できるからだった。
中学生の時代なら誰にでも有りがちな
「学校に行って帰ってくるだけの日々なんてつまらない」
「もっと刺激が欲しいのに」
という気持ちが、自分を紙に向かわせていた。
それが、どうだ!
東京にはまだ出会ったことのない人がたくさんいるらしい。
どうやら、もっともっと広い世界があるらしい。
その人たちに、自分は会ってみたい。
もっと、広い世界を見てみたい。
その気持ちは高校生になっても変わらず、
高校2年の冬、
東京の大学に進むことを僕は決めたのだった。
(つづきます)