もくじ
第1回東京に行こうって、決めた。 2016-11-08-Tue
第2回スポットライトのあたるあの場所で。 2016-11-08-Tue
第3回東京の色んな顔を知りたい。 2016-11-08-Tue
第4回待ってろよ、東京。 2016-11-08-Tue

神戸生まれの26歳。普段は科学関係の記事を書く仕事をしています。学生時代と社会人のはじめを東京で過ごしました。2016年10月から大阪在住。

私の好きなもの</br>東京、第2のふるさと。

私の好きなもの
東京、第2のふるさと。

担当・みかんいぬ

第2回 スポットライトのあたるあの場所で。

無事、東京の大学に入った僕は
知らない街で慣れない1人暮らしを始める。
「東京はな、横断歩道で肩がぶつかると
 ごっつう睨まれんねんで!」
地元の友達に言われた冗談が怖くて、
渋谷のスクランブル交差点をはじめて1人で渡る時は
ちょっと覚悟が必要だったっけ。

地元で思い描いた夢の東京暮らしと
現実はかけ離れていた。
引っ込み思案な僕は周囲の友人らに
なかなか心を開けず
和気あいあいとした大学の雰囲気の中で
自分1人が取り残されていくようだった。
勇気を出して取ったドイツ語の授業は
前学期からの受講生たちの仲が良すぎて
仲間に入れずに
途中で行くのを止めてしまった。
知らない人と出会いたい、だなんて
一体どの口が言ったのか!

いくつかサークルにも入った。
大学生のうちに自分で学習塾を立ち上げた、
という先輩がいたり
みんなをとりまとめるのがうまい同期がいたり
すごいなあ、と思う人たちがごろごろいた。
僕は、何もできずにじっと見ているばかりだ。
それはちょうど客席から、
スポットライトのあたる舞台に立つ、
役者たちを見ているようだった。

気晴らしに渋谷へ1人で出かけても、
通りを行く人たちはみな早足で、
何かの事情に忙しいらしい。
誰もが、自分のことで精一杯なように見えた。
東京は賑やかな表舞台で、
自分の立つ場所はないのかもしれないな。
そんなことを、誰に愚痴を言うでもなく
1人ぽつりと思った。

それが変わり始めたのは、
東京で暮らしはじめて3ヶ月が経った頃だ。
4月に入った合唱団の先輩から
「ミュージカルの舞台に立たないか」
と誘われた。
合唱団が年に一度の演奏会で披露する、
創作ミュージカルだ。

自分で小説を書くのは好きだけど
それを演じるとなると話は別。
間違いもごまかしもきかない舞台の上なんて
絶対に無理!!

…と思っていたのに、
なぜか当時の自分は引き受けた。
今振り返ってみれば
ここで踏み出さないと、って
切羽詰まった思いのようなものも
あったかもしれない。

さて、
物は試しとは言ったもので、
やってみると、これがやればやるほど楽しかった!
今まで文章を書くことでしか表現できなかったことが
声色や表情、
細かな身振り手振りに乗って、
相手に直接伝わっていく。
舞台の上には、
やり直しがきかないからこその
ぴりぴりとした良い緊張感があった。

年末の演奏会が終わる頃には、
僕はすっかり周囲の人たちの中に
とけ込んでいた。
1年前は何も、誰も知らなかった街で
自分がたくさんの人の網の中に
ちゃんと織り込まれていた。

照れくさいけど
じんわりした嬉しさが、あった。

昔テレビや雑誌の中でしか見たことの無かった
新宿のアルタ前や、渋谷のハチ公の近くで
待ち合わせて友達とどこかへ出かける時の
ちょっと得意げな気持ち。
東京に来て1年近くが経ち、
「この街が自分の生きていく舞台なんだ」と
ようやく僕は思えるようになったんだ。

(つづきます)

第3回 東京の色んな顔を知りたい。