もくじ
第1回東京に行こうって、決めた。 2016-11-08-Tue
第2回スポットライトのあたるあの場所で。 2016-11-08-Tue
第3回東京の色んな顔を知りたい。 2016-11-08-Tue
第4回待ってろよ、東京。 2016-11-08-Tue

神戸生まれの26歳。普段は科学関係の記事を書く仕事をしています。学生時代と社会人のはじめを東京で過ごしました。2016年10月から大阪在住。

私の好きなもの</br>東京、第2のふるさと。

私の好きなもの
東京、第2のふるさと。

担当・みかんいぬ

第3回 東京の色んな顔を知りたい。

東京にいる時間は、すぐに
2年、3年と過ぎていった。
街になじんでくると
1つの街角に立つだけで
いくつもの種類の景色が
見えてくるようになる。

たとえば、渋谷のスクランブル交差点。
上京してすぐは、人が多くて怖い場所に見えた。
それが、1年後には友達と来る楽しい場所になる。
さらに少しあとには、
好きな子に告白をして振られ、
切ない場所になったりもした。

たくさんの時間を過ごした分、
街のあちこちに、
いくつもの記憶が重なっていく。
それはちょうど、
街の景色を見るための自分だけの眼鏡が
心の中の引き出しに増えていくようなものだ。

時にはそういう眼鏡の本数を増やしたくて
普段は行かない東京の知らない場所に
わざと出かけてみたりもした。
もっとも、そういうことをする時は
大抵1人で行くことが多かったけど。

大学の3年や4年の頃、
授業の合間や週末を使って
僕は随分色んな場所へ出かけた。
地下鉄に乗らずに地上を何駅ぶんも歩いてみたり。
終電後や夜明けすぐの時間に
神楽坂や霞ヶ関界隈をうろうろしてみたり。
三鷹や立川にも自転車で出かけた。

そうして自分の足で見て回ると
大学生の自分が笑ったり泣いたりしている
日常の外側にも
知らない大勢の人たちの日常が
この街にはひしめいているのだと分かった。
ずんずん歩いていくと
知らない街角の居酒屋の前で
常連らしきおじさんたちの笑う声を聞いたり
住宅街の路地に漂う
おいしいカレーの香りに遭遇したりした。

子どもの頃にテレビで見た「東京らしい」場所は
実は東京のほんの一部に過ぎなかった。
お金持ちでも有名人でもない
普通の人たちが暮らす生活の場が
山手線の内側にもたくさんある。

町名が1つ変わると町の雰囲気もがらりと変わる。
賑やかな表通りから少し裏の路地にそれるだけで
昔ながらの商店街や
はたまたあやしげな夜の町が、現れたりする。
住宅地の中のちっぽけな坂道から
新宿の高層ビル群が突然、見えたりもした。
日常と非日常が
背中合わせで息をしている街だと思った。

東京に「東京」という名の場所はなく、
この街の正体は、この都会に集まった
自分と同じ大勢の無名の人たちの
暮らしの集まりにほかならなかった。
そしてその人たちも、
ここで暮らしていくうちにきっと
街を見る眼鏡の品揃えを増やしている。
こうなってくると、「人口」×「眼鏡の本数」で
東京の街の見え方はまさしく
星の数ほどあるんだろう。

東京で流れる時間の速さにも気付いた。
古い町が再開発で更地になり
ビルを潰した跡地にはすぐに
次の建築計画の看板がかかった。
近所にあった居心地の良い一軒家のカフェは
閉店後すぐに取り壊されてマンションになった。
一体何に急かされてるんだろう、と思うくらい
この街に流れる時間は速い。

東京に暮らしはじめて4年目。
僕は夢中でこの街を歩き回っていた。

やがて、
東京というのは生き物なんだ、
と僕は思うようになる。
十人十色の色んな人の思いをエネルギーにして
瞬く間に姿を変えていく、巨大な生き物だ。
この街は誰か1人の思い通りになんてならない。
そこに集まるみんなを翻弄し、
また集まってくるみんなに翻弄されながら、
誰も知らない未来の方向へ、
予想もできない未来の方向へ、
ただひたすらに、ひたすらに、突進していく!!
そういう、生き物なんだ。

危なっかしいけど、わくわくする街。
何が起こるか分からない、どきどきした気持ち。
中3の夏、家族旅行で東京の街を見た時の
胸騒ぎの理由は、きっとそこにある。

僕は、歩き回って感じた東京のあれこれを
手作りの小さな文集で発表したりもした。

この頃、僕は東京が好きだとわざわざ宣言するまでもなく
この街が本当に大好きだった。

(つづきます)

第4回 待ってろよ、東京。