早速、1冊目に参りましょう。
『BORN TO RUN』(NHK出版)
クリストファー・マクドゥーガル著・近藤隆文訳
タイトルページをめくると、まず飛び込んでくるのがこちら。
最良の走者は跡を残さず。
──『老子道徳経』
メキシコの山奥を走る謎の民族や、
舗装されていない山道を走る
トレイルランナーたちの営みを通して、
走ることに魅せられた人々の姿を追っていくという本の内容に、
老子のことばがバッチリとはまっています。
実は本書のエピグラフ、
巻頭以外にも至るところに散りばめられているのです。
最も印象に残った、9章のはじめにあるエピグラフを引いてみます。
痛みと友達になれば、きみはもうひとりじゃない。
──ケン・クローバー、
コロラド州の鉱山労働者にして
レッドヴィル・トレイル100の創設者
標高3000mを超えるコロラド州レッドヴィルで開催される
ウルトラマラソンの創始者のことば。
極限まで身体を追い込むランナーたちがどんな境地に至るのか、
とてもよく伝わってきます。
このようにシンプルなものとは反対に、
1ページに収まりきらない長めのエピグラフもあります。
『グッドフライト・グッドナイト』(早川書房)
マーク・ヴァンホーナッカー著・岡本由香子訳
ぜいたくに見開きを使ったエピグラフがこちら。
……ここでも、ほかのどんな場所でも
時代はひとつだ。
都市にも、泥壁の集落にも、時代を問わず、日の光が降りそそぐ。
ポート・オブ・スペインの錆色の港近く
あざやかな郊外があせた言葉と化す
──マラヴァル、ディエゴ・マーティン
後悔のようにあとを引く高速道路
教会の尖塔はあまりに小さく、鐘の音は聞こえない
緑に囲まれた村々の
漆喰壁の光塔の鋭い叫びも聞こえない。
降下する窓に大地のページが、
詩節をなすサトウキビ畑が反響する。
黄土色の沼地をサギの群れのようにかすめ飛び
やすやすと枝を見いだす名詞たち。
いっきにあふれだす故郷
──翼の下を飛び去るサトウキビ、畑を区切る柵
車輪がごとごと揺れながら心臓を揺さぶり進むときも
変わらずそこにある世界。
──デレック・ウォルコット「真夏」
美しい、、、。
とにかく美しく、こみ上げてくるものがあります。
ボーイングの現役パイロットが美麗な文章で空の世界を描く
本書にピタリとはまる文章です。
シンプルで真っ直ぐに刺さる短いことば。
読み手を包み込むように情景を描く長めのことば。
どちらのエピグラフにも、それぞれの良さがあります。
(つづきます)