- ――
-
以前から漫画編集者の方に
聞いてみたい質問がありまして、
いくつか聞いてみてもいいですか?
- 大熊
- はい。
- ――
-
作家の方に
アイディアや意見をお伝えするときに
個人的な好みってどれくらい入るものなんですか?
- 大熊
-
僕の好みを全力で漫画に入れようとすると、
みんな『うしおととら』みたいになります(笑)
あくまで僕の場合ですが、
自分の好みと仕事は分けるようにしています。
- ――
- そうなんですね。
- 大熊
-
具体的には「編集スイッチ」と「読者スイッチ」を
使い分けるようにしています。
編集スイッチは、編集者としての意見を言うとき。
読者スイッチは、僕の個人的な感想を言うとき。
「今から編集スイッチ入れますね」とか、
宣言してから意見を言うようにしてます。
- ――
-
具体的に、その二つのスイッチでは、
どんなことをお伝えするんですか?
- 大熊
-
お仕事をさせて頂いている作家の方って、
自分から声をかけている方なので、
みんな僕の好きな要素を持っています。
でもその好きなところを突き詰めていくと、
コアな方、ニッチな方にいって、
一般には分かりにくいものになってしまいがちです。
もともと編集者も作家さんも漫画が好きだから、
漫画をたくさん読みます。
だから表現に対する理解力が結構高いんです。
でも、それゆえに万人には分かりづらい表現に
走ってしまうことがあります。
- ――
-
自分の好きなことを突き詰めていく中で、
読者をおいてけぼりにして、
どんどんコアな方、ニッチな方に行ってしまうと。
- 大熊
-
そうです。
料理でたとえるなら、
珍しい民族料理やこだわりすぎた逸品みたいなものになる。
作家さんと編集者ふたりでそちらに突っ走ってしまう。
そっちにいく気持ちをとどめるために、
編集スイッチを入れて意見を言うんです。
万人に向けた分かりすさ、面白さを意識しましょう、
料理でいえば
「ファミレスの極上のカレーライス」
を作りましょうと。
- ――
- なるほど。
- 大熊
-
一方で、読者スイッチも必要です。
コアな方に走ろうとする作家さんの
気持ちの溜飲を下げるためにといいますか。
「僕はあなたのファンです。
あなたの読者です。
あなたのやりたいことはすごく分かります。
僕は間違いなくそれを買います。
でも僕は2冊、3冊は買わない。
もっと言えば3000冊は買わない。
だからもっと広い読者に向けて漫画を描きましょう」
というお話をします。
それは紛れもない本音なので、
作家さんの方も僕のことを理解者だと解っていただき、
編集者スイッチの方の意見も
きいてくださるという感じです。
- ――
-
勉強になります。
では、違う質問を。
担当した『干物妹!うまるちゃん』が
アニメ化されましたが、
編集者にとって担当作がアニメ化されるというのは
どういう意味を持ちますか?
- 大熊
-
やっぱりうれしいです。
色々うれしいですが、
一番うれしいのは読者さんが増えることです。
アニメ化によって作品に触れる人が増えて、
原作に戻ってきてくれるので。
- ――
-
アニメ化すると部数がのびますよね。
書店での売り場も増えますし。
- 大熊
-
はい。
あとは作家さんの経験値が上がるのがうれしいですね。
サッカーでいえば
チャンピオンズリーグに出たことがあるかどうか、みたいな。
ひとつ作家としてのステージが上がる気がします。
一緒に仕事をするうえで、
ステージが上がっていただけるとうれしい。
ステージが上がると、
また引き出しが増えると思うので。
- ――
- 作家の方も喜びますか?
- 大熊
-
もちろんです。
基本的には、アニメ化は、
売れたものだけが許されるステージですから。
- ――
-
アニメ化にあたって、
製作サイドに「こうしてほしい」とか
意見を伝えることはありますか。
- 大熊
-
僕の場合はあまりないですね。
餅は餅屋なので、
プロを信頼して任せようと思っています。
作品として絶対に正しいことは伝えるけど、
声優さんの選定などは先方の意見の根拠が分かれば
口を出すことはありません。
与えられたポジションにおける最大限の仕事を、
それぞれがそれぞれの場所でしていただければよい、
と考えています。
自分も自分の領分を守って仕事をしていきたいです。
- ――
-
なるほど。
ではちょっと変な質問を。
ヒット作を担当していることって、
友達とかに自慢したくなりませんか?
- 大熊
-
言いたい気持ちはありますけど(笑)、
売れた要因の95%は作家さんの力です。
僕はせいぜい2~3%。
そこを踏まえたうえでの自慢ですよね。
- ――
-
そうなんですか。
ヒットを出している編集者って
もっと自慢げなイメージがあります。
- 大熊
-
確かに売れている作品の編集の方で
そういう方は多いかもしれません。
でもそういう人こそ、
いい仕事をしたりするんですよね。
ヒット作に恵まれている編集者と話をすると、
己を信じる力が強いというか、自信がある人が多い。
うらやましくて、カッコいいと思います。
僕は自分に自信がない。
- ――
- あんなにヒット作を出しているのに?
- 大熊
-
ヒットは作家さんの力ですし、
運の要素も強いです。
僕はヒットの確率を上げることしかできないです。
自分が担当したら絶対ヒットするなんて、
思ったことがないんです。
この世界の主人公は俺だ、は言い過ぎですが(笑)、
優秀な編集者はそう思っている傾向がある気がします。
そういう部分って自分には全くないです。
- ――
-
そうなんですね。
すみません、聞きにくい質問を最後にいいですか。
連載の打ち切りを作家の方にお伝えするときって
つらくないですか?
- 大熊
-
はい‥‥昔はとてもつらかったです。
作家さんが一生懸命取材したり、
ストーリーやキャラを考えたり、
苦悩しながら作品をつくっているのを
見ているわけですから。
- ――
- そうですよね。
- 大熊
-
でも、あるとき、僕は編集の仕事を
はきちがえているんじゃないかと気づきました。
「今の連載を守ること」が編集の仕事だと思っていた。
でもそれは半分は間違いなんです。
作家というのはアスリートに似ていて、
若いうちにしか描けないものがある。
線一本引くにもエネルギーがいりますから。
一分一秒が大切なときに、
それほど成功していないものをずっと続けるのは
機会損失だと気づきました。
作家さんは自分の作品をわが子や、
自分の分身のように考えています。
主観的に自分の作品をとらえているんです。
でもタオルを投げるのは
主観的であり客観的でもある編集者の役目です。
次の扉さえ開けば、連載終了はむしろ
前向きな判断だと思うようになりました。
『ゴールデンカムイ』の野田さんの前の連載、
『スピナマラダ!』の終了をお伝えしたときも、
そういうことを併せてお伝えしました。
- ――
-
つらい役目ですね。
だけど、だからこそ『ゴールデンカムイ』
という名作が生まれたんですね。
とても好きな作品です。
『ゴールデンカムイ』野田サトル著日露戦争での鬼神の如き武功から、
『不死身の杉元』と謳われた兵士は、
惚れた女性を救うために大金を欲し、
かつてゴールドラッシュに沸いた北海道へ足を踏み入れる。
そこにはアイヌが隠した莫大な埋蔵金への手掛かりが!?
立ち塞がる圧倒的な大自然と凶悪な死刑囚。
そして、アイヌの少女との出逢い。
アクション、グルメ、ギャグ、萌え、そして冒険。
漫画の面白い部分だけを集めた、“全部盛り”の大ヒットコミック。
(つづきます)