もくじ
第1回漫画編集者の「4つの仕事」 2017-05-16-Tue
第2回一番になろうとは思わない 2017-05-16-Tue
第3回すべては面白い漫画をつくるために 2017-05-16-Tue
第4回誰かが成長する瞬間 2017-05-16-Tue

本が好きです。
あと歩いている時は、
だいたいラジオを聴いています。

「面白い」のために全力をつくす。</br>漫画編集者・大熊八甲インタビュー

「面白い」のために全力をつくす。
漫画編集者・大熊八甲インタビュー

担当・藤村

第3回 すべては面白い漫画をつくるために

――
以前から漫画編集者の方に
聞いてみたい質問がありまして、
いくつか聞いてみてもいいですか?
大熊
はい。
――
作家の方に
アイディアや意見をお伝えするときに
個人的な好みってどれくらい入るものなんですか?
大熊
僕の好みを全力で漫画に入れようとすると、
みんな『うしおととら』みたいになります(笑)
あくまで僕の場合ですが、
自分の好みと仕事は分けるようにしています。
――
そうなんですね。
大熊
具体的には「編集スイッチ」と「読者スイッチ」を
使い分けるようにしています。
編集スイッチは、編集者としての意見を言うとき。
読者スイッチは、僕の個人的な感想を言うとき。
「今から編集スイッチ入れますね」とか、
宣言してから意見を言うようにしてます。
――
具体的に、その二つのスイッチでは、
どんなことをお伝えするんですか?
大熊
お仕事をさせて頂いている作家の方って、
自分から声をかけている方なので、
みんな僕の好きな要素を持っています。
 
でもその好きなところを突き詰めていくと、
コアな方、ニッチな方にいって、
一般には分かりにくいものになってしまいがちです。
 
もともと編集者も作家さんも漫画が好きだから、
漫画をたくさん読みます。
だから表現に対する理解力が結構高いんです。
でも、それゆえに万人には分かりづらい表現に
走ってしまうことがあります。
――
自分の好きなことを突き詰めていく中で、
読者をおいてけぼりにして、
どんどんコアな方、ニッチな方に行ってしまうと。
大熊
そうです。
料理でたとえるなら、
珍しい民族料理やこだわりすぎた逸品みたいなものになる。
作家さんと編集者ふたりでそちらに突っ走ってしまう。
 
そっちにいく気持ちをとどめるために、
編集スイッチを入れて意見を言うんです。
万人に向けた分かりすさ、面白さを意識しましょう、
料理でいえば
「ファミレスの極上のカレーライス」
を作りましょうと。
――
なるほど。
大熊
一方で、読者スイッチも必要です。
コアな方に走ろうとする作家さんの
気持ちの溜飲を下げるためにといいますか。
 
「僕はあなたのファンです。
あなたの読者です。
あなたのやりたいことはすごく分かります。
僕は間違いなくそれを買います。
でも僕は2冊、3冊は買わない。
もっと言えば3000冊は買わない。
だからもっと広い読者に向けて漫画を描きましょう」
 
というお話をします。
それは紛れもない本音なので、
作家さんの方も僕のことを理解者だと解っていただき、
編集者スイッチの方の意見も
きいてくださるという感じです。
――
勉強になります。
では、違う質問を。
担当した『干物妹!うまるちゃん』が
アニメ化されましたが、
編集者にとって担当作がアニメ化されるというのは
どういう意味を持ちますか?
大熊
やっぱりうれしいです。
色々うれしいですが、
一番うれしいのは読者さんが増えることです。
アニメ化によって作品に触れる人が増えて、
原作に戻ってきてくれるので。
――
アニメ化すると部数がのびますよね。
書店での売り場も増えますし。
大熊
はい。
あとは作家さんの経験値が上がるのがうれしいですね。
サッカーでいえば
チャンピオンズリーグに出たことがあるかどうか、みたいな。
ひとつ作家としてのステージが上がる気がします。
一緒に仕事をするうえで、
ステージが上がっていただけるとうれしい。
ステージが上がると、
また引き出しが増えると思うので。
――
作家の方も喜びますか?
大熊
もちろんです。
基本的には、アニメ化は、
売れたものだけが許されるステージですから。
――
アニメ化にあたって、
製作サイドに「こうしてほしい」とか
意見を伝えることはありますか。
大熊
僕の場合はあまりないですね。
餅は餅屋なので、
プロを信頼して任せようと思っています。
作品として絶対に正しいことは伝えるけど、
声優さんの選定などは先方の意見の根拠が分かれば
口を出すことはありません。
 
与えられたポジションにおける最大限の仕事を、
それぞれがそれぞれの場所でしていただければよい、
と考えています。
自分も自分の領分を守って仕事をしていきたいです。
――
なるほど。
ではちょっと変な質問を。
ヒット作を担当していることって、
友達とかに自慢したくなりませんか?
大熊
言いたい気持ちはありますけど(笑)、
売れた要因の95%は作家さんの力です。
僕はせいぜい2~3%。
そこを踏まえたうえでの自慢ですよね。
――
そうなんですか。
ヒットを出している編集者って
もっと自慢げなイメージがあります。
大熊
確かに売れている作品の編集の方で
そういう方は多いかもしれません。
でもそういう人こそ、
いい仕事をしたりするんですよね。
ヒット作に恵まれている編集者と話をすると、
己を信じる力が強いというか、自信がある人が多い。
うらやましくて、カッコいいと思います。
僕は自分に自信がない。
――
あんなにヒット作を出しているのに?
大熊
ヒットは作家さんの力ですし、
運の要素も強いです。
僕はヒットの確率を上げることしかできないです。
自分が担当したら絶対ヒットするなんて、
思ったことがないんです。
この世界の主人公は俺だ、は言い過ぎですが(笑)、
優秀な編集者はそう思っている傾向がある気がします。
そういう部分って自分には全くないです。
――
そうなんですね。
すみません、聞きにくい質問を最後にいいですか。
連載の打ち切りを作家の方にお伝えするときって
つらくないですか?
大熊
はい‥‥昔はとてもつらかったです。
作家さんが一生懸命取材したり、
ストーリーやキャラを考えたり、
苦悩しながら作品をつくっているのを
見ているわけですから。
――
そうですよね。
大熊
でも、あるとき、僕は編集の仕事を
はきちがえているんじゃないかと気づきました。
「今の連載を守ること」が編集の仕事だと思っていた。
でもそれは半分は間違いなんです。
作家というのはアスリートに似ていて、
若いうちにしか描けないものがある。
線一本引くにもエネルギーがいりますから。
一分一秒が大切なときに、
それほど成功していないものをずっと続けるのは
機会損失だと気づきました。
 
作家さんは自分の作品をわが子や、
自分の分身のように考えています。
主観的に自分の作品をとらえているんです。
でもタオルを投げるのは
主観的であり客観的でもある編集者の役目です。
次の扉さえ開けば、連載終了はむしろ
前向きな判断だと思うようになりました。
 
『ゴールデンカムイ』の野田さんの前の連載、
『スピナマラダ!』の終了をお伝えしたときも、
そういうことを併せてお伝えしました。
――
つらい役目ですね。
だけど、だからこそ『ゴールデンカムイ』
という名作が生まれたんですね。
とても好きな作品です。


『ゴールデンカムイ』野田サトル著

日露戦争での鬼神の如き武功から、
『不死身の杉元』と謳われた兵士は、
惚れた女性を救うために大金を欲し、
かつてゴールドラッシュに沸いた北海道へ足を踏み入れる。
そこにはアイヌが隠した莫大な埋蔵金への手掛かりが!?
立ち塞がる圧倒的な大自然と凶悪な死刑囚。
そして、アイヌの少女との出逢い。
アクション、グルメ、ギャグ、萌え、そして冒険。
漫画の面白い部分だけを集めた、“全部盛り”の大ヒットコミック。

(つづきます)

第4回 誰かが成長する瞬間