- 田中
- 僕は、まだ何かを書くようになってたった2年ですけど、書くことの落とし穴をひとつ感じていて。
- 糸井
- 落とし穴。
- 田中
- それは、つまり、「僕はこう考えます」ということを毎日毎日書いていくうちに、だんだん独善的になっていく。
- 糸井
- なっていきますね。
- 田中
- はい。そして、なった果ては、人間は、九割くらいは右か左に寄ってしまうんですよね。
- 糸井
- 世界像を安定させたくなるんだと思うんですよね。
- 田中
- はいはい。
- 糸井
- でも、世界像を安定させると、夜中に手を動かしている時の全能感っていうのが、起きててご飯食べている時まで追っかけてくるんですね、たぶん。
- 田中
- なるほど。
- 糸井
-
で、僕はそれからは逃げたいと思っていて。
人生において「生まれた」、「めとった」、「耕した」、「死んだ」っていう、こう、4つくらいしか思い出のないっていうのは、みんなが悲しいことだって言うかもしれないけど、やっぱりこれが一番高貴な生き方だと思うんですよ。
- 田中
- はいはい。
- 糸井
- で、そこからずれる分だけ歪んでいて。世界像を人に押し付けるような偉い人になっちゃうっていうのは、読み手として拍手はするんだけど、人としてはつまんないかなっていうのが。
- 田中
- 恐ろしかったりしますね、それは。
- 糸井
- 僕としては、もっと下品でありたいというか(笑)。
- 田中
- だから、永遠に馬鹿馬鹿しいことをやるっていうのは、これは一種の体力ですよね。
- 糸井
- 体力ですね、そうですね。
- 田中
- でも、これをやらないところに陥った瞬間、偉そうな人にやっぱりなるんで。
- 糸井
- はい。田中さんでも僕でも、感心されるツボみたいなのが、「いや、自分でも悪い気はしないよ」っていうのがいっぱいあるわけだから。
- 田中
- はい、はい。
- 糸井
- じゃあどうすればいいかっていうと、やっぱり「ご近所の人気者」っていう考え方にいきつくんですよ。
- 田中
- そこですね(笑)。「ご近所の人気者」。
- 糸井
- この「ご近所の人気者」っていうフレーズもまた中崎タツヤさんの漫画にでてくるんですけど。ある夫婦がいて、その旦那さんの方が「よっ、○○さん、元気?」「よっ、元気だ!」みたいな会話をするんです。で、それを見た奥さんが最後に「あんた、ホントにご近所の人気者どまりだね」って言う。
- 田中
- はいはい。
- 糸井
- アマチュアであることとね、「ご近所の人気者」になることって、隣り合わせなんですよ。
- 田中
- うんうん。
- 糸井
- アマチュアであるってことは変形してないってことで、プロであるってことは変形してるってことなんです。
- 田中
- 変形ですか?
- 糸井
- これは吉本さんの受け売りで、吉本さんはマルクスの受け売りなんですけど、「自然に人間は働きかける。で、働きかけた分だけ自然は変わる」ということで。
- 田中
- はい。
- 糸井
-
それは作用と反作用の話で、仕事をするということは、その時に何かを変えた分だけ自分も変わっている、ということなんです。
例えば、ずっと座ってろくろを回してる職人さんがいたとしたら、座りタコができているし、あるいは、指の形も変わっているかもしれないしっていうふうに、これまで茶碗をつくってきた分だけ反作用を受けてるんです。
で、1日だけろくろを回している人にはそれはないんです。
- 田中
- そうですよね(笑)。
- 糸井
- だから、ずっとろくろを回している人は、ろくろを回す人の体になっていくんです。その変形するということがプロになるっていうことなんです。
- 田中
- なるほど。
- 糸井
- そして「10年あったらプロになれる」っていうのは励みでもあるし、同時にそれは、「何かをしている以上、変形してしまうことから自由ではあり得ない」っていうことでもあって、だから、100%のアマチュアとして生きることができない悲しさはありますよね。
- 田中
- そうですね。
- 糸井
- そういう意味では僕とか田中さんの「超受け手でありたい」という生き方も、それによって反作用を受けているので、そこはもうアマチュアには戻れないんです。
- 田中
- はい。
- 糸井
- なので、どの部分で変形していないものを維持できているかっていうところが大切になってきて、それこそがいかに「ご近所の人気者」であれるかっていうところですよね。
- 田中
- なるほど。
- 糸井
-
うち、夫婦ともアマチュアなんですよ。
うちの奥さんが僕のことを「ご近所の人気者」っていうのは、そういうところからな気がする。
- 田中
- 奥様は、僕から見ると、やっぱりプロ中のプロのような気がするんですけど。
- 糸井
- 違うんです。彼女は「プロになるスイッチ」持っていて、仕事が終わったら、アマチュアに戻れるんです。スイッチを切り替えて2つの人格をするって、なかなかしんどいと思いますけど。
- 田中
- そうですよね。
- 糸井
- 例えば、うちの奥さんは高い所が苦手なんです。でも「仕事ならパラシュートやる?」って聞くと、間髪入れずに「やる」って言うんです。
- 田中
- おっしゃるんですね(笑)。
- 糸井
- プロの考える「それはやっちゃダメだよ」とか「こういうことをしないといけないよ」みたいなことが、アマチュアである人は気にならないんですよね。それよりも、無理に演技したくないっていうのがあって。だから、お花見で田中さんに渡された日本酒っていうのも、アマチュアの僕にとっては難しいんです。
- 田中
- なるほど。
- 糸井
- で、うちの奥さんとかはそれをやる人で、僕はそこでもっとすごいことをしているなぁと思うから自分がアマチュアでいられるんでしょうね。
- 田中
- あぁ。
- 糸井
- プロがいいのかアマチュアがいいのかっていうのはどうとでも言えて、ただ僕の中では、「何でもない人として生まれて死んだ」っていうのが人間として一番尊いことである、っていう価値観はどんどん強固になってきていますね。
- 田中
- あぁ、そうなんですね。
(つづきます)