- 田中
- 糸井さんと初めてお会いしたお花見の時に、タクシーの中で、「ほぼ日という組織をつくられて、その会社を回して、大きくしていって、その中で好きなものを毎日書くっていう状態にすごい興味があります」って言ったら、糸井さんが、「そこですか」っておっしゃったんですよ。それが忘れられなくて。
- 糸井
- それは辞めると思ってないからですよ。電通の人なのにそんなことに興味がある、っていうのは意外だったんです。
- 田中
- 辞めようと思ったのが、11月の末なので、その時は僕も辞めるとはまったく思ってなくて。
- 糸井
- でも、そういう目線はあったんですね。辞めた理由っていうのは何なんですか?
- 田中
- はい、まあ理由になってないような理由なんですけど。
- 糸井
- ブルーハーツ?
- 田中
-
ブルーハーツです。
この歳になって、はじめて聞いた時のことを思い出して、このように生きなくちゃいけないなって。
かといって、何か伝えたいこととかあるわけでもなくて、でも、なんとなく、ここは出なくちゃいけないと思ったんです。
- 糸井
- はいはい。
- 田中
-
で、実は今日糸井さんに聞きたいなと思っていたことがあって、
糸井さんも広告のお仕事をされていて、でもそれを一区切りつけた、違うことに踏み出そうと思った理由はなんだったんですか?
- 糸井
-
僕は、何かやりたいというよりは、やりたくないことをやりたくないほうの気持ちが強いんです。
無名の誰かであることはいいんだけど、魂が過剰にないがしろにされる可能性みたいな、そういうものを広告に感じた、というのはあります。
- 田中
- あぁ。
- 糸井
-
「あいつ、もうだめですよね」って言われながら、なんで仕事やっていかなきゃならないんだろう、っていうふうになるんだろうなと。
だから、こういう時代にそこにいるのは絶対嫌だと思って。
- 田中
- はいはい。
- 糸井
- で、僕にとってのブルーハーツにあたるのが釣りだったんですよね。
- 田中
- 釣りですか。
- 糸井
- 平等の状況下で勝ったり負けたりっていうところで血が沸くんです。
- 田中
- なるほど。
- 糸井
- 始めたのが、確か12月で。東京湾に、シーバスって呼ばれてるスズキがいるんですけど、それがいるんだってことがわかっただけでもう嬉しいわけですよ。
- 田中
- あぁなるほど。
- 糸井
- つまり、小説家の開高健さんが、「ニューヨークのハドソン川にはニジマスがいる」って書かれた時に、僕らは「おぉっ!」って思うわけです。それは「東京のこの場所から富士山が見える」っていうのを知った時の嬉しさと同じで。
- 田中
- はいはい。
- 糸井
- シーバスが釣れる可能性がある東京湾の埠頭に出て、そこでルアーを投げるんです。本当に初めて行った真冬の日に、大きい魚がルアーを追いかけてきたのに逃げてしまって。うちのアマチュアの奥さんは、俺が出掛けるっていう時に、「ご苦労様」とか、ちょっとなめたことを言いながら、
- 田中
- (笑)
- 糸井
- 帰って来たら、バスタブに水が張ってあったんですよ。
- 田中
- はぁ。
- 糸井
- つまり、生きた魚を釣ってきた時に、そこに入れようと思ったんだね。
- 田中
- すごい!
- 糸井
-
すごいでしょう?
実際にこう水を貯めてね。
- 田中
- ここに待ってる(笑)。
- 糸井
- その時に、「あれは明らかに魚が追いかけてきた」って思ったことと、「釣ってきた時にはここで見よう」って思ってた、つまり、喜びじゃなくて、「見たい」っていう気持ち。それは、もう夢そのものじゃないですか。それが僕の中に、ウワァーッと湧くわけですよ。
- 田中
- うんうん(笑)。
- 糸井
- 仲のいい若者を連れて徹夜で芦ノ湖に行くっていうのは、ばかばかしい面白さがあるんですよ。で、「釣れるんだ」ってわかったら、今度は北浦に行くんですよ。
- 田中
- 北浦に。
- 糸井
- で、そこで真冬に、バスが釣れるんですよ。
- 田中
- はぁ。
- 糸井
-
そこにいるんだ、っていう嬉しさがまずあって。
あと、普段見えていない生き物が自分の釣竿をものすごい荒々しさで引っ張るんです。で、その実感が僕をワイルドにしちゃったんですよ。
- 田中
- なるほど。
- 糸井
- プロ野球のキャンプを観に行く時も、ホテルに向かうまでの道のりに何回も水が見えて。野球を観に行くはずなのに、水を見てるんです。
- 田中
- 水を見てる(笑)。
- 糸井
- 野球のキャンプの見物に行くのに、釣竿を持っているんです。
- 田中
- 持ってるんですね(笑)。
- 糸井
- で、正月は、家族旅行で温泉に行った時に、何かが釣れる根拠もなく、海水浴やるような砂浜から、一生懸命ルアーを投げて。
- 田中
- 投げて(笑)。
- 糸井
- それを妻と子どもが見てるんです。
- 田中
-
(笑)
なんか釣れましたか、その時は?
- 糸井
- まったく釣れません。
- 田中
- (笑)
- 糸井
- 根拠のない釣りですから。
- 田中
- (笑)
- 糸井
- でも、根拠がなくても水があるんですよ。
- 田中
- あぁ(笑)。
- 糸井
-
いいでしょう?
僕にとってのインターネットって、水なんですよ。
- 田中
- なるほど。
- 糸井
- これ、今、はじめて説明できた。
- 田中
- はぁ。
- 糸井
- 根拠はなくても水があるんです。
- 田中
- 根拠はなくても水がある。
- 糸井
- 水があれば、水たまりでも魚はいるんですね。で、それが自分に火をつけたところがある。だから、僕の「リンダリンダ」は、水と魚です(笑)。
- 田中
- 水と魚、はぁ。
- 糸井
- おもしろいんですよ。朝1人で誰もいない所で釣りをしてると、初めて釣れる1匹っていうのが、朝日が明ける頃に、何も気配がなかった、ただの静けさの田んぼの間の水路みたいな川で、泥棒に遭ったかのようにひったくられるんですよ。その喜び。これが俺を変えたんじゃないですかね。
- 田中
- なるほど。いや、この話が、まさかインターネットにつながるとは。
- 糸井
- 広告を辞める時の「ここから逃げ出したいな」っていう気持ちと、「水さえあれば、魚がいる」っていう期待する気持ちがあって、それらを肉体が釣りでつなげたんでしょうね。
- 田中
- なるほど。
- 糸井
- すごい釣りのうまい人に、「1匹も釣れなかった経験っていうのはないんですか?」って聞いたことがあって。
- 田中
- うんうん。
- 糸井
-
むやみに水に向かって投げているだけですから、それが不安で。
で、その時にその人が「釣りがある程度わかっていれば、基本的に1匹も釣れないってことはないんじゃないでしょうか」って、他人事にように言ったんですよ。
- 田中
- ああ。
- 糸井
-
嬉しいじゃないですかぁ。「魔法は、魔法じゃなくて、科学だったんですね」っていうお話になるわけだから。
で、インターネットでも、そう思いますよね。
- 田中
- なるほど。
- 糸井
- というのを積み上げていったのが今ですね。なんだか素敵なお話になりましたね。
- 田中
- いや本当に(笑)。
- 糸井
- 「これからどうなる?」なんてこと、ここじゃ、まったく聞かないですけど。
- 田中
- ええ。
- 糸井
- 聞かないんですけど、なんかこう、さっきの釣りの「当たり」みたいな面白さのところまではたどりついてみたいですねぇ。
- 田中
-
そうですね。
今日はいい話を聞けました、本当に。
- 糸井
- お疲れ様でした。どうもありがとうございました。
- 田中
- ありがとうございました。
(おわりです)