- 糸井
- やりましょっか。
- 燃え殻
- やりましょう。
- 糸井
-
えーと、
ご承知のとおりの人たちが集まってると思うんですけど。
みなさん、「燃え殻さん、体大丈夫なのかなぁ」と思っていたでしょう。
- 燃え殻
- あんまり、昨日寝れなかったんですよ。
- 糸井
- どうしたんですか。
- 燃え殻
-
えーっと、昨日3時ぐらいに仕事が終わりまして、
糸井さんの顔がちらついちゃって、寝れなくて‥‥。
- 糸井
- 好きで?
- 燃え殻
- 好きで。
- 会場
- (笑)
- 糸井
-
体は大丈夫ですかっていうのは本当で、
ものすごい取材受けてるでしょ?
- 燃え殻
-
はい。6月30日に本が出て。
そこから取材を、ありがたいことに何十と。
- 糸井
- 何十と。
- 燃え殻
- はい。
- 糸井
- はぁー。
- 燃え殻
-
そこで、小説のことで、いろんな質問がくるんですけど、
ちょっと心苦しくて。
- 糸井
- 心苦しい?
- 燃え殻
- 「なんでこの本を書いたんですか」とか言われるじゃないですか。だけど、本当はあまり意味がなくて。
- 糸井
- うんうん。
- 燃え殻
-
本当はぼく、小説の中に書きたいことって、
少しだけしかないんです。
- 糸井
- ほう。
- 燃え殻
-
それは、訴えたいこととかじゃないんです。
書いてて楽しいみたいな。
- 糸井
- 自分がうれしいこと。
- 燃え殻
- 新宿のゴールデン街の居酒屋で、半畳ぐらいのところに寝てたんですよ。そしたら、ぼくの同僚が、えーと、ママ、パパ、ママみたいな人と‥‥
- 糸井
- ママ的なパパ。
- 燃え殻
- そう、ママ的なパパと朝ご飯を食べてて。ほうじ茶を煮出してて、ごはんのにおいがするんです。
- 糸井
- うんうん。
- 燃え殻
-
で、網戸をパーッと開けると、雨が降りつけてる。お天気雨みたいな感じで、日が差してるんです。何時かわからないんだけど、多分、まぁ、七時前かなってぐらいで。
仕事に行かなきゃって思いながら、頭がいたくて。何でもない会話を聞きながら、なんか寝そうで、寝ない感じ。で、昨日嫌なことがなかったから、気分も悪くなくて。ありがたいことに、内臓だったりも、なんか痛いところがない。
ていう1日を‥・・
- 糸井
- あぁ、よいですね。
- 燃え殻
- そういう1日のことを書いてるときが、とても気持ちよかったんです。
- 糸井
-
その燃え殻さんが実際に感じた「なんかいいなぁ」を、ただ思って終わりにするのは、ちょっともったいなくて。
で、書くっていうことをするじゃないですか。
- 燃え殻
- ‥‥なんか、ぼくだけが見ている景色を切り取れたうれしさみたいなのがあって。
- 糸井
- うん。
- 燃え殻
- それでいうと、手帳にも結構書くんですよ。
- 糸井
- らしいんだよね。
- 燃え殻
- たまたま入った天丼屋がうまくて。その店を多分忘れるなって思って、そこの箸袋を貼ってあったりとか。結局、十何年行ってないんですけど、でも、天丼のシミとか付いてて。
- 糸井
- あぁ、行くかもしれないっていうのが、何ていうか、じぶんが生きてきた人生にちょっと刻まれるんだよね。
- 燃え殻
- そうなんです。
- 糸井
-
で、行かなくもそれは残ってんだよね。
‥‥何だろう、人が「思ったんだよ」ってことを刻んでおきたいって気持ちって、なんかとても貴重ですよね。
- 燃え殻
- うんうん。
- 糸井
- その感じっていうのと、燃え殻さんの文章を書くってことがすごく密接で。
- 燃え殻
- すごく近い気がしてます。
- 糸井
-
ゴールデン街で酒飲んで寝ちゃって、起きたときのお天気なんていうのは、同じこと経験してないけど、うなずける人はけっこういると思うんです。
で、これは俺しか思わないかもしれないってことに、みんながうなずいたとき、「くやしい」じゃなくて「うれしい」ですよね。
- 燃え殻
- そうです。うれしいんです。
- 糸井
-
あと、その手帳に書いてあることの中に、
自然に乗っかっちゃうのが音楽なんじゃないかな。
- 燃え殻
- あぁ~。
- 糸井
- 書いてないけど、そこに音楽が流れてますよね。
- 燃え殻
-
そうですね。流れてます。
で、音楽も共有できることじゃないですか。だから、小説を書いたとき、ところどころに音楽を挟んでいったんですよ。
- 糸井
- 入れてますよね。
- 燃え殻
-
ここでこの音楽がかかってたらうれしいなってのと、ここでこの音楽がかかってたらマヌケだなってのと、両方で音楽は必要だったんです。
そうすると、読んでくれている人が共感してくれるんじゃないかなって思ったんですよね。
- 糸井
- 音楽って、自然と耳に入ってくるじゃないですか。
- 燃え殻
- はいはいはい。
- 糸井
- いま聞きたいものじゃなくても。
- 燃え殻
- そう。
- 糸井
-
でも、そこまで含めて思い出だ、みたいなことっていうのは、
あとで考えると嬉しいですよね。
- 燃え殻
- そうなんですよ。
- 糸井
- 何だろうね。
- 燃え殻
- 何なんだろう。
- 糸井
- 景色みたいなものだね。
- 燃え殻
-
あぁ〜。
ぼくの小説でいうと、同僚と最後別れるっていうシーンがあるんですけど、映画やドラマだったら、やっぱり悲しい音楽が流れてほしいじゃないですか。でも、そこでAKBの新曲が流れるっていうところを、ぼくは入れたかったんですよ。
- 糸井
- いいミスマッチですよね。
- 燃え殻
- そう。なんかその、もう俺たち会わないなっていうのはわかる。わかるけどそれは言わないで、「おまえは生きてろ」みたいなことを言う。で、言ってるときに、アイドルの新曲がただ流れてるって、ある、あるよなって、なんかこう‥‥
- 糸井
- あるある。
- 燃え殻
- 思いませんか。
- 糸井
-
大いにある。
だから、世の中は、自分が主役の舞台ではないっていうのを、
音楽が表してるんじゃないかな。
- 燃え殻
- あぁ。
- 糸井
-
ぼくはそれを、技術として書いたことがはっきり覚えてることがあって。
『ただいま』って矢野顕子さんのアルバムがあって。「ただいま」って言うために階段を駆け上がってくるときに、「テレビの相撲の音とか聞きながらね」っていう言葉がある。
- 燃え殻
- はい。
- 糸井
-
テレビの相撲の音って、自分のためのものじゃないんですよね。
男の子と別れた女の子の歌の中に、よそのアパートからテレビの音が流れてきて。それを聞きながら「ただいま」と言うシーンを書いたときに、なんで俺、相撲の音とかって書くんだろうって思ったんですよ(笑)。
で、そのときに、あぁ、自分のための世の中じゃないとこにいさせてもらってる感じがして。
- 燃え殻
- あぁ、今分かりました。なんでAKB入れたんだろうって。
- 糸井
-
燃え殻さんの小説の中にいっぱい出てくるのはそれですよね。
俺のためにあるんじゃない町に紛れ込んでみたり(笑)。
- 燃え殻
-
はい。
なんかこう、「そこに所在なし」みたいなとこにぼくはずっと生きてるような気がします。
- 糸井
- いる場所がない(笑)。
- 燃え殻
-
なんかそこに所在がない感が、ぼくの人生にずっとあって。
でも、なんかその、何ていうのかな、そうやって生きてきて、
おなじように居場所がないっていう共通言語の人と‥‥
- 糸井
- 会いたいよね(笑)。
- 燃え殻
- そう、会いたいんです。
(つづきます)