- 糸井
- ぼくが上村さんと会っていたのは、
酒場ばっかりでしたね。
- 上村
- 要は、飲み友達っていうことですか。
- 糸井
- いや、ぼくは飲んでないんですよ。
酒は飲めないんだけど、呼び出されるんです。
- 上村
- 『SWITCH』のジャズタモリ特集で
書かれていましたね。
夜に上村一夫から電話がかかってきて、
「糸井さんがいないってことになってるんですけど」
って呼び出されるという。
- 糸井
- うん。そのとおりなんです。
- 上村
- いなきゃいけない感じだったんですね。
わたし、それを読んだときに、
そういう電話かけそうな人だったなと思って、
ちょっと父のこと忘れかけてたのに、
うわーって思い出しました。
- 糸井
- マネージャーのタカヤさんから、
すっごく明るい声で電話がくるんです。
その明るさが不気味なんですけど。
それで上村さんが電話を替わると
「遅いですよ(モノマネしながら)」って(笑)。
でも、「遅い」って言われても、
約束してるわけじゃないんですよ。
それがもう、お約束になっていました。
だからぼくも
「わかりました。今ちょっと
片付けなきゃなんないことがあって」と答えて、
タクシーで四谷4丁目まで行って、
だいたい9時半ぐらいから朝の4時まで。
- 上村
- お店は「ホワイト」ですか。
- 糸井
- 「ホワイト」でしたね。
4時、5時までいたけど、ぼくはお酒を飲みません。
そういえば上村さんはね、珍しい人が来たときには、
静かにしてるんですよ。わりと聞き役なんです。
- 上村
- あっ。そうなんですか。
- 糸井
- うん。だから、
「今日は、なんとかさんが来てる」といったときには、
参加してるんだけど、自分の話はあまりしないんです。
立ち回りがものすごく上手なんですよね。
- 上村
- へぇー。いつも歌ってるのかと思ってました。
- 糸井
- そんなことはなくて、
自分の順番が来そうだなっていうのを、
気配で見ているんです。
酔っぱらっていても、やっぱり勘のいい人なんで。
それで、「ここは、じゃあ1曲ですね」となって、
ギターを弾き始めることはあるんですけど。
でも、お客さんがいつものメンバーだった場合は、
上村さんの「論語」にあたる部分のお話を、
いろいろしてくださいました。
- 上村
- そうですか。へぇー!
- 糸井
- 上村さんの話は、おもしろかったですね。
その中で、お嬢さんの話があって、
それを、ぼくは覚えているんです。
- 上村
- すごい気になります。
- 糸井
- 先日、打ち合わせのときに
初めて汀さんにお会いしたんですが、
「打ち合わせで言っちゃうともったいないから、
本番のときに言います」と言ってありました。
汀さんは「大変な話だったらどうしよう」と
緊張したらしいですけど、全然、大変じゃない話です。
- 上村
- 緊張しましたよ。ほんとに。
- 糸井
- 今日はこれを話しに来たんです。
朝方、家に帰る上村さんと、
学校に行くお嬢さんが会ったというお話です。
- 上村
- たまにそういうこともありましたね。
あれ、おかしいですか?
- 糸井
- そこだけでも、もうおかしいですよ(笑)。
そして、帰る途中に坂があるんです。
- 上村
- あります。はい。
- 糸井
- 「その坂を、うちの娘がね、汀っていうんですけどね。
『おはよう』って言ってくれるかなって思ったら、
お父さんのことなんか目もくれずに、
自転車をこいで学校に行くんですよ」と。
で、そのあとがいいんです。
「そのときに、下り坂でペダルを踏んでるんですよ」って。
もうね、ぼくはその話が大好きで。
- 上村
- そうですか。
- 糸井
- 下り坂って、止めてシューンって行けばいいものを、
ペダルを踏んでいる少女がいて、
上村さんの絵で描かれてるんですよ。
ぼくは、「青春」っていう言葉を聞いたときに、
いっつも、その話を思い出すんです。
「青春とは何か」っていったら、
ぼくにとっては、下り坂でペダルを踏むこと。
- 上村
- それを、私がやってたんだ(笑)。
- 糸井
- うん、やってた。
お父さんにとっては、ものすごく短い時間、
列車と列車がすれ違うような、
ドラマチックなシーンですよね。
そこで、娘が踏む足を見てたんだね。
で、そこで語られた娘さんとは
会ったことがなかったんだけど、
その話だけでも、いいじゃないですか。
- 上村
- 青春の感じがします。
- 糸井
- すごく明るい話でしょう。
いつまでも忘れないんです。
だからぼくも、若い子を見てるときに、
そういう気分のある子だと思ったら応援したくなる。
「かったるいっすよねー」とかやってたら、
やっぱり、ちょっとダメなんじゃないかな。
そういうことを思う、1つの尺度になってるんです。
- 上村
- 画として、いいですもんね。
- 糸井
- 自分ですよ、それ(笑)。
- 上村
- 自分のことながら(笑)。
- 糸井
- そういう絵を、上村さんに描いてほしいですよね。
- 上村
- ほんと、そうですね。
あの、父にとっての娘って何だったんでしょうね。
ちょっと、いまだにわからなくて。
- 糸井
- その描写は、かわいくてしょうがなかったんです。
- 上村
- 糸井さんもおっしゃってましたけど、
自分の中で全部マンガにしちゃうのって、
すごく思い当たることがあるんです。
その自転車の話も、実際、私だったのかな。
父のマンガの頭で語られたことだったりして。
「関東平野」 ©上村一夫
- 糸井
- なるほどね。
でも、モチーフに重なってることは確かだから。
- 上村
- まあ、モチーフとして私がちょっと、
チラッといたのかもしれないですけどね。
- 糸井
- でも、それ以上って、ないんですよ。
だって、抱っこしてる赤ん坊だって、
絵と実物が重なってますよ。
- 上村
- そうですかね。
- 糸井
- うん。
ぼくにも、似たようなことがありました。
向こうから、制服の帽子をかぶった娘が
歩いてくるのを見たときに、
ものすごくおもしろかったんです。
上村さんみたいな叙情にあふれたものじゃないけど、
「おもしろい!」って思えたんですよね。
丸い帽子かぶった制服の子が
こっちに歩いてくるのって、おかしいじゃないですか。
よその子でもきっと、
そういう風景はおもしろんでしょうけど、
自分ちの犬が駆けてくるときと、おなじじゃないかな。
- 上村
- なるほど、きっとそうですね。
糸井さんは、お嬢さんに
「おもしろかった」って言うんですか。
- 糸井
- 「よかったよ」って言いますね。
- 上村
- 糸井さんは言いそうですよね。
うちの父なら、絶対に言わないですよ。
あるいは、あとでマンガとかに描くんです。
ちょっと陰湿なところのある人でしたよね。
- 糸井
- そうでしょうね。
ぼくとは、そこだけが違うね。
「あれはよかったね」って言っちゃうから。
- 上村
- わたし、糸井さんがお父さんならよかった。
- 糸井
- ぼくはほら、ユーミン以後の人だから。
- 上村
- そうですね。(笑)
(つづきます)
2016-4-12-TUE
© Hobo Nikkan Itoi Shinbun.