第5回 写真の前後に生まれる油断

糸井
ちょっと聞きたいんですが、
写真を選ぶ時に、ほほえみかけた時だとか、
ほほえみ終わったけど、もう1枚撮ることがあって、
そのズレみたいな写真が採用される時もありますよね。
小鳥
はい。はい。
糸井
ほほえんだ瞬間にシャッターを押すだけじゃなくて、
ほほえみ終わってから、もう1枚撮っておくと、
もっとなんでもない写真になりますよね。
小鳥
ちょっと未来が撮れる。
糸井
そうですね。
ちょっと、さっきの写真をいくつか見てみましょう。
糸井
この前と後が、あるはずですよね。
小鳥
あります、あります。これは、ちょっと前かも。
糸井
こっちを向いてる子が右側にいます。
目と目が合って、ほほえみ合ってるけど、
他の子は準備もできてないし、撮られるつもりもない。
だけど、1人の子と目が合った瞬間に押したから、
他の子のなんでもない時間が撮れてますよね。
小鳥
はい。
糸井
だから川島小鳥らしいわけで、
みんながこっち向いてうまく撮れたら、
川島小鳥の写真じゃなくなるわけですよ。
小鳥
あぁ。糸井さんの言葉を聞きながら見ると、
さらにいい写真に見えてきます。
観客
(笑)
糸井
これはもう、誰も見てない。
誰も見てないんだけど、
左側の女の子がうれしそうに何かを始めた瞬間です。
「うれしい」っていう感じが、
シャッターを押させるほほえみになる。
まわりの子は、その女の子につられて、
何かの動きが出てきたから、撮ったんですね。
小鳥
おぉ~。
糸井
ここにもまた1人、はっきりとうれしい人がいる。
で、カメラマンが「いいね」って思った子と重なった。
他の子も生き生きしてるけど、うまく景色になっている。

生き生きした表情は、撮った後でもう一回うれしいです。
写真になったら、その子の生き生きが見えてくるから、
もっとうれしい。3度うれしいんですよね。
小鳥
あぁ。天才ですね。
観客
(笑)
糸井
ちょっとおもしろいから、もっと見ようよ。
糸井
これは、どこかを向いてますけど、
あの猫が「いるな」っていうところのおもしろさです。
だから、どこを向こうが何していようが、
この本の分量とあの子のいる場所の
バランスがすごく楽しかったから「えい、押しちゃえ」。
だからこの写真は、ほほえんだというよりは、
カメラマンになっていると思うんです。
ちょっと「カメラマンになる」写真も入るでしょ?
小鳥
あります、あります。
糸井
ありますよね。
たとえば、『未来ちゃん』の写真集にも、
障子に映った影の写真なんかがあって、よかった。
ポートレート写真ではなくて、
絵を描こうとするのと同じタイプの写真があって、
小鳥さんの写真集にはそれが混ざっていないと、
「この人、大丈夫?」って思われちゃう可能性があります。
時々、「僕、ちゃんと撮れるんだぞ」っていう写真を、
けっこう意図的に混ぜているんですよね。
小鳥
はい。すごく冷静な部分です。
糸井
だから、みなさんがお金を出して写真集を買うんです。
意図のある写真が、真ん中にあると思うんですよね。
小鳥
はい。
糸井
これは、もう油断そのものですよね。
小鳥
これ見て、「撮ったっけ?」って思ったんです。
パソコンで音楽を聴いて、みんな盛り上がってました。
めっちゃ笑ってました。
糸井
うん、うれしそうなんですよ。それが撮れてるんだね。
でも、これが入ることで、いい感じの油断が混じった。
捨てるよりは、あったほうがいいんです。
この「500円」みたいなのが活きちゃうんだよね。
小鳥
そうですね。写真って、おもしろいですね。
糸井
写真がおもしろいのは、
撮ったつもりもない余計なものが、活きちゃうんですよ。
この「500円」には、
あんまり意味はないかもしれないんだけど、
いまこうして見ると楽しいですよね。
これが絵だと、なかなかそれができないんですよね。
糸井
これは当然、キャッキャ言ってますから。
ここでは左の男の子が効いてますねぇ。
小鳥
はい。すごいですね。
糸井
以前、学芸員の人と一緒に「書」を見て
書の見方を学ぶ企画がありました。
その時にわかったことですけど、
「どういうふうに筆が動いたかを再現しながら見る」
という見方があるんですよ。
ここはすごい速さが出た。ここでじつは一回止まって、
ゆっくりになって、ググッと押しつけてこすった。
思い切り跳ねた。躊躇した。止まった。
みたいなことを知ると、その勢いが見えるわけです。
でも、活字はベタッとした面積が押されたものだから、
その時間の流れが見えないんですよ。
写真って、前後の時間が見えるんで、
書の見方とすごく似てるなって、僕は思うんですよね。
「一緒に止まりましょう」と言って楽しむ写真もあるし、
前後の時間が一緒になった様子を見せる写真もあって、
両方の見方があると思うんです。
もうちょっと見ようかな。
糸井
ああ、これはもう写真家ですよ。
小鳥
はい(笑)。
糸井
全部ばれちゃうね(笑)。
あの猫のいる分量と、本の配分がいい。
もし水彩画で描いても「いいね!」って言えるもので、
ニコッと笑うより、キラッていう瞬間の写真です。
猫もいい味を出しているし、これはこれで楽しいですね。
猫シリーズはみんなそうだね。
糸井
これもよくできてるよね。
美人に見える猫だ。
小鳥
はい。ふくちゃんっていうんです。
糸井
これはもう、そういう造形というか、
醸し出してくる美しさを撮りたいっていう写真。
だから写真が笑っていなくて、作品を作ってますよね。
小鳥
猫が窓から出てきちゃいそうだったんですよ。
出てきたら大変だと思ったけど、きれいだなと思って。
糸井
あぁ。いいですねぇ。もうちょっと見よう。
糸井
これは、「きれいだから」と、「油断そのもの」の
2つの世界が融合したものです。
この写真を撮っておこうと思うところが小鳥さんですね。
小鳥
あ、そうかもしれないですね。
糸井
猫の表情が光ってますよね。
小鳥
これ、金沢で撮った写真のナンバーワン候補です。
糸井
すごくいいですよね。いや、おもしろい。
カメラマンと直接、こんなふうに写真の話をしたのって、
もしかしたら初めてかもしれないね。
小鳥
僕以外のカメラマンでシリーズ化したら観に行きます。
糸井
いやぁ‥‥。小鳥さんは隠さないからしゃべれるけど、
たぶんみんな、もうちょっと隠しますよ。
小鳥
隠しますかね。
糸井
「俺の撮影の秘密が、お前なんかにわかってたまるか」
というのはあると思うよ。
小鳥
僕は、自分のことが、自分じゃわからなくて。
糸井
無意識でやっているからね。