- 糸井
- 石川さんがおっしゃることには全部、
同じものは二つとないっていう、
強靭な気持ちが見えます。
今のものって、商品でも、
「これを買ったらちょっと傷ついてます」とか、
違いが排除されていく傾向がありますよね。
「0」「1」みたいに記号化した活字に、
どんどん慣れていっているから、
コントロールがしにくいということで、
文字が捨てられていくんでしょうかね。
- 石川
- 逆にいうとね、活字を扱う人なんかが、
ハネているとか、ハネていないとか気にしますが、
あんなものはどっちでもいい、
両方一緒なんですよ。
異体字も含めて同じ字なんです。
- 糸井
- 昔の人は、同じ手紙の中に
違う形で同じ字を
書いていることもありますよね。
- 石川
- そうそう、そうそう。
僕も「書が面白いな」と思ったのは、
先生が「柳」っていう字を、
異体字で書いたんですよね。
「えっ、こんな柳でいいんだ」と驚きました。
小学生時代の自分が
「柳」の異体字に興味を持っていたのに、
そういうものを排除して、
これとこれとは違う、なんて言えませんね。
- 糸井
- 異体字は、縦書きならではかもしれませんね。
そう考えると、横で書くっていうのは、
相当無理なことなんでしょうか。
- 石川
- 日本語を横に書くというのは、
英語を縦に書くのと同じです。
こういうと人は笑うけれど、
いや、本当なんですよ。
- 糸井
- ぼくも横に書く癖がついていますから、
アルファベットのように
日本語を使ってるのは確かです。
- 石川
- それがもう、ぼくは信じがたいですね。
業務用の文書は数字だとか記号が
たくさん付くから仕方ないけれど、
私信で横に書くのはね、
それはあり得ないでしょう。
- 糸井
- いやあ、なんか、
罪を犯している気分です‥‥(笑)。
- 石川
- そう思ってください、ぜひ(笑)。
だって、縦に書かなかったら、
何をもって、一つの証しを立てますか。
- 糸井
- うーん‥‥。
時々、このあたりがわからなくなります。
- 石川
- 要するに、縦に書かずして、
どこで信じることが生じてきますか。
信の成立、信がどこで成立するか。
- 糸井
- すごいとこへ連れて行かれている気がします。
- 石川
- 西洋は横に書きますが、
縦に話すんですよね。
つまり、神に向かって話をする。
- 糸井
- ああ、なるほど。そうですね。
- 石川
- 神が仲立ちになって、
そこに信が成立するわけですよ。
でも、漢字文明圏の東アジアには
イスラム教やキリスト教がいうような、
神が基本的にはいないんですよ。
そのかわり、信の証しは何かというと、
縦に書くことで天を想定して、
「天地神明に誓って」という思いが、
無意識に働くわけですよ。
- 糸井
- 誓いは横に書けないわけですね。
- 石川
- 横の誓約書というのは、
本来はないはずです。
皆さんも書いてみられたら、
誓約書を横に書いた時と、
縦に書いた時とで違うと思います。
- 糸井
- 人前結婚式がありますけど、
「互いを仮の神としましょう」
ということでしょうかね。
- 石川
- 東アジアでは縦に書いて、話す時は横。
口約束なんですよ。
だから、「そんなこと言ったっけ」でも
済ませられるわけですよ。
西洋でそんなことを言ったらびっくりしますよ。
口約束だと言っても「約束じゃないか!」と怒ります。
我々は、縦に書かないと信の証しが立ちません。
口約束では、
誰に対しても、自分が証を立てるものがないから、
この場をごまかせば何とでもなるだろうと、
そのいかさまが通るわけです。
- 糸井
- 天が無くなって、
平面上で逃げ回ってる感じですね。
- 石川
- そうそう、そうそう。
- 糸井
- ところで、石川さんが
好きな書家はいるんですか。
- 石川
- それは断然、良寛です。
あそこには、書の精髄がありますね。
- 糸井
- 良寛の字は惚れ惚れしますよね。
どうして、あんなの書けちゃうんですかね。
ぼくはよく漫画を見ていて思うのですが、
心を打つものがあれば、
上手い下手を超えた何かがあるわけです。
そこで、簡単に否定する人に対して、
「そういうふうに言うものじゃないよ」
と言っているのが、相田みつをさんです。
石川さんは、どう感じられますか。
- 石川
- あの人はうまいです。
展覧会に入選する人ですよ。
- 糸井
- ああ、やっぱりそうですか。
- 石川
- 最近の若い書家に多いような、
勢いだけで書き進めるタイプとは違う実力派。
最近それなのに、わざと下手に見せているんです。
- 糸井
- 隠そうとしても、
ばれちゃうんですね。
- 石川
- 上手いですよ、そういう面で言えば、上手いほうに入る。
- 糸井
- やっぱりそうですか。
「みつを」は、言葉も下手に見せていますが、
批判する人よりも、
鍛え抜かれていると思っているんです。
- 石川
- 上手なことは、事実ですから。
- (つづきます)