- 糸井
- もし、今からぼくが、
書道を始めるとしたら、
石川さんのテキストを買うことから
始めたらいいのでしょうか。
- 石川
- まあ、これを手がかりにして
「雁塔聖教序(がんとうしょうぎょうじょ)」に
出合うことでしょう。
平仮名で出合うべきは、
「寸松庵色紙(すんしょうあんしきし)」ですね。
- 糸井
- 『寸松庵色紙』、知らないですね。
- 石川
- 寸松庵色紙はね、構図も見所です。
左右に分かれて歌が書かれています。
これは「別かち書き」と呼びますが、
尾形光琳の紅白梅図屏風のもとになったものです。
上(かみ)と下(しも)、そして中央が川ですね。
右側を紅梅にして、左側を白梅にすると、
尾形光琳の紅白梅図屏風になるわけです。
右側を此岸にして、左側を彼岸にすると、
「平家納経」にもなるんです。
阿弥陀仏がいて、三途の川はここにあるんですよ。
「寸松庵色紙」は別かち書きというんですけど、
この構図が「紅白梅図屏風」になり、
これを延ばせば「源氏物語絵巻」でしょう。
- 糸井
- ああ、みんなこの角度ですよね。
- 石川
- 中央の川が、洛中洛外図屏風や
絵巻物では金色の雲になる。
川であり、雲であり、霧であり、煙であり、
こういうものを描く。
- 糸井
- 曖昧に分かつものですね。
- 石川
- この構成の左側は、
中国であり、男なんですね。
で、右側は日本であり、女です。
平仮名のことを「女手(おんなで)」と言い、
漢字のことを「男手」と言うんです。
韓国でも、ハングルのことを「女手」って言いますね。
東アジアにおいては、
中央には中国の大陸があって、中国は男。
島国の日本との間には、海がありますから、
微妙に隔ててもいるし、つないでもいるんです。
- 糸井
- 船で渡る場所ですね。
- 石川
- 歌でもそうでしょう?
「男と女の間には深くて暗い川がある」。
- 糸井
- 野坂昭如さんが歌っていましたね。
- 石川
- 「男の舟唄」も、
別かち書きと同じ構造なんです。
平仮名を書くときには、
漢字のことも忘れられません。
そういう力が働いて日本語が成り立っている。
- 糸井
- 日本も中国も、
こういう志向がありますね。
- 石川
- 中国からしたら、
四季とか花をめでるとか
そういうものと共に過ごす豊かさは、
むしろ日本から学びたいわけです。
だから、若い人なんかが
日本へ留学に来るわけですよ。
お互いが補完し合うのがいい。
中国も日本を必要とするし、
日本も中国を必要とする。
それが日本語でもあるし、
それが日本の文化だというふうに生きれば、
おかしな争いは起きっこないんですよ。
- 糸井
- 中国の人が爆買いだ何だって求めにくるのって、
たしかに、女性的なものですね。
趣味とか、センスのいいものとか、
機械を買うにしても電気釜だったりね。
ぼくらの「ほぼ日手帳」が、
中国の人に受け入れられつつあるんですが、
いわば、手弱女ぶりの部分で受け入れられているので、
そこを間違わないほうがいいですよね。
- 石川
- そうそう、そうです。
間違わないほうがいいですね。
- 糸井
- うん、うん。
- 石川
- 漢字語の廃止の話が出ましたけれどね、
むしろ、漢字をもっと大事にきっちりやって、
自分たちのものだと認識しないといけません。
漢字っていうのは中国のものだけではなくて、
日本のものでもあるんだし。
だから、漢字書き取りが大事なんです。
「もう、これからは書けなくても読めればいい」
なんてことを言う人もいますけれど、
書けなきゃ、読めなくなるに決まっています。
書かない文字は使わなくなるし、
使わなくなれば書けなくなる。
漢字が無くなるということは、
男手の表現が弱くなるわけです。
- 糸井
- その辺の考えというのは、
石川さんは書家をやりながら、
たどり着いて行ったのでしょうか。
- 石川
- 書をやっているから、
見えてきたということですね
最初に疑問を持ったのが、
書道をやっていると、
漢字の部と仮名の部というのがあるんです。
おかしいじゃないかと思いました。
日本語っていうのは漢字仮名交じりだって、
ぼくらが最初にそれを言い出したんです。
書は、現代の言葉を書かなきゃなりませんから。
- 糸井
- はい。
- 石川
- 書道なんて近代に入ってからは、
官から見離されているわけですよね。
見離されたけれども、
民間の書道塾とかそういう形で、
日本語を支えてきたわけです。
そして漢字は消えなかった。
- 糸井
- 消えなかったということは、
根強かったということですね。
- 石川
- そう、やっぱり必要だったわけです。
だから、漢字廃止論や仮名書き論があっても、
漢字は廃止できませんでした。
それは、日本語というのは
一方は漢字語ですから、
それを廃止すると
日本語でなくなってしまう。
当然できっこないわけです。
- 糸井
- しゃべれなくなっちゃう。
- 石川
- そうそう、日本語でなくなるから。
早くそこに気づいてもらいたいですね。
- (つづきます)
▲源氏物語書巻 五十五帖「椎本」