特集「色物さん。」、おふたりめの登場は、
動物ものまねの江戸家小猫さんです。
初春のウグイスやカエル、秋の虫たちから、
テナガザル、ヌー、アルパカまで。
じつに豊富なバリエーションと
じっと目を閉じて聞きたくなるクオリティ。
その絶品の芸を裏付けていたのは、
120年の歴史を誇る「江戸家」の伝統と、
全国の動物園に通い続ける努力でした。
担当は「ほぼ日」奥野です。さあ、どうぞ。
江戸家 小猫(えどや こねこ)
1977年、東京生まれ。江戸家猫八(四代目)の長男。2009年、立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科に入学。2011年、江戸家小猫(二代目)を襲名。2012年、落語協会に入会。2017年に花形演芸会の銀賞、2018年に金賞、2019年に大賞を受賞。2020年に浅草芸能大賞の新人賞を受賞。同年、芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。
- ──
- 小猫さんって、
もともと動物がお好きだったんですか。
- 小猫
- 嫌いではなかったですが、
大好きかと言えば、ほど遠い感じです。 - 父も家族を動物園に連れて行くことは
とくにしなかったですし、
家で唯一飼ったのはミドリガメくらい。
- ──
- 鳴くんですか。
- 小猫
- 鳴かないです(笑)。
- 友だちと一緒に買ってきちゃって、
どんどん育っちゃって困ったり‥‥
あ、ちゃんと最後まで飼いましたよ。
あとは牧場なんかに行っても、
馬が怖くてなかなか近づけなかったり、
そんな感じの子どもでした。
- ──
- たしかに、ふつう‥‥って感じです。
- 小猫
- でも、小猫になる直前、
各地の動物園の飼育員のみなさま方と、
繋がりができはじめたんです。 - ご自分が担当する動物への愛情って、
みなさん、すごいんです。
そういう人たちと
ゆっくりお酒を酌み交わしながら
お話をうかがうと、
動物の魅力がビンビン伝わってきて。
動物が、どんどん好きになりました。
- ──
- 小猫さんが動物に向き合う感覚って、
きっと、ぼくたち
一般の人とは少し違うんでしょうね。
- 小猫
- はい、たぶん違うと思います。
- ちいさい犬や猫と接するときとかも、
声色を変えたりしないですし、
この性格のまんま、冷静に、
客観的に動物と向き合っていたくて。
野生動物って、
意外にそういう人間が好きみたいで、
わりに動物ウケはいいと思ってます。
- ──
- 動物に好かれるタイプ。
- 小猫
- なんとなく、波長は合うみたいです。
- ある動物園にいる人見知りのゾウが
ちょっとご機嫌ナナメで、
飼育員さんも
「今日は、近づいてこないかも」
と言ってたんですが、
わたしがリンゴをあげてみたら、
檻越しの鼻での受け取り方が
「明らかに好意的」と言ってました。
- ──
- 動物たちの前で鳴きまねして、
気を引いているわけでもなく。
- 小猫
- してないです(笑)。
- ──
- 生物として好かれているんですかね。
- 小猫
- 何なんでしょうねえ。
- 人間と暮らしてる犬や猫は別ですけど、
とくに野生動物ってたぶん、
あまりかまいすぎるよりも
「興味ない」くらいにしてたほうが、
あっちも居心地いいのかも。
本当のところは、わかりませんけどね。
- ──
- さほど動物好きじゃなかった子どもが、
動物園に通ううちに、
本物と聞きわけがつかないほどの
鳴き声を出す人になったのかあ(笑)。
- 小猫
- はい(笑)、動物園とのご縁は、
『あらしのよるに』の絵を描かれた
絵本作家のあべ弘士さんが、
つないでくださったものなんですよ。 - あべさんって、
もとは旭山動物園の飼育員なんです。
- ──
- そうなんですか。北海道の、有名な。
- 小猫
- 25年ほど飼育員をなさったあとに、
絵本作家に転身されて‥‥。
その後も、
動物園の世界とのネットワークを
持ち続けてらっしゃる方なんです。 - まだ、わたしが小猫になる前、
北海道の離島でお会いしたんですね。
その夜、お酒を飲んでいたとき、
動物園で勉強するつもりがあるなら、
紹介するよって。
- ──
- おお。
- 小猫
- あべさんは、
江戸家の芸をごらんくださっていて、
素晴らしいと
おっしゃってくださったんですが、
他方で、動物園には、
もっといろんな声で鳴くのがいるよ、
という思いを持っていらして。
- ──
- 25年の飼育員の経験から。
- 小猫
- そう。もしもきみが、
動物園の世界を本気で勉強したいなら、
いい人を紹介するから、
数か月後に
京都でやるトークショーにおいでって。 - で、わたし、実際に行ったんです。
- ──
- そのトークショーに?
- 小猫
- はい。お酒の席でのお誘いだったんで、
あべさんも、
まさか来るとは思ってなかったようで、
「きみの本気がわかった」と言って、
業界内で顔の広い飼育員の方に、
わたしを、つないでくださったんです。 - あとはこの人に任せるから、
いろいろなお付き合いしてごらんって、
あべさんが、ポンと、
ぼくの背中を押してくださったんです。
- ──
- その方は、どういった‥‥。
- 小猫
- なんの伝手もないころ、
どこかの動物園に
はじめて訪ねて行くときには必ず、
おうかがいをしていた方ですね。 - そうすると
「ああ、あそこの動物園なら、
まずはこの人に話をするといいよ」と、
教えてくださるんです。
- ──
- 各動物園の、キーパーソンを。
- 小猫
- そうやって、全国の動物園の
飼育員のみなさんに繋いでいただいて、
わたしのいまが、あるんです。
- ──
- その道を、
あべ弘士さんが、導いてくださったと。
そういう出会いがあったんですね。 - 話はすっかり変わりますが、
お父さんの「ウグイス」の鳴き方と、
小猫さんの鳴き方とでは、
たしか、足の角度が違うんですよね。
- 小猫
- 鳴くときの勢いづけ、と言いますか。
- ウグイスって、
本当に、ちっちゃな鳥なんですよね。
あんなにちいさい身体から、
あれほど遠くまで聞こえる声を出す。
それだけでびっくりするんですが、
繫殖期のピークには、
1日1000から3000回、鳴くんです。
- ──
- そんなに。
- 小猫
- 仮に、日の出前から日暮れまでが
10時間としたら、
最低でも1時間100回。30分で50回。 - それだけの回数を、
一生懸命にちいさな身体を膨らませて、
全身を使って鳴いているんです。
- ──
- ウグイス、すごい‥‥!
- 小猫
- その勢いを表現したかった父は、
鳴いているうちに、
徐々に足を上げるようになった。 - 具体的には、片足だけ、
真後ろに伸ばす感じなんですが。
- ──
- ええ。
- 小猫
- わたしの場合は、
父とはまたちょっと違う感じで、
「ホケキョ!」
と鳴くときの最後の「キレ」を、
「ケキョッ!」とやりたいんですね。 - まだまだ完成形ではないのですが、
「ケキョ」と鳴く瞬間に、
わたしは、片足立ちで屈伸する感じ。
- ──
- 「伸ばす」お父さんとは、違って。
- 小猫
- 鳴く際に「屈伸」の動きを入れると、
おなかに力を入れやすいからです。 - 最初は、両足ともつけていたのを、
片足を少し上げたりとか、
いちばんいいところを探るうちに、
いまのわたしの足の曲げ方になった。
それを見て、寄席のお客さんが
「動きがコミカルで、おもしろいね」
とおっしゃってくださるんです。
- ──
- あの足の動き「込み」で、
小猫さんのウグイス‥‥ですものね。
- 小猫
- ありがとうございます。
- 他の動物を鳴くときも、
いろいろ足を使うようになっていき、
いまでは
テレビにバストアップで映されると、
Twitterなんかでは
「ここは引きでなきゃもったいない」
とつぶやいていただけるほど、
「足」に注目していただいています。
- ──
- ようするに、お父さんの真似をした、
というわけではないのに、
同じ「足」にたどりついたんですか。
- 小猫
- そういうことです。
- 父がこうしろと言ったわけではなく、
動物の気持ちになりきって、
声を遠くに飛ばしたいとか、
キレをよくしたいと思ったときに、
自然に「足に出た」んだと思います。
- ──
- 父と子で。おもしろいなあ(笑)。
- よく「今日のお客さんは‥‥」って、
みなさんおっしゃいますが、
今日のお客さんの空気というのは、
演者さんには、一目瞭然なんですか。
- 小猫
- わかりやすい指標は、笑いの質です。
- 顔は笑ってくれているし、
話もよく聞いてくれているんだけど、
声はそんなに出ていない。
そんな日は、演者同士で
「今日は、少しまだ重めな感じですね」
と言い合ったりしてます。
- ──
- 重め。
- 小猫
- 他方で、ちょっと投げこむだけで、
早いレスポンスでドーンと笑いが来る、
そういう日もあって、
客席も、いろいろなんです。不思議と。 - たまたま集まったお客さんたちなのに、
定番ネタがウケるかウケないか、
ダジャレ系が好きか、ぜんぜんダメか、
その日の傾向がしっかりあるんです。
- ──
- 座っている側も、
一体感を感じる瞬間はあるんですけど、
そうなんですか。
- 小猫
- ひとつには、声を出して笑ってくれる
お客さんの好みで、
その日の「空気」がつくられるのかも。 - 声を出して笑う人が起点となって、
笑いが広がっていったりするんですよ。
- ──
- 笑いのリーダー的な人がいるんだ。
- 小猫
- そこを見極めることも、重要なんです。
- さっきまであんなに笑ってたのに、
ダジャレを振ったらスンとも笑わない。
それで、全体的にスベった感じに
なっちゃうってことにもなりかねない。
- ──
- お出になっている人にとっては、
そう見えてるんですね、客席の側って。
- 小猫
- 寄席って難しいなあと思うのは、
昼から夜までやっている流れのなかで、
出番の30分前に楽屋に入り、
前方の師匠の高座を
ソデでじっと聞かせていただくんです。 - そこで「今日の空気」を、判断する。
なるほど、この師匠のこのネタが
このくらいの感じだったら、
ウグイスのネタの入りは
こっちのパターンでいこうか‥‥とか、
その場で戦略を立てるんです。
- ──
- 舞台のソデで。そんなギリギリの場で。
- 小猫
- ソデで決めた通りにやることもあれば、
舞台に上がって
あれ、なんか違うぞと感じたら、
その場でネタを入れ替えることもある。
- ──
- えええ、そんなことしてたんですか。
- 小猫
- 変更が吉と出る場合もあるし、
泥沼にハマってしまう場合もあります。
ただ、たとえスベったとしても、
それは経験として次に活きるんですね。 - そうやって場数を踏んで
せっかく身体を張って取ったデータを、
次の舞台へ活かしています。
- ──
- なるほど。
- 小猫
- つまり、お客さんが育ててくれるんです。
(つづきます)
2022-10-13-THU
-
定番のウグイス、カエル、秋の虫から、
フクロテナガザル、アシカ、
さらにヌーやクロサイ、アルパカまで!
来年2023年の春には、
五代目の江戸家猫八を襲名する
小猫さんの動物なきまねは本当に絶品。ぜひとも寄席などへ、
きがるに聞きに行ってみてください。
地方の動物園で公演してたりするので、
出演情報は、公式サイトでチェックを。
たまに開催している
Twitterスペースも楽しいですよ。なお、今回の取材に際しては、
小猫さんもたびたび通っているという
井の頭自然文化園のなかに佇む
童心居という建物をお借りしました。
ここは、詩人・野口雨情さんの書斎を
移築したもので、
申請すれば有料でお借りできるんです。
(小猫さんに教えてもらいました)
ふだんはお茶会や句会が開かれている
この趣き深い建物、
機会があったら、訪れてみてください。撮影:中村圭介