ノンフィクション作家として
数多くの刺激的な本を書いてきた
高野秀行さんは、
早稲田大学探検部の時代から、
絶えず休まず、
地球の隅々に好奇心の矢をはなち、
「おもしろそう!」を発見するや、
ひょいっと飛んで、
そこにあるものごとを丸ごと、
見て聞いて喋って食べてきました。
コンゴで幻獣を探した30年前、
アフリカで納豆を追う現在。
全人生で探検している!
その好奇心と行動力に、憧れます。
全9回。担当はほぼ日奥野です。

>高野秀行さんのプロフィール

高野秀行 プロフィール画像

高野秀行(たかの・ひでゆき)

1966年、東京都八王子市生まれ。ノンフィクション作家。 早稲田大学探検部在籍時に書いた『幻獣ムベンベを追え』(集英社文庫)をきっかけに文筆活動を開始。「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをやり、それを面白おかしく書く」がモットー。『謎の独立国家ソマリランド』で第35回講談社ノンフィクション賞を受賞、第3回梅棹忠夫・山と探検文学賞を受賞。主な著書に『アヘン王国潜入記』『イスラム飲酒紀行』『謎のアジア納豆 そして帰ってきた〈日本納豆〉』など。2020年8月に最新刊 『幻のアフリカ納豆を追え! そして現れた<サピエンス納豆>』が刊行されました。

前へ目次ページへ次へ

第3回 イラクの湿地帯をゆく。

──
いまはコロナウィルスの感染拡大で、
高野さんも、
日本国内にとどまることを
余儀なくされていると思うんですが。
高野
ええ。
──
直前までは、何をやってたんですか。
高野
イラクの湿地帯に、通っていました。
そこを船旅をしようって。
──
イラクの湿地帯‥‥で、船旅。
雑誌『オール讀物』で連載している
「イラク水滸伝」ですね。
高野
イラクって砂漠のイメージですよね。
──
はい、たしかに。
高野
学校で習ったと思うけど、
ティグリス川とユーフラテス川って
メソポタミア文明の生まれた川、
その合流点のあたりが、
巨大な湿地帯になっているんですよ。
大きいときは、
東京都より大きくなるほどなんです。
──
わー、そんなに。デッカい。
高野
そのあたりに水の民が住んでいて、
ボートで移動しながら
水牛を飼って暮らしているんです。
‥‥というのを、たまたま
朝日新聞の記事で見たんですけど。

イラクの湿地帯。移動手段は舟のみ イラクの湿地帯。移動手段は舟のみ

──
ええ。
高野
以前に本で読んではいたんですが、
あらためて興味を惹かれ、
記事を書いた朝日の記者に連絡し、
時間をもらって話を聞いて、
次はこれをやろうと思ったんです。
記事を読んでから決意するまでに、
まる2日くらい(笑)。
──
すごい、ピンときたんですね。
これはおもしろいぞと。
高野
前段階として、
イラクに行ってみたいというのは
20年以上、
ずっと思っていたんですけれども。
──
でも、テーマがみつからずに?
高野
そうそう。
──
通っていると言われていましたが、
じゃあ、
すでに何度か行かれてるんですね。
高野
2回、行きました。
広大な湿地帯を船で旅するために
地元の船大工さんに、
7~8人乗りの、
アラビアンナイトみたいな
伝統的な船を、つくってもらって。
本当なら4月に行って、
実際に、湿地帯を巡る予定でした。
──
帆船ですか。
高野
いや、帆を張ることはできるけど、
基本は漕ぐ方式ですね。
探検部のときの先輩といっしょに
やってるんです。
──
イラクの湿地を、ふたりで船の旅。
探検部時代の先輩と。
高野
デカい船なんで
2人だけだと漕げないんですよね。
地元の若い衆も雇います。
浮島みたいなのに住んでるんです。
──
へえ‥‥浮島。
高野
でも、現地の人って、もう
みんなモーター付きの船を使って
移動してるから、
ぎょうぎょうしい昔の船で
漕いでまわるつもりだっていうと、
大笑いで、
みんな大ウケするんだけど(笑)。

──
なんでわざわざ‥‥と(笑)。
でも、その人たちって、
浮島の上に住んでいるんですか?
家を建てて?
高野
葦をアーチ状にして家にしてる。
テントみたいなもんです。
──
つまり、移動式ってことですか。
高野
そうそう、移動するときは、
家財道具をボートに積んでいく。
水牛も連れて。
5000年くらい前から、
そういう生活をしてるらしくて。
──
そんなに!
高野
楔形文字で書かれている
5000年くらい前の粘土板に、
当時の人の家の絵が
描かれて残っているんですけど、
今のと同じなんです(笑)。
──
その周辺は変化してきてるのに、
湿地の民だけは、
まったく同じ生活をしていると。
その人たちがお金を稼ぐ手段は、
水牛の酪農ってことですか。
高野
そう、乳を搾って、
チーズやバター、クリーム類を
つくって売ったり。
魚をつかまえて売ったり、
葦でゴザをつくったり‥‥とか。
──
そういう生活を、5000年も。
高野
コロナの騒動がなければ、
今ごろもう取材は終わっていて、
本を書いてるはずでした。
船は向こうに
保存しておいてもらってるけど、
どうなってることやら。
──
木製ですか、その船は。
高野
ええ、木ですね。
──
葦といえばなんですが、
知り合いに、葦でつくった船で
太平洋を渡ろうとしている
石川仁さんという冒険家がいて。
いま、その人のプロジェクトも、
中断してるんですけど。
高野
うん。
──
全長13メートルの葦船に乗って
西海岸からハワイまで
風の力だけで行こうとしてらして。
高野
そんなに大きいんだ。
──
おもしろいなあと思ったのは、
葦船って、
陸上で組み立ててるときに
葦の中に虫が入り込んできていて、
海へ下ろすと、
その虫を食べようとして、
魚たちが寄ってくるそうなんです。
高野
へえ。
──
だから、常に「入れ食い状態」で
道中、
まったく食料に困らないそうです。
高野
へぇ~、そうなんだ、すごいなあ。
なんだその船(笑)。

5000年前から形が変わっていない葦の家。 5000年前から形が変わっていない葦の家。

2020-11-11-WED

前へ目次ページへ次へ
  • 幻のアフリカ納豆を追え!

    納豆という食べものに、

    これほどの好奇心とエネルギーを注いで、
    
アジアのゲリラ地帯から、
    
朝鮮半島の軍事境界線、
    
さらには遥かなるアフリカ大陸にまで
    
飛んでいってしまえるのは、
    
世界広しと言えども高野さんしかしない!
    
すっかり日本独自の食品であると
    
思い込んでいた納豆を、

    幻獣ムベンベを追ったのと同じ情熱で、
    
遠くナイジェリア、セネガル、
    
ブルキナファソ‥‥まで追いかけ回し、
    
独自の探求を更に深めてらっしゃいます。
    厚い本だけど、スイスイ読めておもしろい。
    最後のページをめくったあとに、
    どこか旅の終わりの寂しさが残るところも、
    高野さんの作品の魅力だと思います。

    Amazonでのおもとめはこちら

    連続インタビュー 挑む人たち。