ノンフィクション作家として
数多くの刺激的な本を書いてきた
高野秀行さんは、
早稲田大学探検部の時代から、
絶えず休まず、
地球の隅々に好奇心の矢をはなち、
「おもしろそう!」を発見するや、
ひょいっと飛んで、
そこにあるものごとを丸ごと、
見て聞いて喋って食べてきました。
コンゴで幻獣を探した30年前、
アフリカで納豆を追う現在。
全人生で探検している!
その好奇心と行動力に、憧れます。
全9回。担当はほぼ日奥野です。
高野秀行(たかの・ひでゆき)
1966年、東京都八王子市生まれ。ノンフィクション作家。 早稲田大学探検部在籍時に書いた『幻獣ムベンベを追え』(集英社文庫)をきっかけに文筆活動を開始。「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをやり、それを面白おかしく書く」がモットー。『謎の独立国家ソマリランド』で第35回講談社ノンフィクション賞を受賞、第3回梅棹忠夫・山と探検文学賞を受賞。主な著書に『アヘン王国潜入記』『イスラム飲酒紀行』『謎のアジア納豆 そして帰ってきた〈日本納豆〉』など。2020年8月に最新刊 『幻のアフリカ納豆を追え! そして現れた<サピエンス納豆>』が刊行されました。
- ──
- アジア各地の辺境地帯から、
日本の食材だと思っていた納豆が、
ザクザク出てきた‥‥。
- 高野
- 内陸の山奥なんかでは、
魚や動物の肉が手に入りにくくて、
そのために、納豆が、
タンパク質の供給源だったんです。 - さらには、
調味料やダシの素に使われていて。
- ──
- なんと、調味料としてまで。
- 高野
- 海に近い場所だったら
魚のダシをとることができるけど、
山奥だと難しいでしょ。 - 納豆って、
グルタミン酸を多く含んでるので、
旨味の素として、
調味料に使う民族が多いんですね。
- ──
- なるほど。合理的な理由が。
- 高野
- つまり基本の食材だったんですよ。
彼らの食文化にとっては。
- ──
- つくりかたも、同じなんですか。
- 高野
- ほとんど、同じ。ただ日本では、
伝統的に
ワラに包んでつくってきたので、
納豆菌って
ワラについているっていうのが、
納豆関係者の認識だったんけど、
関係ないってことが、わかった。 - アジアでは、
バナナでもパパイヤでも何でも、
大きな葉っぱなら
なんでもいい‥‥みたいな感じで
つくってました。
- ──
- 成分的にも日本の納豆と同じ?
- 高野
- アジア辺境の納豆を、
東京都立食品技術センターの先生に
分析してもらったら、
ほぼ同じという結果が出ました。 - 東京の納豆菌と、
大阪の納豆菌が違うくらいな感じ。
- ──
- じゃあ、やっぱり納豆なんですね。
- 高野
- ただ、アジアの辺境地の納豆って、
加熱して汁物に入れたり、
揚げたり煮たり‥‥
日本よりもぜんぜん、
バリエーションが豊富なんですよ。 - だからアジアの納豆民からすると、
なんで日本人は
ゴハンにかけてばっかりなのかと、
いぶかしむんじゃないかな。
- ──
- でも、どうして、
ニッポンならではの食べ物だって
思われていたんですかね?
- 高野
- 納豆って自分の家で食べるもので、
人に出さないからじゃないかと。
- ──
- ああ‥‥お客さんに出さないもの。
- 高野
- 最近でこそ、牛丼屋の朝定食とか
飲み屋のつまみで見るけど、
基本、レストランや食堂にだって、
出てこなかった食品ですよね。 - で、その事情はアジアでも同じで、
外部の人間には、
その存在が知られていなかった。
- ──
- なるほど‥‥。
- 高野
- 言ってみれば、
みんな「納豆」のことを、
どこか
身内のように思ってるんですよ。 - お父さん、みたいな。
- ──
- ちょっとにおう、お父さん‥‥。
- 高野
- そうそう、そういう感じ(笑)。
- わざわざ人が来たときに、
ごちそうとしては出さないんです。
でも反面、お父さんだから、
好きだし、
すごくプライド持っているんです。
- ──
- はー‥‥。
- 高野
- ウチの納豆がいちばんおいしいぞ、
他の納豆なんてダメダメ、
あんなのは納豆って言えないって、
どこへ行っても言うんです。 - 日本人にアジア納豆を食べさすと、
「日本の納豆のほうがうまい」
って、必ず言うんだけど、
納豆民族みんな同じこと言うから。
- ──
- 高野さんご自身は、
どこ国の納豆がお好きなんですか。
- 高野
- いやあ‥‥そうですねぇ、
ぼくがすごいなあって思ったのは、
ミャンマーとインドの
国境地帯に住んでいる
ナガと呼ばれている人たちの納豆。 - つい最近まで
アジア最後の秘境と言われていて、
数十年前まで、
首狩りやってた人たちなんだけど。
- ──
- えええ、そんな最近まで。
- 高野
- 彼ら、納豆が大好きで、
納豆ばっかり食べているんですよ。 - 囲炉裏の上の吊り棚に、
必ず納豆が置いてあるんですよね。
- ──
- 東北の「いぶりがっこ」みたいに。
- 高野
- そう、そこで燻すんですよ。
- で、1ヶ月くらい燻しておくと、
じつにまろやかな納豆ができます。
- ──
- そうなんですか。まろやか納豆。
- 高野
- 味も、納豆っていうより、
上質な昆布、みたいな旨味がある。 - それを料理に使ってるんです。
- ──
- 納豆なのに、昆布。
- 高野
- つい何十年前まで
首狩りをやっていたなんて聞くと、
さぞかし「未開」で、
野蛮なものを食べているだろうと
思っちゃいがちだけど、
納豆文化っていう点から見ると、
彼らは、
ぼくらよりも「深い」と思います。
- ──
- しかも、のみならずというか、
アフリカにも存在したんですよね。 - 納豆‥‥が。
- 高野
- そう、それについて書いた
『謎のアフリカ納豆』という本が
先日、出たんですけど。 - ザックリ言うと、
アジアとは別の豆でつくっていて。
- ──
- おお。
- 高野
- ものすごくデッカいマメ科の木に
サヤがザバーっと
ぶら下がってるんですけど、
その豆を使って、つくっています。 - タマリンドって、見たことない?
- ──
- あ、巨大な落花生みたいな。
- 高野
- そう、あんな感じの大きい豆を煮て、
ひょうたんを切ったボウルに
その煮豆を入れておくと、
そのひょうたんに納豆菌がついていて、
発酵するんです。
- ──
- ひょうたん納豆!
- 高野
- 次の日には、もうネバネバし出して、
「できてるじゃん!」って(笑)。 - どこからどう見ても、納豆なんです。
- ──
- そういう人たちに、
日本の納豆を食べてもらったことは
あるんですか。
- 高野
- まだアフリカへ持っていったことは
ないんだけど、
アジアの人には食べてもらいました。 - ああ、なるほどね、みたいな反応が
返ってきますね、だいたい。
ちょっとネバネバしすぎているけど、
基本同じねって。
- ──
- でも、うちのがうまいけどね‥‥と。
- 高野
- そうそう。
なにしろ「プライド」持ってるから。 - うちの納豆‥‥に、みんな。
(つづきます)
2020-11-17-TUE
-
幻のアフリカ納豆を追え!
納豆という食べものに、
これほどの好奇心とエネルギーを注いで、
アジアのゲリラ地帯から、
朝鮮半島の軍事境界線、
さらには遥かなるアフリカ大陸にまで
飛んでいってしまえるのは、
世界広しと言えども高野さんしかしない!
すっかり日本独自の食品であると
思い込んでいた納豆を、
幻獣ムベンベを追ったのと同じ情熱で、
遠くナイジェリア、セネガル、
ブルキナファソ‥‥まで追いかけ回し、
独自の探求を更に深めてらっしゃいます。
厚い本だけど、スイスイ読めておもしろい。
最後のページをめくったあとに、
どこか旅の終わりの寂しさが残るところも、
高野さんの作品の魅力だと思います。Amazonでのおもとめはこちら。
連続インタビュー 挑む人たち。