2023年の父の日、
X(旧ツイッター)に投稿された
「パパと私」というエッセイが、
たくさんの人の心をつかみました。
書いた人は、伊藤亜和さん。
その投稿がきっかけとなり、
ほぼ無名だった彼女のもとには
いくつもの連載の話が舞い込んだそうです。
そして今年6月、初のエッセイ本を出版。
その帯に糸井重里はこんな言葉をよせました。
「やっぱり、誰にも書けないものが、
あきらかにここにあると思うのです。」
彼女の文章のどんなところに、
糸井は光るものを見つけたのでしょうか。
まだ本が完成する前の5月初旬、
「ほぼ日の學校」に伊藤さんをお招きして、
ふたりで話していただきました。
短くも充実した対談を、全4回でどうぞ。
伊藤亜和(いとう・あわ)
文筆家
1996年横浜市生まれ。
学習院大学 文学部 フランス語圏文化学科卒業。
noteに掲載した「パパと私」が、
X(旧Twitter)で著名人の目に留まり注目を集める。
以後、本格的に執筆活動をはじめる。
『存在の耐えられない愛おしさ』(KADOKAWA)で
作家デビューを果たす。
・note:https://note.com/awaito
・X:https://twitter.com/LapaixdAsie
- 糸井
- いまもバニーガールをやっているんですか。
- 伊藤
- バニーはやめたくないんです。
バニーのときにしかいない私がいるので。
- 糸井
- その「バニーのときの私」は、
ふだんのややこしいことを
絶えず考えてる人ではないんだ。
- 伊藤
- はい、気さくです(笑)。
気さくで、かわいくて、いいやつ。
- 糸井
- その気さくなバニーは、
どこかに行けば会えるんですか。
- 伊藤
- 会員制のレストランなんですけど、
そこで食事を運んだりしています。
バニーの私を、みんな好きだと思います。
ふだんの私だったら好かれないと思うけど(笑)。
- 糸井
- 「ふだんの私だったら好かれない」って、
いま自信たっぷりに言いましたね。
- 伊藤
- 好かれないと思います。
実際モテないし。
- 糸井
- でも、まわりに対して、
ほんとうに嫌なことはしてないですよね。
エッセイに書いてある感じでは。
- 伊藤
- 私、人に対して「嫌い」って、
あまり感じたことがないんです。
憎いとかもなくて。
- 糸井
- それはまだ嫌われてないからじゃない?
- 伊藤
- 嫌われてないと思います。
嫌いって言われたこともないです。
- 糸井
- だから嫌われれば嫌いになれますよ。
その人のこと。
- 伊藤
- そうなんですか。
- 糸井
- ぼくが嫌いな人は
「ぼくを嫌いな人」ですから。
- 伊藤
- それは向こうの嫌いが先ですか。
- 糸井
- そうだと思います。
変なやつってみんないいじゃないですか。
変ってやっぱり見ていたいし、
「そういうのあるよ、しょうがないなぁ」
っていうような人も全部オーケー。
そうなると自分が嫌な人って、
「俺に対して嫌なことする人」だけなんです。
- 伊藤
- そういわれると、
ちゃんと嫌われたことがないかも。
これからそういうのもあるかもしれないけど。
- 糸井
- エッセイを読んでいると、
バニーやったり、モデルやったり、
そういうのはいろいろあるんだけど、
「私がやりたいこと」みたいなのは、
あんまり見えてこないんですよ。
- 伊藤
- そうですね。
- 糸井
- 自分もそうだったからわかるんですけど、
いままできっかけもなかったですか、なにか。
- 伊藤
- やりたいことっていうのが、
そのつどコロコロ変わるんです。
なにもないというか、コロコロ変わる。
ドラマ見たら警察官になりたいとか、
映画見たらスパイになりたいとか。
それで役者になったら全部できると思って、
そっちの道に入ってみたり。
- 糸井
- でも、役って自分で決められないからねぇ。
- 伊藤
- そうなんですよね(笑)。
他にもかっこよさそうという理由で
編集者になりたいとか、
そういう浅はかな動機でコロコロ変わる。
ほんとうに自分がやりたいこととか、
なにが好きなのかは、
いまもよくわからないままで。
- 糸井
- でも、浅はかなりに
ちょっとかじってみるっていうのが。
- 伊藤
- そう、かじるんですよね(笑)。
- 糸井
- そこは運のいい人だなと思う。
ふつう、そんなにかじれないよ。
ちょっとかじるってなかなか難しいことで。
- 伊藤
- ちょっとかじって、ちょっと褒められて、
そこで満足して飽きちゃう。
それが毎回のパターンです。
- 糸井
- いまは文筆業ですけど、
一冊分の本にはなりました。
- 伊藤
- びっくりしました。
はじめてこんなに書きました。
- 糸井
- いま、生活はバニーで?
- 伊藤
- バニーです。
- 糸井
- いいね、バニー(笑)。
- 伊藤
- バニー、最高ですよ。
ちやほやされて、お金ももらえる(笑)。
私、いつも夜に文章を書くんですけど、
バニーも夜の時間でかぶっていて、
そこだけがちょっとキツイです。
- 糸井
- やめちゃおうかなとは思わない?
- 伊藤
- どっちをですか?
- 糸井
- 書くのを。
- 伊藤
- それは思わないです。
書くのはまだ飽きてないんです。
飽きてないというか、
いつまで経ってもはじまらない感じで。
- 糸井
- いままでとは違うんだ。
- 伊藤
- いままではちょっと傲慢なんですけど、
「ああ、これもうわかった」
みたいなのがあったんです。
「ああ、こういう感じね」って。
でも、書くことっていままでと違って、
自分の経験を「搾る」ものというか。
- 糸井
- 搾りたてジュースだ。
- 伊藤
- そう、ジュースになって出るんです。
つまり、生きているかぎりは、
搾る材料がなくなることはないなって。
考えることをやめることは一生ないので、
私にとって書くっていう行為は、
息をするとか、くしゃみをするとか、
そういうことに近いのかなって。
- 糸井
- いままでは書いていなかったんですか。
高校生とか大学生のときは。
- 伊藤
- 書いてなかったです。
- 糸井
- そうやって考えてたことは、
そのときはどうしてたんだろう。
- 伊藤
- しゃべってました。
- 糸井
- それは誰かと?
- 伊藤
- ひとりで。
- 糸井
- ひとり?
- 伊藤
- ひとりでしゃべってました。
「それってこうでこうで、こうじゃん」
みたいなことをひとりで。
- 糸井
- ふつうに言いましたけど、
いまビックリしました。
えっ、ひとりでしゃべるんですか?
- 伊藤
- ただ、最近気づいたんですけど、
私、ひとり言をしゃべらなくなったんです。
たぶん、書いてるからなのか。
- 糸井
- あぁー。
- 伊藤
- でもそれまでは、
「えっ、これってこれだよね。
それやったらそうなっちゃうじゃん」とか。
誰かとしゃべってるみたいに、
ひとりでずっとしゃべってましたね。
- 糸井
- いわゆる声に出して。
- 伊藤
- 声に出して。
- 糸井
- それは特別ですよ。
そんな人はきっと少ないんじゃない?
- 伊藤
- うーん、どうなんでしょうね。
私は部屋の中だとけっこう如実に出ます。
いまもときどき出ますけど(笑)。
つい先週も電車でやっちゃって。
- 糸井
- まわりに人がいますよ。
- 伊藤
- 電車の中でしゃべりながら
「こうでこうで、エヘヘヘ」とか言ってたら、
前に立ってたお姉さんに、
「伊藤亜和さんですか」って声かけられて。
- 糸井
- (笑)
- 伊藤
- そこで声をかけられてはじめて、
自分がしゃべっていたことに気づきました(笑)。
(つづきます)
2024-06-16-SUN
-
伊藤亜和さんの初のエッセイ集です。
ネットで話題になった連載他、
本作のための書き下ろしを多数収録。
家族、友だち、そして恋人との関係など、
彼女の「いま」が詰め込まれたデビュー作品です。
代名詞になったエッセイ「パパと私」は、
現在もnoteで読むことができます。
まだ読んだことがないという方は、
ぜひそちらもチェックしてみてください。
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