美術館の所蔵コレクションや
常設展示を拝見する不定期連載の第9弾は、
青森県立美術館。
マルク・シャガールがメキシコで描いた
巨大な舞台背景画《アレコ》全4幕のうち
1・2・4幕で有名ですが、
フィラデルフィア美術館所蔵の第3幕が、
いま、こちらにやってきています。
つまり《アレコ》全4作品を完全展示中!
いまならぜんぶいっぺんに見られるのです。
もちろん、《あおもり犬》をはじめとする
奈良美智さんの作品や、
郷土ゆかりの棟方志功さんの作品、
ウルトラマンやウルトラ怪獣をうみだした
彫刻家・成田亨さんの作品など、盛り沢山。
学芸員の工藤健志さんにうかがいました。
担当は「ほぼ日」の奥野です。
- 工藤
- わたしたちのコレクション展の特徴としては、
他の美術館のように歴史、
つまり近代とか現代とかの時代区分ではなく、
かつ、ジャンル別でもないんです。
- ──
- と、おっしゃいますと。
- 工藤
- ふつうは、洋画の部屋、日本画の部屋、
彫刻の部屋、工芸の部屋‥‥
みたいにわかれている常設が多いですけど、
ここでは、基本的に一部屋に一作家。 - 青森の作家の個性を
ワンマンショーのかたちで紹介していく。
その連続で、
青森の個性や風土を感じてもらおうという
コンセプトなんです。
- ──
- はじめからそうだったんですか?
- 工藤
- そうです。そのために展示室も
Aからはじまって20くらいあるんです。
それらをそのつど、
企画展とコレクションに振りわけていて。 - で、この部屋は、成田亨さんの展示室。
『ウルトラQ』『ウルトラマン』
『ウルトラセブン』
というウルトラシリーズの怪獣、宇宙人、
ウルトラマン、メカをデザインしてます。
お好きな方々の間では、
ずっと「神様」と言われていた人ですね。
- ──
- わあ。不勉強で存じ上げませんでした。
- 工藤
- いわゆる「美術」の文脈では、
これまで取り上げれらてこなかった方で、
もともとは彫刻家なんです。 - でも、彫刻だけでは
なかなかごはんが食べられなかったので、
特撮美術の仕事をされていたんですね。
最初は昭和29年に、
『ゴジラ』の現場にアルバイトで入って、
そのまま、
特撮美術の仕事と彫刻家を平行していく。
- ──
- へえ‥‥。
- 工藤
- そうこうしているうちに、
円谷英二さんに
『ウルトラQ』の制作を手伝ってほしいと
頼まれたそうです。 - いまも『ウルトラマン』シリーズは
続いてますけど、
基本的には
成田さんがうみだしたウルトラマンや
怪獣のデザインを基本にして、
そこへ角や装飾を増やしたりしている。
その意味で、
ウルトラシリーズの視覚イメージの
基礎を築いた人が成田さん。
- ──
- ぼくもちっちゃいころに大好きで
ソフビとかめっちゃ持っていましたが、
はあ‥‥そうだったのか。
青森で育った彫刻家がつくったんだ。 - あの、『ウルトラマン』には
ご兄弟がたくさんいたと思うんですが、
関わっていらしたのは‥‥?
- 工藤
- 『ウルトラマン』と『ウルトラセブン』。
セブンの途中で降板してます。 - その後は、関わっておられないんですが、
『帰ってきたウルトラマン』は
細い線が1本、増えているだけですし、
セブンに角が生えたのがタロウですよね。
- ──
- 成田さんの造形がベースになっている。
その意味でも、オリジンなんですね。
- 工藤
- 成田さんは、ただ『ウルトラマン』と
その怪獣をつくったということではなく、
「それまで誰も見たことのない怪獣」
をつくった作家なんです。 - つまり、それまでの怪獣って、
サルが大きくなったキングコングだとか、
そういう造形がほとんどだったんです。
- ──
- 「獣の巨大化版」というか。
- 工藤
- でも、成田さんのつくる怪獣はちがった。
- さまざまな要素を引用、合成しながら、
誰も見たことのない新しいかたちを
生み出していきました。
たとえば「ダダ」という怪獣がいますが、
あの幾何学模様は、
流行していたオプティカル・アートから
着想を得たりしているんです。
たとえば、ブリジット・ライリーだとか。
- ──
- わあ、なるほど。
ゆらゆらしてるシマウマ模様の。へええ。
- 工藤
- こちらの『ウルトラQ』のケムール人は、
キュビスムの引用です。
どういうことかというと、ほら、
正面からの顔と横顔とが一緒になってる。
- ──
- ああ、ピカソの描く人の顔みたいな。
- ウルトラ怪獣って、
アートに源流があったんですか‥‥。
- 工藤
- 成田さんが、必ずしも
そういうアートが
お好きだったわけではないんですが、
手法として、
積極的に取り入れたということです。
- ──
- そうやって新しい「怪獣」のイメージを
次々とうみだした方なんですね。
- 工藤
- もう、一気に変わりましたね。
- ──
- 見てる側も、来週はどんな怪獣かなって
楽しみにしてましたもん。 - 毎回の「スペシャルゲスト」なわけだし。
怪獣って、言ってみれば。
ああ、カネゴン。なかでも有名ですよね。
- 工藤
- 貝殻にガマ口のイメージを重ねてますが、
カネゴンを描いた当時、
成田さんの奥さんが妊娠されてたそうで。
- ──
- ええー、そうなんですか!
- 工藤
- 妊婦のフォルムをもとにして、
カネゴンの造形をつくったそうなんです。 - フォルムに着目する‥‥というところが、
まさに彫刻家だと思います。
お金を食べるガマ口イメージの怪獣に
妊婦のフォルムをくっつけちゃう。
そういう発想で、
新しい怪獣をデザインしていったんです。
- ──
- ぼくは『ウルトラQ』は、
リアルタイムの世代じゃないんですけど、
これは、
当時の子どもたちも夢中になりますよね。
- 工藤
- 本当に。これは、
ちょっとマイナーですけど、ポール星人。
視覚のトリックで楽しませていて、
正面からは薄いのに、横から見ると厚い。 - こっちは、チブル星人。
『ウルトラセブン』に出てきた怪獣です。
頭部のイメージは
まるで抽象彫刻のようです。
そこに、タコみたいなイメージを重ねて。
- ──
- 斬新でありつつ、でも、
もしかしたら実際にいそう‥‥というか、
なんか
どこかで生きていそうな感じもしますね。
- 工藤
- そう、そうなんですよ。
- ──
- フォルムに無理がないというか‥‥。
- 工藤
- やっぱり、実在の生物や動物の一部分を
参照していたりするので、
どこか現実とつながってるんです。 - それが造形のリアリティを産んでいるし、
実際にいそう‥‥って、
人に思わせる要因なのかなあと思います。
- ──
- ちなみにですが、
美術の文脈になかった成田さんの作品を、
こうして
たくさん収蔵しているのは、なぜですか。
- 工藤
- はい、そもそもの経緯をお話しますと、
わたしがここへ来たのは、
オープン前の準備室のころだったんです。 - で、好きだったんですよ、成田亨さんが。
- ──
- おお。工藤さんが。
- 工藤
- 青森にゆかりがあることも知っていました。
- それで、学芸員の会議の中で
「成田亨さんの作品を‥‥」と提案して。
当時美術業界では無名に近い人でしたから、
誰も成田亨さんのお名前を知らなかった。
たぶん一般的にも、
知っている人はほぼいなかったと思います。
- ──
- お好きな人以外は。
- 工藤
- 会議の後、成田さんのお宅にうかがったら、
開口一番、
「30年ぶりに
青森から人が訪ねてきてくれた!」と(笑)。 - で、いろいろと調査させていただいた結果、
『ウルトラQ』『ウルトラマン』
『ウルトラセブン』のデザイン原画が
189点も残っていたんです。
それらを一括して収蔵することができました。
- ──
- いわゆる「アート」の文脈になかった作品を
収蔵することについては、
何でしょう、難しい面とかなかったんですか。
- 工藤
- ウルトラシリーズをデザインした成田亨さんは、
もともと彫刻家だった。
そういう紹介の仕方で、
アートとサブカルの関係性を表現しよう、と。 - いまでこそアートとサブカルって
かなり密接な関係性を築いていますけれども、
当時‥‥とくに成田さんの世代では、
両者は、明確にわけられていたんですよね。
- ──
- なるほど。そういうコンセプトを打ち立てて、
成田亨さんの作品を紹介してきたと。
- 工藤
- でも、現在的な視点で見ると、
やっぱり、かなり先んじていたと言いますか、
今の現代アートにつながる、
先駆的な仕事をされていることがわかります。
- ──
- 展示の仕方も、
アートとして見せる感じになってますものね。
- 工藤
- ええ、単なる怪獣デザイン、
「はーい、ご存知『ウルトラマン』ですよ」
という紹介をしているつもりはなくて、
怪獣の絵も
着ぐるみの「設計図」だったわけですが、
ひとりの彫刻家の視点でとらえた
立体造形のドローイングであると言う見方を
していただけたらうれしいですね。
- ──
- 貸し出しの依頼とかも‥‥。
- 工藤
- けっこうくるんですよ。
- 成田亨さんという人が
青森ゆかりの彫刻家だった‥‥ということが、
定着してきています。
- ──
- 青森県立美術館さんの功績ですね。
お好きな方は、わざわざ見に来たりだとか。
- 工藤
- 遠方からはるばる‥‥という方も多いです。
- たまに展示していないと、
「出てないんですか?」と聞かれますから。
なので、いまでは、
成田さんは必ず展示することにしています。
- ──
- 青森県立美術館を代表する作家に。
- 工藤
- あの‥‥おもしろい話があって、
『ウルトラマン』と『ウルトラセブン』は、
いろいろちがってるんですけど。
- ──
- ですよね。アイスラッガーのところだとか、
カラータイマーのあるなしとか。
- 工藤
- ウルトラセブンは、顔がおっきいんですよ。
ウルトラマンと比べると。
- ──
- は‥‥‥‥そうかも。
- 工藤
- これ、なぜかというと、
当時は、今みたいにCGでつくれないから、
実際に中に人が入っているわけです。 - ウルトラマンに入っていた古谷敏さんって、
スタイルが良くて、
ちっちゃいマスクでよかったんですけど、
古谷さんは、次の『ウルトラセブン』では、
隊員として出演することになった。
- ──
- ええ。
- 工藤
- なので、ウルトラセブンには
別の人が入るってことになったんですけど、
その人の顔が、少し大きかったと(笑)。
- ──
- そんな、のっぴきならない理由が(笑)。
- 工藤
- マスクをかぶせると頭でっかちに見える。
- そこで成田さんは一計を案じたんですね。
顔を少しでも小さくみせようと、
肩に甲冑のような文様をつけて、
顔だけに視点が集中しないようにしたと。
- ──
- そうなんですか!
- それであのデザインが生まれたんですか。
むしろカッコいいですけどね。
- 工藤
- 全体のプロポーションをうまく調整する、
成田さんの彫刻家としての資質ですし、
また、CGで
何でもかんでも自由につくれてしまうと、
逆に創造性がうまれないことも、
あるんじゃないかなあって思うんですよ。
- ──
- 物理的な制約とか不自由さを乗り越える、
そのときに、ひらめくものもある。
- 工藤
- そこに生まれる創造性もあるんだろうと、
成田さんの原画を見てると、
何か、そういうことを思ったりしますね。
(つづきます)
2022-06-21-TUE
-
現在、青森県立美術館では
「地と天と」と銘打ったコレクション展が
開催されています。
版画家の棟方志功さん、
ウルトラマンシリーズの成田亨さんなど、
青森県立美術館ならではの作品に加えて、
展示室を大きく使って
豊島弘尚、村上善男、田澤茂、
工藤甲人、阿部合成という
「青森」にゆかりをもつ5人の作家にも
焦点を当てています。
不勉強で存じ上げなかったのですが
みなさん、とっても魅力的な作品でした。
もちろん《あおもり犬》をはじめとした
奈良美智さんの作品は通年展示ですし、
今なら、
シャガール《アレコ》全4幕も見られます!
ぜひ、足をお運びください。
詳しくは、美術館のホームページで。